注意 : これは、「おやこ劇場 ゆめひろば」 の広報誌 「ぽっぽ」 に木村指導師が連載しているコラムの転載です。
 
 


 
 

ちょっと一息。。。

 
  2005年春号
  3月初め、穏やかな陽気に誘われえ数年ぶりに偕楽園を訪れました。 色鮮やかな紅梅が辺り一面に甘い香りを漂わせ、春の到来を楽しむ人たちでいっぱいでした。 香りは不思議と心と体をリラックスさせ、日々の疲れを癒してくれます。 いろいろな場面又は方法で素敵な香りに出会う瞬間、誰もが幸せな気持ちになるのではないでしょうか。 今回はそんな中の一つである中国茶が、いつ頃から生活の一部である喫茶習慣となったのかを探ってみたいと思います。
  お茶の期限として、紀元前2700年前まで遡るお話に神農(農業・医学の神)の伝説があります。 知られているお話の一つ目は、木陰で湯を沸かしているときに一枚の木の葉が鍋に落ちると、 なんとも芳しい香りがしたため思わず湯を飲んだというお茶の発見説。 二つ目は、野山の木や草を食べて毒にあたった時に、お茶の葉を解毒剤として用いたことから漢方薬としての起源です。 神農は伝説の人で実在する人物ではないのですが、 四千年前から現在まで中国の長い歴史と広大な国土に育まれたお茶があったと考えると想像が膨らむでしょう。
  中国は漢字の国なので茶の文字を表す文献からその歴史を探ることができますが、 「茶」の文字が出てきて飲料として盛んになるのはいずれも唐代(618~907年)に入ってからです。 唐代といえば、都が長安におかれ文化史上もっとも花開いた時期です。 各国の商人が集まるこの都には、さまざまな文化と宗教が入ってきました。 あの玄奘が経典を求めて天竺へ旅した時代です。 西遊記のお話はもう知っての通り、この玄奘の旅のお話が語り伝えられ、 伝説を生み次第に内容豊かになって明代(1368~1644年)に長編小説としてまとめられたものです。 唐代から明代に至るその数百年間、多くの民衆に愛され内容も豊かになったのでしょう。 幾度も危機をのり超えて波乱な旅を続ける玄奘一行、 その中にはさまざまな人間模様も含まれていて笑いあり涙あり…が今日に至るまで親しまれてきたゆえんであると思います。
  少し話がそれますが、最近改めて西遊記の本を借りて読んでみたら、 旅の途中の一コマでお茶を出される場面が幾度かありました。 ここに当時の生活習慣が反映されているのかなと思ったら、なんだかとても面白く楽しくなってきました。 しかし、玄奘が旅した時代と小説として完成した時代に千年近く差があります。 それがどんなお茶だったかはやはりその時代の専門家の資料をもとに探っていくしかないようですが、 引き続き探ってみたいと思います。

 
  2005年夏号
  五月といえば新緑の季節。 “夏も近~づく♪八十八夜~ …”の唄にもあるように新茶の季節でもあります。 八十八夜に摘み取られたお茶は昔から不老長寿の縁起物されてきました。 中国も同じように春一番に摘み取られた茶葉は希少価値が高く珍重されてきたのです。 今回はそんな話も交えて唐代のお茶にも触れてみたいと思います。
  中国で新暦4月5日頃は二十四節気の一つである「清明節」。 祖先の墓を参り、墓を清め(掃墓節)、また春を迎えて郊外を散策する(踏青節)祭日でもあります。 その清明節の前に摘まれたお茶は「明前」と呼ばれ、代表的なものに明前龍井や明前碧螺春などがあります。 一芯一葉、一芯二葉と摘み取られた茶葉で淹れたお茶は、 口に含むと芳ばしい香とさっぱりとしたほのかな甘みが春の到来を感じさせてくれます。 唐代の清明節には皇帝が祖先の墓に供え喫する新茶を産地まで馬を走らせ献上させたともあり、 昔も今と変わらず皆春の味わいを楽しみにしていたのですね。
  現在飲まれている中国茶は釜炒りが主流ですが、唐代は団茶と呼ばれる茶葉を蒸してつき固めたものでした。 喫茶方法は要約すると茶を火で炙り薬研のようなもので粉末にしたものを煮て飲む抹茶のようなお茶だったといいます。 これは上流階級の限られた人たちの間で行われたものですが、こうした状況は唐代の陸羽著「茶経」に詳しく記されています。 「茶経」は史上初のお茶の専門書とされ現在でも聖典とされています。 陸羽は幼少の頃禅寺で修業中、喫茶方法をまじかに見ていて、後に独特の喫茶法を確立し多くの人々をひきつけました。 実はお茶の普及は仏教と密接なつながりがあるのです。 座禅の修行中は眠らず、夕食をとることも許されません。 特に睡魔と闘う僧 侶達には、お茶の持つ覚醒作用は薬効性のあるものでした。 徐々に仏教の伝道にのって広まっていったお茶は宗教儀礼の中にも織り込まれ、 寺院での需要によって茶の栽培も始まり数々の寺院銘茶を生むこととなったのです。 同時に僧侶たちの秩序を保ち、寺院運営の財源にもなりました。 日本の茶道も寺院を拠点に広がったことを考えると、お茶の歴史の奥深さ改めて感じます。
  「春眠暁を覚えず …」という唐の孟浩然の有名な漢詩がありますが、春はなぜか眠気を誘います。 そんなときはお茶を淹れてみてはいかがですか?

