茶的故事 

 台湾茶

 其の二十七 龍潭龍泉茶

 
  桃園県は台湾の西北部に位置し、地名は多くの桃の木があったことに由来しています。 福建漳州の人は俗に桃を桃仔と称するので桃仔園と呼ばれていましたが、 清光緒12年(1886)に桃園となり、1941年には桃園県となりました。 地形は、沿海の平原から台地、高山へと続きます。 中正機場(旧名 桃園国際空港)があり、大溪老街、李騰芳古宅、齊明寺、蓮座山觀音寺、 石門水庫、慈湖、小人国など人気の観光地も多くがあります。 なかでも小人国は龍潭郷にあります。

  龍潭郷の地名は中央部に一大潭(湖)龍潭があることに由来しています。 雨が降らない時期が続いても、祈祷を行えば必ず雨が降ってくるのはこの湖のおかげとして、 「霊潭」とも呼ばれていたそうです。 それが、風雨の強い夕方に黄龍が出現したことや、 閩南語では「霊」と「龍」の発音が同音であることから、 「龍潭」と呼ばれるようになりました。

  龍潭郷の大部分は三面が山に囲まれ、平坦な台地に高温で多湿、雨が多く、 早朝や夕方にはよく霧に包まれます。 土壌は赤土で、酸性で茶の成長に最適な環境です。 このため、龍潭郷での茶栽培はかなり早くから行なわれていて、 一部の史書には「清の嘉慶(1796~1820)から同治四年(1865)頃より茶葉を大漢溪、 淡水河を経由し、中国本土の天津、青島に輸出した」との記載が残っています。

  1982年の台湾省の機械による茶摘み茶のコンクールで、 龍潭郷産の茶が優良包種茶の最優秀賞を取っています。 1983年には当時の省主席だった元總統 李登輝 氏が龍潭郷産の茶を「龍泉飄香」と賞して、 「龍泉茶」と命名しました。 「龍泉」は水の源「龍潭」から香りの源(源は泉と同じ意味)へ思いを馳せたもので、 「飄香」は香りが風に漂ってくる様子を表し、千里飄香などとよく使われる言い回しです。 「龍泉飄香」の名言の記念碑も作られています。

  政府、龍潭郷農協は積極的に優良品種の栽培指導を行い、 高級包種茶と烏龍茶の生産に力を注ぎ、 現代台湾の十大名茶のひとつとして選ばれるほどの銘茶に育っています。 新商品として東方美人茶も多く生産され、 2000年には陳総統によって「龍泉椪風茶」と命名されています。

  店仔湖台地、銅鑼圈台地、三水村、三和村、三林村一帯が主な茶の産地となり、 龍泉茶区と言われています。 観光茶園も多く採茶、製茶、泡茶、賞茶体験ができます。 茶農家の収益向上にもなり、訪れた観光客も豊かな自然を満喫できます。

  この茶区の有名な観光茶園として、日本語の一等賞にちなんだ「壹等賞観景茶園」があります。 経営者は現在四代目の徐福鉅氏で、茶葉品評会やコンクール茶で「特等獎」受賞の常連です。 曾祖父が日本統治時代に台湾で開催した茶業品評会で「一等賞」を取り、 茶業に専念するようになったのだそうです。 観光茶園では茶園産の茶が飲める他に、茶葉を使った茶料理も楽しめます。

 今回入手した龍泉茶は熟茶です。 よく知られている中国熟茶の一般的な製造方法は、緑茶として製茶した後、麹菌など を使ってより湿気った環境で発酵を促し、作ったお茶です。 普洱黒茶がよくこの製法で作られています。 今回の龍泉熟茶は、半発酵させた茶葉をすぐには出荷せず、 職人の好みで幾度か焙火(火をかけて)熟成させたものです。 見た目は黒く、茶葉の芯までよく火が通っています。 飲んだ感想は香りが高く、味はほろ苦いのですが、 飲んだ後はまろやかさと甘味が味わえます。 教室で飲んだ感想では、美味しい普洱茶に特有のカビ臭さが抜けた感じと 例える方が多くおられました。 また、普洱茶が苦手な方でも、龍泉熟茶でしたら飲めますと意外に好評でした。

 楊品瑜 2006.07.01 (転載不可)


龍潭龍泉熟茶の茶葉