茶イナよもやま話(その22)

 

  ここ最近急に寒さが厳しくなった。 関東に住む我々はめったに降らない雪に心躍るが、 積雪の多い地方の人々は生活がかかった大変な季節の早い訪れに頭を痛めていることであろう。 そんな季節が訪れる少し前、金沢出張に出かけた主人に、 以前から憧れだった丸八製茶場の「献上加賀棒茶」をお土産にお願いしてみた。

  ところで、「棒茶」とは、茎茶の一つの呼び名である。 茎茶には、玉露用に製造された荒茶から選別した茎や葉柄を集めたものを特に「雁が音(かりがね)」というが、 それ以外に、「白折れ(しらおれ)」や棒茶という言い方がある。 どうやら荒茶を選別する際、1万ボルトくらいの電流を流して、 白っぽい茎と葉に分ける機械のことを「電気棒より機(電棒機)」と言い、 そこから電棒茶→棒茶と言う様になったらしい。 また茎を焙じたものを主に「棒茶」或いは「雁が音焙じ茶」、「茎焙じ茶」等というようである。

 この加賀棒茶は、中国茶の指導師の教室でもお土産として淹れさせて頂き、好評を得たが、 所謂焙じ茶と比べると茎も茶色というよりは白っぽい緑色に近く、焙じ香も強すぎず、弱すぎず、香ばしい。 また滋味も苦渋味のバランスが良く水色も薄めでとても上品な味であった。 それもそのはず、この加賀棒茶はとてもこだわりを持って作られた由緒あるお茶なのである。 この丸八製茶場さんは創業文久三年(1863年)という150年ほどの歴史を持つお茶屋さんであるが、 昭和58年に昭和天皇が金沢を訪問することになり、その際、 美味しい焙じ茶が飲みたいというオファーが入ったそうである。 そこで、玉露の茎や碾茶(抹茶の原料となる茶葉)の茎等色々と試行錯誤して棒茶を作ってみるが、 余り納得できる美味しい棒茶ができず、最終的に辿り着いたのが鹿児島の霧島の茶の茎だったそうである。 この霧島の茎を使って作り上げた焙じ茎茶を天皇へ献上したところ、 気に入ってお土産に持ち帰りになられたとのこと。 それが噂となり広まり、たちまち丸八製茶場の加賀棒茶は不動の人気商品、看板商品となったそうである。

  この丸八製茶場さんの面白い所は、茶葉ではなく、あくまで茎にこだわること。 本来日本人は水色が黄緑色の煎茶類を好み、味は旨みの強いアミノ酸嗜好と言われており、 世の茶業種の方達は有機肥料を与え、土壌にこだわる。 しかし試行錯誤した結果、肥培管理された高級茶で作った棒茶は何故かしっくりとせず、 逆に自然と生えた「山茶」のような環境で育った棒茶の方が美味しく感じられたそうである。 丸八製茶場の方曰く、「中国茶の岩茶のような環境」とのこと。 つまり、与えられるのではなく、 厳しい環境の中でも自らの力で岩や土壌から栄養分を吸い取るような底力を持った茶樹の茎の方が 美味しかったということなのである。 ただ、その科学的根拠はまだ明らかにはされておらず、目下研究中とのことだが、 少しでも美味しい茎を求めて、現在、鹿児島と静岡をメインに地元加賀の打越を含めた三箇所に「茎の茶園」を 設け、茎が良く伸びる品種「おくみどり」を中心に加賀棒茶を作り続けているそうである。

  しかし、価格が高く、美味しいお茶と言えば肥培管理された一番茶を使った茶葉と言われ、 茎茶、焙じ茶は本来、二番、三番茶など夏に近くなり大葉で硬くなった茎を使うのが常識と言われる中、 一番茶の茎にこだわりを持つ丸八製茶場さんの方針を理解してくれる茶園は正直少なかったと言う。 折角作っても茎がメインでは商品単価が下がってしまうので茶園泣かせだったのであろう。

  それでも茎にこだわり、焙じ方にこだわり続け、摂氏20度、湿度65%のベストコンディションの工場の中、 独自で改良した遠赤外線セラミックバーナーで浅炒り仕上げをし、芯から焙じるそうである。 そのこだわり故に、何度でも飲みたくなる香ばしく優しい味である。 この味だけでなく、私ごときの為にも色々と説明してくれた丸八製茶場の社長らしき方の親切丁寧な受け答え、 お人柄にも大変惹かれた私である。

  ちなみに、金沢と言えば、加賀百万石、前田家の城下町である。 前田利家と言えば、以前大徳寺を取り上げた際書かせて頂いたが、茶道をこよなく愛する戦国武将で、 その関連で金沢は茶道が盛んな街でもある。 しかし、そのような中、何故か庶民の味と言えば絶対的に棒茶であるという所が面白い。 この棒茶は水出しにしても香ばしく美味しいので、寒暖の差が激しい土地柄、身体を温めてくれ、 さっぱりした味の棒茶は受け入れ易いのかもしれない。

  最後に余談ながら、中国においても「烏龍茎茶」たるものがあり、 中華街を中心にとても安価で販売している。 諸説によると、烏龍茎茶の抽出物に優れた抗炎症、抗アレルギー作用があるとか。 こだわりの茎を使った加賀棒茶の味と比較して滋味はどうなのか未体験ではあるが、 飲みやすく、効能があるのなら、花粉症の季節の訪れを前に試してみる価値はあるかも!?

陸 千波 2005年12月
      
丸八製茶場の「献上加賀棒茶」