 
  2005年秋号
  子供たちが寝静まった後、窓から入る心地よい風に誘われて窓辺に立つと、 煌煌と輝く月明かりの下で虫たちが一斉に鳴いている… いつの間にか訪れていた秋の気配にふと気がついてなんだか少し嬉しくなりました。 秋の夜長…久々に本でも読んでみようかと手にしたのは「菊花の香り」という小説。 花茶では茉莉花茶(ジャスミンティー)でよく知られていますが、 菊花茶も又爽やかな香りと茶杯に浮かぶ白菊の透明な花びらは愛らしく清楚な感じで心が和みます。 秋の代表的な花である菊には「菊水伝説」や「菊慈童」といった古くから伝わる不老長寿のお話があり、 仙薬として用いられた菊とお茶との関わりも興味深いものです。
  旧暦の九月九日(10/11)は「重陽の節供」です。 中国では縁起のよい奇数(陽数)九が重なり中国語の「久久」と同音であることから「長久平和」と人々に重視され、 厄除けに「茱茰(しゅゆ)」という実を入れた袋を持って小高い丘や山に登りました。 これは「登高」といい菊の花を浮かべたお酒やお茶を飲んで邪気をはらって、 家族の長寿と一家の繁栄を祈る風習だったそうです。 この時期、菊の花がちょうど見頃である為「菊の節供」の別名もあり、 日本では観菊の宴として宮中行事に取り入れられました。 菊を観ながら詩歌を詠い菊花を浮かべたお酒やお茶を飲んで、今で言う菊の品評会などの行事が楽しまれたようです。 そして、菊の被綿(きせわた)という日本独自の風習では前夜から花を綿で被い、 翌朝朝露をたっぷり吸った綿の香りを楽しみ、体を拭き清め長寿と若返りを祈ったそうです。 なんだかとても叙情的ですね。
  菊には高貴なイメージがありますが、花の色によって誠実・貞節・真実の愛など、花言葉では純愛の意味があるそうです。 題名に惹かれて手にした小説は壮絶で悲しい結末を迎える男女のお話なのですが、 「菊の花の香り」が穏やかに美しく物語の輪郭を盛り上げているようで結構感動的でした。 その余韻に浸るべく菊花茶を飲んだのはいうまでもありません。 爽やかな口当たりの菊花茶はそのままでもおいしく飲めますが、 緑茶や青茶などとブレンドすると飲みやすく又違った風味を味わえます。 夏の疲れを癒す秋の静かなひと時は花茶で心身ともにリラックスしたいですね。

