茶イナよもやま話(その11)

 

  今年もまた上海にて新年を迎える事になった。 娘が生まれて以来、これで三度目の上海での年越しになる。 上海は東京に比べ夏暑く、冬も又寒い。 毎年覚悟はしているものの今年の日本は暖冬だったので少々甘く見たのが不幸の始まり…。 上海・浦東空港に着くなり外は雨。翌日は雪。 十数年ぶりの雪が合計二回も降り連日氷点下の寒い気温の中、 「時は金なり」「色気より食い気?」と着膨れた格好で上海のお茶事情を知るべく、 東へ西へ時間を惜しんで今回も奔走して来た。

  実を言うとここ数年上海に帰省する度幾つかの茶館、茶坊に足を運んできたが、 その度に感じて止まないのがお茶の質を変えてしまう水の不味さだった。 私自身、特別水にうるさい人間とは思っていないが、 名高い茶館においても泥臭い黄浦江の水の味がする度興ざめ…。 どうしてお茶の味で勝負する店なのに良く煮沸するなり、ミネラルウォーターを使うなり、 水質にもう少し配慮できないのか、残念でならなかった。 しかし、今回は比較的美味しい中国茶を飲む事ができたので報告したいと思う。

  先ず一つ目が昨年九月にオープンしたばかりの「門耳茶坊」(寧海東路223号)である。 ここは既に杭州に四店舗構える有名な店で上海初出店となる。 特徴としては、中国の名水「虎跑泉」の水を引いてきている事。 、面白いのがお茶の代金を払えばそこにある食べ物は全て食べ放題、 しかもそのお茶の値段以下のものであれば、お茶の種類に関係なく何種類でもお茶を飲めるということである。 お茶の値段も60元程度のものから、最高200元近くする鳳凰単叢等があったので、 私は118元の「特級凍頂烏龍茶」を選んでみた。 私の主人や友人達はそれぞれ蓋碗に入ったプーアル茶やグラスに入った「安吉白茶」と「開化龍頂」を。 やはり上海出身の人は比較的緑茶好きが多い気がする。 そして、上海で一番美味しい(?)と勧められた「鍋貼(焼きギョウザ)」や面類を注文し、 後はカウンターに所狭しと並んだサラダや煮物や簡単な炒め物、ケーキ、パイといった甘い点心類や 乾燥フルーツ等など合計100種類程の中から自分たちの好きなものを取ってきては食べ続けた。 普通の茶館ではナッツや乾燥フルーツ等所謂お茶請けがせいぜい50種類あれば多い方なので、 この品揃えにはびっくりした。 お茶代が高くても、これなら納得できるかもしれない。

  その後皆は最初に頼んだお茶を飲み続けていたが、 「茶迷」の私としてはお腹が続く限り色々なお茶を品茶してみたかったので、 お勧めのお茶を聞いてみた。 そこで勧められたのが「門耳氷鮮烏龍茶」(108元)だった。 これは台湾辺りで数年前に流行した、採摘後殺青、揉捻して直ぐに冷凍させてしまうお茶だが、 ここの店舗のオーナーと茶の専門家が研究して杭州で作ったものだとか。 今流行りの耐熱ガラスの茶壷を使って茶の動きを見せつつ淹れてくれたが、 実は余り私の好みの味ではなかった。 一回泡茶した茶葉を見て納得。 茶葉は中間種の大きさではあるが、葉の淵が全く赤くなっていない綺麗な真緑で、殆ど発酵していない状態だったからである。 緑茶の香ばしさや爽やかさとはまたちょっと違う青臭さ。

  ここ最近、茶葉の流行の傾向として、台湾産の烏龍茶に近い発酵度の 低い青茶(烏龍茶)が人気という。 本来、葉が黒々として深く濃い味わいが特徴の鉄観音も黄緑色に近く、 若い味がする「青酸」「清味」といった名前が付いた物が人気だとか。 緑茶好きの大陸の人間にはこの軽い味わいが好まれるようだが、 今まで色々なお茶に慣れ親しんでより深く濃い味わいを好む人間としては、 この青臭みがどうも好きになれない。 時代に乗り遅れている(?)私である。

