随意談 第162号(2012年2月4日)   楊品瑜

 


~請做參考!(参考にどうぞ!)~
 家訓なのでしょうか?  食べ物の食べ方、食べ合わせ、普段の生活態度も含め、幼少の頃から 「吃東西要注意健康」(健康に注意して、ものを食べなさい) と言われて過ごして来ました。そのつもりではありましたが、もちろん、途中幾度も脱線しています。 でも、やはり、年齢には勝てないのか、一家の健康を担う主婦でもありますので、 ここ数年、ヤンピンはすっかり健康オタクとなりました。

 台湾など中華圏では、 一般に薬膳料理に関する考え方は「補栄養」、栄養を補う考え方が重要です。 日常の食生活から病気を予防していく食べ方、食べ合わせが「医食同源」の原点です。 病気になってしまっては、やはり病院に行きます。 治療の過程に於いて、東洋医学か西洋医学を選択するのかはもちろん人さまざまです。

 ヤンピンは、親や祖母、親戚などなどから色々な健康レシピ、食べ合わせ、運動、 生活リズムなどなどを教わってきました。 迷信もあったかなかったか・・・効果があったのかなかったのか、意味不明なことも色々ありましたが。 まぁ、そんな訳で結局親戚からも沢山の書籍を頂きました。 その中で、最近台湾で出版された、 中醫師(中国漢方の医者)と營養師(栄養士)が共著した薬膳の本がとても参考になったので、ご紹介したいと思います。

 紹介と言っても繁体字なので、日本でどれだけの方々が読めるのかはよくわかりませんが、 このような本が日本であんまり見かけないので、參考に紹介したかっただけのことです。 写真付きで、個々の食材の効果効能がはっきりと明記され、栄養面や食べ合わせが紹介され、 そして、食材から実際出来上がった料理も写真付きなので、とても分かりやすく參考になります。 ここ数年、台湾の中醫師試験は、より高度なレベルを追求したかったのか、超難関国家資格となっています。 病院勤務の中醫師が書いたことで、信用性アップを狙ったのでは?と最初は思いましたが、 栄養学の概念も加わり、文章もわかりやすくかったですね!

 最近、薬膳に使われる材料は、日本でもとても買いやすくなったように思います。 昔はわざわざ中華街に行ってまとめ買いをよくしていましたが、最近はご近所の漢方薬店や薬局でも在庫がなければ、 取り寄せも出来たりして、まぁ、便利と思いました。 ヤンピンがよく行く漢方薬局は、簡単な面談のような診断が必要ですが、 料理に使うと言ったら反って色々聞かれ、中国茶にも興味を持って頂けたりと良い交流になっています。 ただ話していると、やはり、「医食同源」や「未病」と言う、普段の食生活から健康を意識し、 病気を防ぐと言う視点よりも、まだまだ治療に対する処方箋のほうがメインなのかなぁ~とは思いましたね!

 教室に来たての受講者や友人のなかには、今までの食生活は、ダイエットばかり意識して食事をしていたそうです。 確かに、人によっては、ダイエットは健康になるための重要な項目となることもありえます。 でも、人間にとって、「爲什麽要吃東西」(何のためにものを食べるのか?)とつい聞き返してしまいます。 健康的な食生活とは何か?健康を保つバランスのよい食事も大事なのでは?とついつい言いたくなるヤンピンです。 鶏婆(台湾語からの当て字、おせっかい)ですかね・・・

*鶏婆 : 諸説ありますが、本来「家婆」と書くそうです。 「管家婆」、家の諸用を管理する人に由来するのだそうです。 「家」と「鶏」の台湾語発音が同じなので、「鶏」を当てて使われたりしたことで、 最近はすっかり「鶏婆」も定着したようです。



請做參考!