 
  2006年冬号
  黄色や橙色の鮮やか紅葉も、秋が深まるにつれて赤みを帯びて琥珀色となるこの季節… 夢中になって日の暮れるまで落ち葉を集めては家に持ち帰り、宝物にした幼い日のことを思い出します。 今回はそんな思い出を彷彿とさせる艶やかな琥珀色をした烏龍茶、というより 紅茶に近い台湾青茶の代表的なお茶の一つ「東方美人(オリエンタルビューティー)」のお話をしたいと思います。
  100年ほど前、大英帝国のビクトリア女王へこの茶葉が献上された際、 その優美な水色と蜜のように甘い香味に感激したことから名づけられたと言われています。 他にも「台湾烏龍(フォルモサウーロン:フォルモサは台湾の意味)」、「白毫烏龍茶」、 「香檳烏龍(シャンパンウーロン)」、「五色茶」などとも呼ばれ、 上品な味わいと美しさは欧米各国で一大旋風を巻き起こしました。 地元台湾では「椪風茶(ポンフォンチャ)」の名前で親しまれています。 椪風とは台湾語で日本語に訳すと「ほら吹き」の意味。 「東方美人」が「ほら吹き茶」?  なんだかおかしな感じですが、そこには面白い伝説があるのです。
  台湾でしか生産されない東方美人は、ウンカという害虫が茶葉を噛むことで、 収穫される新芽に独特の香味が生まれるといいます。 本来、害虫に噛まれた茶葉は売り物にはならないのですが、ある茶農は思い切ってその新芽でお茶を作ってみたら、 思いもよらず美味しいお茶ができ、台北では高値で売れました。 地元へ帰った農夫は皆に話をしましたが、 周囲の人には信じてもらえず、椪風(ほら吹き)呼ばわりされたことから椪風茶と呼ばれたのが始まりだといわれています。
  毎年6月中旬、ウンカに茶葉を噛ませる為一切農薬は使わず丹精込めて育てられ、 年に一度収穫される茶芽は贅沢で濃密な甘い香りを放ちます。 洋菓子や和菓子とも相性が良いので、クリスマスやお正月のパーティーでも話題の一つになるかもしれませんね。 熱い湯で淹れた椪風茶、きっと心身ともに温かになりますよ。

 
  2006年3月号
  柔らかな新芽が萌える春茶の季節がやってきました。 台湾には「四季春」という春を連想させるような美しい名前のお茶があります。 早春から晩冬まで“いつも春のように芽吹く”茶葉を採取できることから「四季春の如し」と呼ばれ 「四季春」の名前の由来になりました。 素敵な響きに惹かれて飲んでみたくなるお茶です。 「四季春」は木柵(鉄観音茶の産地)で発見された自然配合の比較的新しい品種のお茶で、 実際に口に含むと、甘い香りとすっきりとしたのど越しがとても美味しく飲みやすいお茶です。
   台湾茶といえば、よく知られている凍頂烏龍茶の他、東方美人、文山包種茶、木柵鉄観音茶が 代表的なものです。 いずれも水分を蒸発させ酸化させることで発酵を促進し、その度合いによって、 その姿からは想像できないような甘い香りと深い味わいを生み出すのですから、本当に不思議です。
  台湾はほぼ温暖な気候で一年を通して茶葉を収穫することが出来ます。 春茶、夏茶、秋茶、冬茶、そして更に細かく時季によってお茶を分けることもあります。 一般的に春分の頃から五月頃まで採取される春茶は頭幇茶・頭水茶(一番茶)とも呼ばれ、 一年で一番収穫量が多く、この時季が最も美味しいお茶の季節なのです。 同じお茶でも季節によって微妙に味の変化を楽しむことができるので、 飲み比べてみるのもおもしろいかもしれませんね。
  春は別れと出会いの季節。別れは切なく悲しいけれど、 新しい出会いがあると思うとなんだかわくわくしてきます。 私も初めてお茶に出会った時もそうでした。 そんな気持ちをいつまでも持ち続けたいと思う今日この頃です。

