茶イナよもやま話(その5)

 

  私事ではあるが、結婚☆周年記念ということで、家族会議の末、隣国韓国へ旅立つ事となった。

  韓国といえば、今から早7年前になるが、北京留学中、 大学の直ぐ脇に朝鮮族達が経営する飲食街「韓国村」があり、 良く同学達と韓国家庭料理をランチしに行ったり、 (当時日本では韓国料理と言えば焼肉にせいぜいクッパ程度のものしか食べた事が無かったので、 チープでとても美味しい料理達に虜になったものである)誰かの誕生日と言えば、 ケーキ屋さん「高麗堂」で生クリームのケーキを買って来て皆で祝ったものである。 (韓国人の同学達は、何故かケーキのクリームを誕生日の人の顔に塗りたくろうとする … 。 若気の至りだったのか?習慣かしら … ?)

  そして大学のクラスメートの半分以上が韓国人だったので、交流する機会も多かった。 その時持った韓国人のイメージというと、「討論好き。男性は男尊女卑の概念が残っているが、 現代女性も負けていない!そして男女共にロマンチストが多い。 (誕生日に抱えきれないほどのバラの花束をプレゼントしてくれたりする。 私は留学当時が一番もてたかも!?) そして、クリスチャンが多く、何事も一本気で純粋な人が多い。 女性は肌がきめ細かい美人さんが多いが、男性は・・??」と言った所だろうか。
  何はともあれ、食と人間とは縁があったもののなかなか訪れる機会の無かった韓国! 我が家は残念ながらヨン様の洗礼を受けていないので、 私は韓国のお茶事情を、主人はDMZ(非武装地帯)の見学と買い物、 娘はロッテワールドのロッタちゃんに会う事を目的に?一路旅立った。

  元々週末の休みを利用しただけのハードな行程だったが、 それに追い討ちを掛けたのが、《台風》だった。 離陸当初晴れ渡っていた上空も、着陸する頃には黒く厚い雲に。 ソウル到着当初は小振りだった雨も時を追う毎に激しい雨へと変わって行き、 娘はベビーカーの中で小さくなり。 我々夫婦もずぶぬれになりながら仁寺洞(インサドン)を目指した。
  ・・・といった具合で、元々強行軍だった旅も豪雨の為予定を変更せざるを得なく、 泣く泣くDMZツアーはキャンセルすることに。 そんな中主人にお願いしてインサドンの伝統茶院と茶器屋さんに行くことができたので、 初心者且つ消化不良の私ながら本題の韓国茶の話を少し・・。

  韓国茶というと良く《伝統茶》と言われる「コーン茶」や「柚子茶」、「梅茶」、 「五味子茶」等の茶葉を使っていない茶外茶のイメージが強い。 実際、レストランに入っても、最初に出てくるのは湯飲みに入った冷水。 そして、店によっては食後に「梅茶」と餅菓子をサービスしてくれた。 それにしても、湯飲みに「お茶」ではなく、「水」なのはとても意外だった。
  というのも、そもそも韓国では西暦828年、新羅の興徳王の時、 使臣金大廉が中国・唐より持ち帰った茶の種を智異山に植えたのが韓国茶の起源といわれているが、 その後三国時代、一部の貴族や役人、思想家達に飲まれ、 高麗時代には仏教の興隆に伴い発展した茶文化も、 朝鮮王朝になり儒教者が力を持った途端仏教と共に弾圧され、茶文化も衰退の道を辿るのである。 その後山中に逃げた僧侶により細々と飲み続けられ今に至るとのこと。 つまり韓国において緑茶はとても高級品なのである。

  実際販売価格を見てみると、韓国最高級と言われる智異山産の雨前茶が250g位の缶で 12万ウォン(1万2千円相当)するのである。ランクを下げても8千円とか5千円とか … とても庶民の飲み物とは言えないだろう。
  しかし幸い、「伝統茶院」において智異山産の雨前茶が1回7千ウォン(約700円)で 飲めるとのことだったので、有難く頂いて来た。 味わいは中国緑茶に似て、釜入りの爽やかな滋味。 水色も澄んで美しく、葉も小さめで比較的揃っていたが、 高級緑茶に多いグルタミン酸っぽい旨みは余りしないさっぱりしたお茶だった。 お茶の味もさることながら、その伝統的な木造の家屋を利用した風情ある建物、 演出に雨上がりの静かな一時を堪能させて頂いた。

  ちなみに韓国緑茶の品質ランクは、主に茶葉を摘む時期により分類するようである。 二十四節気の穀雨節(毎年4月20日頃)前の小さな茶葉の芽を摘んだものが「雨前茶」、 穀雨後が「細雀茶」、立夏(5月5日頃)頃の物を「中雀茶」、 立夏以降の大葉を摘んだものを「大雀茶」又は「立夏茶」というそうである。 勿論時期が早いほど高級なのは万国共通。 韓国茶は中国茶、日本茶に比べ全般に種類が少なく、希少価値が高い、 今後の動向の気になるお茶といって良いだろう。

  韓国ビギナーの私だが、ソウルの街並みは思いの外美しく都会で圧巻。 東京と上海を足して二で割ったような感覚だろうか? そして、その街並みに思いの外漢字表記が少なく、また、ハングル以外書けない若者がいたこと、 レストランが例えば「サムゲタン屋」とか「お粥屋」とか「ビビンパフ屋」等、 単品の専門店が多く、総合的に食べられる店が少なく、且つ、味が今ひとつであったこと … 等など、 お茶以外にも興味がそそられることが多々あった。
  ロッテ免税店に立ち並ぶ微笑むヨン様の写真に、そんなに日本人を意識しなくても … 何てクールに構えてしまう私だったが、ヨン様の魅力を始め、「韓国茶芸」、 その他様々な分野からもっと韓国を知りたいと思って止まない旅であった。
 

陸 千波 2004年7月