茶イナよもやま話(その14)

 

  今年も清明節がやってきた。 入園や桜の開花に気を取られている間に、いつの間にか清明節を迎えていた。 心躍る春、希望に満ちた春。 巷では筍、新じゃが、新キャベツ、初鰹…と初物揃いの中、お茶の世界でも待ちに待った新茶の季節の到来である。 そこで今回も中国茶の新茶で一番高級とされている「明前」、つまり清明節前のお茶の話をしたいと思う。

  中国茶はその時期、そのお茶の種類によって味や香りの特徴が変わってくる。 例えば「明前」といえば緑茶が主流で、その新芽を使った若々しい味と香りに特徴がある。 また、烏龍茶はその産地により収穫できる季節の幅が異なり、 台湾産は幅広く、春夏秋冬それ以外まで存在するという。 が、代表的なものに「春茶」と「冬茶」があり、初々しい香りが際立つ「香りの春茶」、 しっかりとした味が決めての「味の冬茶」と言われる。 そこで今回の「明前茶」であるが、 主に流通しているお茶は「明前龍井」と「明前碧螺春」の二種類の中国を代表する緑茶である。 しかし、最近はそれ以外にも台湾産の凍頂烏龍茶でできた「不知春」や 福建省産の岩茶「不知春」といった「明前茶?」や「早春茶?」も存在するとのことだが、 流通がまだ少ないようで今回は賞味する事ができなかった。 そこで茶業者へ尋ねてみた所、半発酵茶ではあるが、季節柄、葉も緑に近く、 味も多少青みのある若い味で発酵度が低めのお茶のようなので好みも分かれるようである。

  ところで、今年は年初に降った雪の関係で緑茶の生育に影響が出たとか、 出荷が遅れた、味が今ひとつ等といった噂が流れたが、 届いたばかりの雲棲産「明前龍井茶」と江蘇省東山産「明前碧螺春」を開封してほっこり、うっとり。 龍井茶は青々として良く扁平された大きめの茶葉で、思わずそのままポリポリと食べてしまった。 口中に広がるアミノ酸の旨みと程よい苦味。熱湯を注いで良く蒸らし、その旨みと苦渋みの調和を堪能。 この飲み終わった後に残る甘い香りもたまらない。 そして、産毛と青葉リナロール香(青海苔のような香り)で満たされた碧螺春茶はガラスの器に熱湯を注ぎ、 温度が下がった頃に上投法で茶葉を投入し、暫しその葉の動きを眺める。 産毛が浮かび、水色の薄いそのお茶は甘みがあり、優しい春の味である。 抽出後の茶葉も新芽が揃い、とても綺麗だ。

  思い起こせば、昨年の4月は「明前龍井茶」の話にふれていた。 そこで今回は、「碧螺春」について詳しくふれてみようと思う。 「碧螺春」(ビールォチュン)の主な産地は江蘇省洞庭東山と台湾の三峡である。 それぞれの持ち味があると思うが、 台湾産の方が茶葉が大きく、味がしっかり目で緑茶というよりは半発酵茶に近い感じがする。

  この「碧螺春」の名の由来には諸説があるようだが、明代には作られていたお茶のようである。 元々は洞庭東山の碧螺峰石壁に野生茶が数株生えていて、 それを現地の人々がその香りの良さから「吓煞人香(驚くほどの香りという意味)」と呼んでいたそうだ。 清代康熙38年(1699年)、康熙皇帝が南方巡礼で太湖を訪れた際、 宋犖という現地の役人が皇帝にこのお茶を献上した。 香りがとても良いと感じた皇帝が茶の名前を聞いた所、「吓煞人香」と答えたそうである。 しかし、その名前が余りに品が無いと感じた皇帝が、 その葉の色が青緑なので「碧」、巻貝のような形なので「螺」、早春に生産されることから「春」、 これを繋げて「碧螺春」と命名したとか。 由来ははっきりしないものの、献上茶として歴史が長いのは確かなようである。

  この産地である洞庭山は東山と西山に分かれていて、両者とも温暖で年間降水量も多めで霧深く湿度が高い、 茶の産地としては理想的な場所である。 そして、面白い事にこのお茶は果樹園地帯に栽培されていて、 桃や杏、梅や柿といった果樹と交互に植えてあるので果樹が傘代わりになり、 根が果樹と繋がっているので果物の甘い香りを吸収して、あのような芳香を放っているのである。 また、一芯一葉の芽長 2cm 迄の柔らかい「雀舌」のような新芽を使う為、 500g の高級茶を作る為に7万本前後の新芽を丁寧に扱わなければならないとか。

  実は、主人のご先祖様方は洞庭東山に祀られているという。 まさに碧螺春茶の産地。 いつかは訪れてみたい場所である。

陸 千波 2005年4月















  江蘇省東山産「明前碧螺春」