 
  2006年5月号
  新緑の季節、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと体も心も癒されるような気がします。 そんな清々しさはお茶を飲んだ時と似ているかもしれません。
  最近、お茶会やコラムを通して 「どうして中国茶なの?」 と聞かれることが多くなりました。 一言で説明できずにいつも困ってしまうのですが、その魅力の一つはやはり香りでしょうか。 茶杯に鼻先を近づけておもいきり吸い込んだときの、ふわっと広がる花や果物の甘い蜜のような香りとのど越しは、 心身ともに癒される至福のひと時です。 台湾出身の友人が帰国した時のお土産にと受け取った凍頂烏龍茶が最初の出会い。 球状の深い緑色、光沢のある茶葉から抽出された、花のような香りと清々しい味わいに、すっかり魅了されてしまったのです。
  凍頂烏龍茶は南投県の凍頂山で栽培されるお茶です。 清朝時代に苦学して挙人(政府の高官)となった林鳳池という人物が、 1855年大陸福建省の武夷山(世界遺産であり武夷岩茶の産地、皇帝へ献上された茶) から苗を持ち帰り故郷の凍頂山に植えたのが由来といわれています。
   温暖で雨量も霧も多い台湾の気候は、良質の茶葉を育み、 製造過程で作られるつややかで硬くしまった茶葉とそこからうまれる深い香りとコクは、 凍頂烏龍茶の人気を不動のものにしました。
  最近は、嗜好者のニーズにあわせて発酵度も軽くさわやかな味わいに改良され、飲みやすくなり、 台湾の代表的なお茶の一つとしても愛好者は増えているようです。 ただその評判が広まると、凍頂山以外の場所でも栽培されるようになり、 産地名から商品名として普及していったことから品質や価格に差が生じているのが現状のようです。

 
  2006年7月号
  11月に入り寒さも少しずつ肌に感じられるようになると、なんとなく温もりが恋しくなります。 そんな時は体をじんわり温めてくれる発酵度の高いお茶でほっこりしたいですね。 中国茶といえば半発酵茶が主流ですが、 オレンジがかった美しい水色とかぐわしい香りの中国紅茶もお薦めです。 日々の疲れを癒し、 風邪を引いたときなど紅茶に含まれる抗菌作用によって細菌やウィルスを撃退する効果もあるので、 これからの季節にはお薦めです。
  紅茶といえばインドやスリランカを連想しますが、そのルーツは中国にあります。 その昔ポルトガル人が持ち帰ったお茶をヨーロッパに紹介したことから始まり、 次第に多く輸出されるようになしました。 18世紀から19世紀にかけてボヘアと記されたお茶は、福建省の武夷山辺りで作られていた烏龍茶です。 黒に近い褐色から「ブラックティー」と呼ばれ、 ヨーロッパ人の好みにあわせて発酵度を強くしていったといいますが、 技術的には今のような完全発酵の紅茶になったのはインドアッサムで紅茶が栽培されるようなってからのようです。 中国紅茶といえば世界の三大紅茶の一つとされる祁門紅茶が有名ですが、 当時東洋のお茶としてヨーロッパ人に愛飲されたのは、 福建省武夷山星村で製茶される正山小種(ラプサンスーチョン)でした。 松柏の香り(スモーキーフレーバー)はよく正露丸に例えられますが、 実際現地で飲んだ正山小種は、龍眼(ライチに似た果物)香のする烏龍茶に近いやさしい味わいのお茶でした。 福建省の武夷山は1999年に世界遺産に登録された豊かな自然に恵まれた秘境ともいえるところです。 岩山を縫うように蛇行する九曲渓を簡素な筏で下っていくのですが、次々と現れる奇岩怪石は、 まるで山水画の世界に入り込んでしまったかのようでした。
  そんな九曲渓を思わせるひねりのある茶葉、紅梅のような真紅の水色をした九曲紅梅という紅茶があります。 穏やかな甘い香りと苦味のないやさしさを味わいながら、 幾世紀にも渡って訪れた人々を魅了し続けたこの地をいつか又訪れてみたいと思います。

