今年は秋の長雨が本当に長い。
室内に干された洗濯物を見ては憂鬱な気分になってしまうが、
一歩外に足を踏み出すと、
辺り一面に広がる香りに思わずそれまで抱えていた鬱蒼とした気持ちが吹き飛びそうだ。
それは金木犀(桂花)の香りである。
私はこの香りがとても好きだ。
この香りに覆われると、その甘くそれでいて爽やかな香りに暫し酔いしれ、
秋の到来を実感する。
金木犀といえば、私と中国茶との出会いは、
北京留学中に飲んだ一杯の桂花烏龍茶から始まる。
当時、天仁銘茶の大陸版、天福銘茶で少量ずつ購入しては
その香りの高さに酔いしれていたものだ。
今となれば、勿論もっと美味しいと思うお茶は数々あるが、
自分の経験を含め、中国茶ビギナーはとかく、
香り高い茉莉花や桂花といったポピュラーな花茶を好む気がする
(勿論好みは千差万別だが…)。
次に、秋の花と言って外せないのは、菊の花ではないだろうか。
中国には、旧暦の9月9日(今年は10月22日)に重陽節という節句がある。
この重陽節の時に、家族や友人が連れ立って山や丘などの高所に登り、
呉茱萸(ごしゅゆ、和名:カワハジカミ)の実を頭に挿し、菊酒を飲んで厄払いをし、
重陽糕(ケーキ)を食べる習慣が漢代からあるという。
この重陽節のことを詠った詩は、唐代の李白や杜牧を始め色々あるが、
中でも有名な詩に、王維の「九月九日憶山東兄弟」というものがある。
独在異郷為異客 (一人故郷を離れ見知らぬ土地に来て)
毎逢佳節倍思親 (節句が来る度家族のことが格別に思い出される)
遥知兄弟登高処 (今頃兄弟達は山に登っているのだろうか)
遍挿茱萸少一人 (呉茱萸を頭に挿しているけれどそこに私だけ一人足りないのである)
この中の「毎逢佳節倍思親」というフレーズは行事が来る度に耳にし、
教科書にも出て来るような有名なものである。
その位中国の人は本来、どんなに離れ離れであっても家族の絆が深く、
家庭を大事にする国民だと思う。
また、この重陽節の名の由来だが、中国の易学では、奇数を陽数、
偶数を陰数と言い、9月9日で陽数が二つになることから重陽と言う。
陽数の中で最大の数ということで9という数字は中国において最も尊く、
古代においては皇帝のみが使用できたという。
また、9の発音と「久」の中国語の発音が同じ為、長寿を表す数字とも言われ、
台湾においては1974年から、大陸においても1989年から重陽節を別名「老人節」とし、
各地で老人対象の登山や交流会、スポーツ大会等が催されており、
現代中国においてすっかり影が薄くなった重陽節を盛り上げているようである。
ちなみに、9以外に8は「八方発財」という言葉のように“お金が儲かる”、
6は「六六大順」という言葉のように“全ての事がスムーズに進む”縁起の良い数字とされ、
中国人に人気の有る数字である。
最後に、菊の話を少し。
菊は花の少ない秋に咲き、その高潔な美しさを君子に例えて、
梅・竹・蘭と共に、「四君子」と呼ばれる。
また菊水や菊茶が目の疲れに効果的、更には延命効果もあると考えられ、
長寿花として人々に愛されてきた。
そこで、乾燥菊に湯を注いで飲む菊茶も人気だが、
香港の人々が菊普茶(菊入りプーアル茶)をこよなく愛することも周知の事実である。
そして菊の文様に関しては、日本では鎌倉時代に意匠として大流行し、
中国に於いても元末から明初にかけて人気が高まり、
菊唐草文は牡丹と共に元朝を代表とする青花磁器等にも数多く取り入れられている
ようである。
またその他に中国には「有り余る」と同じ発音の「魚」、
「福」と同じ発音の「蝙蝠(こうもり)」、
長寿の象徴「桃」等の吉祥文を始め縁起を担いだ文様が数多く存在する。
中国人は本当に縁起担ぎが好きな国民である。
芸術の秋、各地の美術館で中国関連の展示が行われている。
中国の文様やそれが意味すること、またその流行り廃りを、
時代を追って眺めて見るのもまた楽しいのではないだろうか。
陸 千波 2004年10月
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