  そして最後に、台湾梨山烏龍茶(108元)も注文。 結局三種のお茶と数多くの料理を堪能して心もお腹も大満足。 ここはお茶の味だけでなく、その店舗の演出の仕方もとても楽しめる。 江南の庭園を彷彿させる金魚が泳ぐ池、壁に飾られた調度品、 一つ一つに分けられた中国趣味の小部屋、 そして何より笑顔第一に礼儀正しく教育された茶芸師達の心配り等など…、 「書香門第」(知識人・学者の家柄)風と言われるだけある文化人の集まりそうな趣のある茶館だった。

  次に茶市場の話を少し。 私は帰省の度に主人の実家に近い九星茶葉批発市場に立ち寄る事にしているが、 今回は2003年5月にオープンした天山茶城のその後が気になり立ち寄る事にした。 ここの茶城はオープン当初アジアで一番大きな茶市場との評判で、 自らも「大不同天山茶城」(他とは違う天山茶城)と名乗る程だった。 しかし、その年の年末に寄った時には、2階、3階はまだ工事中だったが、 1階は茶葉や茶器を売る店舗が連なり、 その時には中国茶芸師の養成学校の生徒たちが研修に来ていたこともあり、 全体的に活気に溢れた雰囲気だった。

  そこで、その後の2階、3階の動向が気になり、 お茶関連のグッズが手に入ることも期待しつつ足を踏み入れた途端、愕然…。 午前中の早い時間に訪れたせいもあるかもしれないが、 二年前と殆ど変わっていない所か1階に関して言えば活気が失われているし、 上の階も中途半端な品揃え。 雑貨類といえども磁器の花瓶や装飾品、 掛け軸や書に関する店が幾つかある程度で思い描いた世界とは程遠かった。 また、広東省の鳳凰単叢系の専門店が無いのも残念。 私個人としては、九星茶葉批発市場の方が茶葉以外に茶器等も色々揃っているというイメージがある。

 そんな中でも 、割とお勧めのお店もあったので紹介したい。 「武夷星茶業有限公司」という武夷岩茶の専門店であるが、 ここの市場でも緑茶や福建省産の烏龍茶やプーアル茶を扱う店は多いが、 武夷岩茶のみを扱う専門店は多くないだろう。 ここは武夷山市人民政府指定の国宝「大紅包」管理請負会社で、 そのお茶の質も中国人民保険公司のお墨付きのものらしい。 缶や袋などのパッケージも綺麗で岩茶の種類は一通り揃う、ちゃんと管理された店舗という印象だった。

 そして、上海も最後の晩。 子供が寝静まった頃を見計らって主人と夜遊びツアーを決行した。 日本にいると夜中に車を呼んで都内に遊びに行くなど考えた事もなかったが、ここは上海。 郊外からでも高速を使えば30元程度(450円程度)で繁華街へ繰り出す事が出来る。 そこで上海の新名所「新天地」でアコースティックライブをバックにティーポット入りの紅茶をごくり。 薄い…。

  その後、上海セレブが集まるという衡山路の「唐韻茶坊」で 優しいミルクの香りで癒してくれる金萱烏龍茶をごくりごくり。 お茶請けはせいぜい20種類+フルーツ程度で珍しいこともないが、 お茶の質、店内の雰囲気、居心地の良さはなかなかのものがある。 夜遊びとはいえども健全なお茶で締めくくり。

  上海は中国大陸の中では比較的歴史が浅く、名所旧跡が少ないのが残念な限りだが、 茶消費地として比較的多種に渡る良質のお茶を手に入れやすい場といえるだろう。 今回も茶道楽、茶ぶくれの旅だった。

陸 千波 2005年1月

門耳茶坊の様子


門耳氷鮮烏龍茶


武夷星茶業有限公司の入り口