 
  2006年9月号
  強い日差しを遮るように、ふと見上げた空には入道雲と天高く伸びる雲の帯、 少しずつ夕暮れのときも早まり、 頬を掠める気持ちの良い風が季節の移り変わりを教えてくれているかのようです。 そんな秋の気配を感じながら、ゆっくりお茶を楽しむ心地よい時間は、 夏の疲れを癒す充電の時かもしれませんね。
  最近とても興味深く読んだ本に、 幕末から明治にかけて日本で初めて茶貿易を手がけた長崎の“大浦 慶”の物語があります。
  約200年続いた老舗である油問屋“大浦屋”は輸入油に押され、経営難に陥ります。 大浦家の再興を決意した娘のお慶は茶の輸出を試みます。 1840年のアヘン戦後、なおも内戦の続く清国へ自ら危険を犯して市場調査のため密航し、 茶貿易の将来性を確信します。 帰国後はすぐさま出島のオランダ商人に、佐賀の嬉野茶を見本として託し、 イギリスやアメリカなどに送りました。 その数年後、見本を見たイギリス貿易商から大量の茶の注文を受ける約束を取り付けると、 九州一円の産地を駆け巡って茶を集め、本格的な茶貿易の足がかりをつくったのでした。 2年後1858年には日米修好通商条約によって、長崎も自由貿易が始まり、 一挙に巨万の富を築いたお慶は、茶貿易の先駆けとしてその名の知られることになります。 その莫大な資産は、幕末の志士達(大隈、坂本ら)の援助にも当てられ、 彼女の信義を貫こうとする信念の強さ、その生き方には私も同じ女性として感銘を覚えます。   もともと日本茶も1192年に栄西が中国から茶の種子を持って帰り、 佐賀県背振山や平戸の千光寺に植えたのが起源といわれています。 1440年明の陶工が自家用茶として栽培を始め、 1505年には明の紅令民という人が南京釜を持ち込み釜入り茶の製法を伝授したといわれています。 現在でもごくわずかですが、中国の明の時代の製法を用いた嬉野の釜炒り玉緑茶は希少価値があり、 日本茶のルーツともいえるお茶です。 初秋のひと時、さっぱりとしたのど越しとほのかな香ばしさを堪能しながら、 まだ知りえぬお茶との出会いに思いをはせるのも楽しいものです。

 
  2006年11月号
  11月に入り寒さも少しずつ肌に感じられるようになると、なんとなく温もりが恋しくなります。 そんな時は体をじんわり温めてくれる発酵度の高いお茶でほっこりしたいですね。 中国茶といえば半発酵茶が主流ですが、 オレンジがかった美しい水色とかぐわしい香りの中国紅茶もお薦めです。 日々の疲れを癒し、 風邪を引いたときなど紅茶に含まれる抗菌作用によって細菌やウィルスを撃退する効果もあるのでこれからの季節にはお薦めです。
  紅茶といえばインドやスリランカを連想しますが、そのルーツは中国にあります。 その昔ポルトガル人が持ち帰ったお茶をヨーロッパに紹介したことから始まり、 次第に多く輸出されるようになしました。18世紀から19世紀にかけてボヘアと記されたお茶は、 福建省の武夷山辺りで作られていた烏龍茶です。 黒に近い褐色から「ブラックティー」と呼ばれ、 ヨーロッパ人の好みにあわせて発酵度を強くしていったといいますが、 技術的には今のような完全発酵の紅茶になったのはインドアッサムで紅茶が栽培されるようなってからのようです。 中国紅茶といえば世界の三大紅茶の一つとされる祁門紅茶が有名ですが、 当時東洋のお茶としてヨーロッパ人に愛飲されたのは、 福建省武夷山星村で製茶される正山小種(ラプサンスーチョン)でした。 松柏の香り(スモーキーフレーバー)はよく正露丸に例えられますが、実際現地で飲んだ正山小種は、 龍眼(ライチに似た果物)香のする烏龍茶に近いやさしい味わいのお茶でした。 福建省の武夷山は1999年に世界遺産に登録された豊かな自然に恵まれた秘境ともいえるところです。 岩山を縫うように蛇行する九曲渓を簡素な筏で下っていくのですが、次々と現れる奇岩怪石は、 まるで山水画の世界に入り込んでしまったかのようでした。
  そんな九曲渓を思わせるひねりのある茶葉、 紅梅のような真紅の水色をした九曲紅梅という紅茶があります。 穏やかな甘い香りと苦味のないやさしさを味わいながら、 幾世紀にも渡って訪れた人々を魅了し続けたこの地をいつか又訪れてみたいと思います。

 
  2007年1月号
  水戸芸術館広場でのカウントダウン、 湧き上がる歓声とともに夜空へ舞い上がる白い風船の行方を家族で見守りながら、今年もまた新しい年を迎えました。
  すっかりお天道様が高くなった頃、ようやく我が家のお正月は、おせち料理にお屠蘇(おとそ)で始まります。 今年はうっかりお屠蘇の用意を忘れていたので、代わりに八宝茶を淹れてみました。 小さく小分けされた袋の中には色鮮やかに配合された烏龍茶、龍眼、棗、陳皮、蓮心、胖大海、西人参、 クコの実、氷砂糖、菊花などがぎっしり入っています。 耐熱性ガラスの蓋碗に中身を移して熱湯を注ぐと、八つの宝物が浮き広がって、 正月のテーブルを彩る華やかな一品になりました。 一口飲む毎に、ほんのり甘くてやさしい味は、すっと体に浸透していくようで、 食後やちょっと一息したい時に最適です。 また、デザートティーとして最後の中身までおいしくいただけるのも嬉しいですね。
  八宝茶はもともと、甘粛省・寧夏回族自治区が発祥ともいわれる回族(イスラム教を信仰する少数民族)が好んで飲む砂漠の清涼茶です。 旅行で滞在した西安から確か甘粛省へ向かう乾稜で、バスが故障し立ち往生した時の事を思い出しました。 外は乾燥した砂埃に照りつける太陽、どこへ行くところもなく昼食をとったレストランにそのまま数時間待つことに。 途方にくれているところへお店の人が出してくれた甘い不思議な飲み物、 それが八宝茶だったと気づいたのはつい最近のことです。 時間を越えてつながったことに驚いて何だかうれしくなりました。
  八宝茶は最近日本でも良く見かけるようになりまたが、茶、竜眼、氷砂糖の他、配合はさまざま、 その時の体調や気分によって選ぶこともできます。 ちなみに我が家で飲んだ八宝茶の成分は、疲労回復、風邪予防にも効果が期待されるとのこと。 今年も家族が皆健康で過せますように・・・そう願う一年の始まりでした。

 
  2007年3月号
 今年は暖冬のせいか例年、 観梅の時期になってもなかなか開いてくれない花のつぼみも2月の末には満開になりました。 冬を通り越して春がやってきたかのようなぽかぽか陽気に、あわてて花達も開花したのかもしれませんね。
 久しぶりに家族で訪れた偕楽園の周辺では、散歩をしたりお弁当を広げたりして、 他にも思い思いに春の休日を楽しむ人達でいっぱいでした。 花は人の心を和ませる不思議な力があるのかなと思います。 時々友人たちを招いてのお茶会にはいつもお花を飾るのですが、 今回は中国茶の中でも香りや味わいに加えて、見た目も綺麗な工芸茶で春のお茶会を楽しんでみました。
 工芸茶は主に銘茶の産地である福建省で、 春一番に摘まれた緑茶と花茶を合わせてジャスミンの花の香などをつけたものです。 柔らかい緑茶の新芽を乾燥させ、茎の部分を100本ぐらい束ねたところに乾燥した千日紅、菊、 ジャスミンなどの花茶を入れて糸で丁寧に結びます。 その一つ一つ丁寧に手作業で造られた工芸茶を、 新鮮なジャスミンのつぼみが敷き詰められたベッドの中にうずめて、 少しずつ時間をかけて香り付けさせるのです。
 手間隙かけて出来上がった工芸茶はまさに芸術品、中に入っている花の種類によって球状だったり、 元宝(中国のお金の形)だったり、麦藁帽子のような形だったりととてもユニークです。 その形からお茶だとは想像がつかないのですが、耐熱グラスに入れ湯を注ぐとゆっくりと茶葉が開き始め、 水中花籃、茉莉仙女、錦上添花などその美しい名前からも連想できるような、 かわいらしく又色鮮やかな花が姿をあらわします。 錦上添花は工芸茶の中ではもっともポピュラーなお茶で、 三連の小菊が一つ一つ花開く様子はまるで時間を早送りしているかのようです。 錦の上に花を添える(美しいものの上に更に美しいものを添える)ということわざがあるように、 御祝いの贈り物としても人気のあるお茶です。
 花開く様子を眺めながらゆっくりとお茶を楽しむそんな時間ももちたいですね。                        

 
  2007年5月号
 新芽の息吹く頃になると、美味しいお茶が飲みたくなります。 精気に満ち溢れ、呼吸するかのように勢いよく新芽を覗かせた茶葉は、 柔らかく細かな産毛に覆われています。 それをそっと一つ一つ摘み取って製茶した春の一番茶は、 渋みや苦みが少なく出来立ての清々しい香りとほんのりした甘みと旨みがあります。
 中国茶というと烏龍茶のイメージが強いのですが、実は緑茶の生産量が一番多く、 春はやはり待ちに待った新茶の季節です。 中国の代表的な十大銘茶の一つでもある龍井茶は、西湖周辺のものが最も品質的に優れ、 特に二十四節気の一つである清明節(4月5日頃、祖先の墓参りが行われます)の前に摘み取られた明前龍井茶は、 ひときわ淡い香りと上品な味わいがします。
 龍井茶の産地は上海から列車で4時間ほどの杭州市。 町の中心にある西湖は、山に囲まれた風光明媚な湖です。 朝夕、雨天晴天、春夏秋冬いつ訪れても美しく、有名な詩人や文人たちに愛され、 たびたび詩にも詠まれてきた場所です。 東方見聞録の著者であるマルコ・ポーロも訪れ「世界で最も美しく華やかな土地」と賞賛しました。 その美しい町にある西湖は、中国の古代四大美女の一人西施の名前にちなんで付けたれたそうです。 龍井茶は古くから中国の人々に愛され、清代には乾隆帝や西太后に貢茶、愛飲されました。 歴史やさまざまな伝説に思いをはせながら、静かにお茶を飲むのも楽しいものです。
 蒸すことで製茶する日本茶に比べ、 炒ることで独特の香ばしい香りと繊細な味わいを醸し出す中国茶は、 すっきりとして朝の目覚めや気分をリフレッシュさせてくれます。 新芽の持つエネルギーが、冬の間蓄積された体の中の毒を外へ出し、 体をリセットして元気付けてくれる気がします。 これから食材も豊富な季節、 お茶も含め旬のものが欲しくなるのは自然の体の欲求なのかもしれませんね。                        

 
  2007年7月号
 先日、友人の子供達が通う幼稚園の文化講座で “中国茶とお菓子”についてお話しする機会がありました。 短い時間でしたが、お菓子作りも含めちょっとした中国茶会の雰囲気を楽しんでもらおうと、 いろいろと工夫しました。 意外にも好評だったのが茉莉花茶(ジャスミン茶)を使ったお菓子。 香の良い茉莉花の茶葉を細かく刻んで焼き菓子にしたものです。 茉莉花は、中国南部・台湾・インドネシアの亜熱帯で栽培される常緑性植物で、 3月から5月にかけて白くて小さいかわいらしい花を咲かせます。
 最近は日本でも定番になりつつある茉莉花茶。 その可憐な蕾(つぼみ)は夕暮れの頃から甘い香りをはなって夜に花開く為、 香りの逃げない蕾のうちに摘み取って茶葉の間に層状に積み、 開き始めた花の香りを茶葉へ吸着させて乾燥します。 とても手の込んだ薫香と呼ばれるこの作業を、数時間おきに何度も繰り返すことで、 清々しい香りの茉莉花茶が作られるのです。
 中国で最もよく飲まれるお茶は緑茶ですが、 その約四分の一をこのような花茶が占めているといわれてます。 温かくても冷たくしても変わらぬすっきりとした味わいと香りが、 朝の目覚めや食後など中国の人々の日常の生活を潤しているのですね。 茉莉花の香は好みの問題もありますが、飲んで香りを楽しむことで気分をリラックスさせ、 集中力をアップし、抗うつ作用、ホルモンのバランスを良くして、肌の保湿効果もあるなど、 女性にも嬉しいことがいっぱいです。
 春から夏にかけて萌える茶葉と茉莉花のバランスが美味しい茉莉花茶を作ります。 もっとも茉莉花の香がきちんと浸透した茶葉であるかどうかでお茶の良し悪しが決まります。 一概にはいえませんが、あまり茉莉花の花びらが入ってないものの方がよいお茶です。 花は茶葉に比べて駄目になりやすく、 逆にせっかくの美味しい味わいと香りを損ねてしまうからなのですね。 ベースとなる茶葉は緑茶がもっとも多いのですが、白茶や烏龍茶もあります。
 最近のお気に入りは台湾の包種茶(軽発酵)をベースにした茉莉花茶。 不発酵茶の緑茶とは又違った、 まろやかな味わいにひときわ甘い香が心も体もたっぷり癒してくれます。 よかったらお茶を飲みに来ませんか? 

 
  2007年9月号
 最近、知人から勧められるままに読んだ風水の本が意外に面白くて、ちょっとはまりつつある私。 毎朝、窓を開けて新しい空気を入れることから始まり、家の中の環境も気にかけるようになりました。
 風水とはもともと古来中国の学問で気の流れを循環させ、 環境を整えていくことで運気を上昇させる環境学のようなものだといわれています。 普段の生活の中に風水の法則や格言など、素直に受け入れることでやる気になったり、 心持ちが違ったりするのですから、不思議なものですね。
 9月ともなれば重陽の節供や中秋の名月など、 お供え物をして作物の収穫や家族の健康を祝う催しが各地で行われますが、 風水でも伝統行事を祝うことは運気を活発にして家族の幸せにつながるそうです。 昔から続くこうした習わしが、人と自然とのつながりを、 微妙なバランスに保ってきたのかもしれませんね。
 今年の中秋の名月は9月25日(旧暦の8月15日)。 お月見といえばお月見団子ですが、ひまわりの種や胡桃、 ごまなどの実をぎっしり詰めた手作り月餅も美味くてお茶との相性は抜群です。 お薦めは焙煎のきいた黒っぽくて艶のある安渓鉄観音。 安渓の高い山々の斜面で栽培される茶葉は、 霧に覆われゆっくりと成長し栄養分を葉に充分ゆきわたらせて美味しいお茶をつくります。 ぎゅっと締まった独特の球形は、手間と時間をかける伝統的な製茶方法で、 包揉(布で茶を包み締め上げ丸くボール状にして転がしながら揉む) と解塊という作業を5~6時間かけて繰り返す丹念な作業によってできるお茶です。 熱湯を注いで温めた茶壷にお茶葉を入れた瞬間から湯気と一緒に漂う香ばしくほんのり甘い香りは、 待ち時間をいっそう長く感じさせます。
 美味しいものを頂くとき、または客人をもてなすときはやはり一番いい状態で味わいたいですね。 味覚の秋、茶道具と美味しいお茶菓子を用意して、 友人知人を招いてお月見茶会なんていうのも楽しいかもしれませんね。

 
  2007年11月号
 台風の去った翌日、雲ひとつない秋晴れに恵まれ、絶好の行楽日和となりました。 久しぶりに家族で出かけた袋田の滝では、すごい勢いで流れ落ちる水しぶきの洗礼をうけ、 甘い香りの果樹園を散策しながらりんご狩りを楽しみ、最後は緑の木々に囲まれた露天風呂で“森林浴”をして、 久々に心も体もリフレッシュできました。
 森林浴が心身に良いとされるのは、フィトンチッドという、 樹木自ら作り出している揮発性の物質の働きに起因しているようです。 外敵から身を守るため自ら発散する物質で、抗菌、防虫、消臭などの効果をもち、 森林独特の爽快感のある香りが自律神経を安定させるのだそうです。 自然を満喫することは、日々の喧騒から離れて本来の自分を取り戻させてくれるそんな不思議な効力があるようにも思います。 癒し効果は人によって違いますが、お茶を淹れるそんなほっとしたひと時も大切にしたい時間ですね。
 今はちょうど秋茶の出回る時期。春の新茶とは又一味違った深みのある美味しさを味わう愉しみがあります。 秋摘みのお茶は、暑い夏を乗り越え、徐々に少なくなる日照時間のなかでゆるやかに成長し、 朝夕気温の差のある霧深い山々で、旨み成分であるアミノ酸などの含有成分がより一層蓄えられ凝縮される為、 葉肉が厚くなり柔らかな甘みとこくが増すのだそうです。 台湾の標高一千メートル以上の山々で栽培されるこうしたお茶は高山茶と呼ばれ、 化学肥料を使う必要のない良質の土壌と自然環境の中、大切に育まれ、本来の美味しさを生むとされています。
 日本ではこれから休眠期に入るお茶も、台湾では晩秋以降まで楽しむことのできる冬茶(冬片)もあります。 生産量がわずかでなかなか出回らないのですが、厳しい条件の中さらに凝縮されたお茶の味わいは格別なもの。 今年の出来はどうなのか、ワインで言うボージョレーのようですが、 夫曰く、一般的には熟成されたもののほうが味に奥行きと複雑みが出て美味しいとのこと。 産地や品種の違いが香りや味わいに反映されていると事など、お茶とワインの間には結構共通点がありそうです。

 
  (木村 美奈子 2005年~2007年)