 
 

随意談 第161号(2012年1月30日)   楊品瑜

 


~龍年吉祥話~
 龍の伝説には、かつて、そう興味があったわけではなかったのですが。 よく日本の方から龍は鯉が滝を上ってなった話や昇り龍、降り龍がどうのこうの・・・の話を聞きます。 ヤンピンは、龍には九匹(匹で数えるのでしょうか? 中国語では、隻で数えています。) の子供がいる話はなんとなく聞いたことがありましたが、 この九匹の子供も諸説あるので、龍の伝説には正直あやふや、ちんぷんかんぷんなのです。

 先日旧正月を迎えるのにあたって、中山之家を春節らしく、毎年の行事も兼ねて、 春聯を張り替えようと思って、頼んで送ってもらったところ、立派な、立体的な春聯が届きました。 さて、どう飾ろうかと悩んでいます。 (右の写真を参照)そう言えば、昇り龍に飾るのか、降り龍に飾るのか?  真ん中に福もあるし、福到(中国語で倒=逆さま、と到来の到が同じ発音なので)にしたら龍は降り龍になるし、 どうしょう?と悩みました。 実は、昇り龍と降り龍を一緒にしたデザインも結構あるのですが、 送ってもらった春聯の二匹の龍は向きは違いますが、向かっている方向は同じなのです。

 諸説ありますが、昇り龍は上昇や繁栄を意味し、わかりやすいのですが、 さぁ~、降り龍は?と悩みました。 で、人生の先輩に聞いたり、色々調べてみると、 降り龍は天から願いを持って舞い降りて来る意味合いがあるとかで・・・  つまり、あの春聯を逆さまに飾ると龍が幸福を天から持って来てくれるという祈りにも通じるのでは?  うん、勉強になりました。と、逆さまに飾ったところ、重さのバランスから結局昇り龍になりました (悩む必要がなかったかも! 哈哈!)。 神様は、ヤンピンに、まだまだ頑張りなさいと言っているのだ、と感じました。がんばらなくっちゃね!


中山之家にて今年新たに加わった春聯


 
 

随意談 第160号(2012年1月23日)   楊品瑜

 


~好藍的天空(青い空)~
 昨日は旧暦の除夜、そして、今日は旧正月の元旦です。 大家新年好!  台湾は今、旧正月休み中と言うことですね!

 ヤンピンは今年の日本の正月休み中、初詣と共に親戚や友人の東京観光案内の予行練習を兼ねて、 スカイツリーの真下から実物を見て来ました。 そして、スカイツリーがある押上一帯から吾妻橋を渡り、浅草寺までも歩いて見ましたよ!

 最初は浅草が近そうに見えたし、浅草からの観光客が乗った人力車もあったので、 散策兼ねて歩こうとなったのですが、子供からは、「子供の足には酷!」と、ブツブツブツブツ・・・。 (因みに我が家の子供たちは、みんな標準越えの逞しい子供のような、大人のような体格と体力持ちです。) 途中、道に迷ったのもありましたが、何とか流れに合流し、無事に到着はしました。 子供も凄い光景に感動し、急に元気にはなったのですが、 今度は商店街の人が多すぎて、流れに追いつけず、結局東京観光の定番、雷門の前で記念撮影し、 芋羊羹を購入し、さっさと帰りました。

 随意談の台湾読者から、日本の空って「好藍的天空」と言うメッセージを頂いたことがあります。 「そうなのかなぁ? 空は皆繋がっているのに」と思いつづ、散策中はずっと空を見ていました。 やはり、日本の空は青いです。もちろん、雨の日もあれば曇りの日もあります。 でも、晴れた青い空はやはりとても綺麗です。 自慢できます。 南国の青い海と青い空が繋がった、水平線がよくわからないような青い空を何度も見ましたが、 ぜひ、みんなにも日本のこの清々しい、澄んだ青空を見に来てほしいと思いましたね!  思わず親指を立てて「很棒喔!」(凄いよ!)と言いたくなります。


スカイツリーの真下から撮りました。


浅草から見たスカイツリーです。
到着時間が遅かったせいか、
少々空が曇っています。


 
 

随意談 第159号(2012年1月19日)   楊品瑜

 


~滿載而歸(収穫がいっぱいです)~
 上野の国立博物館に行って来ました。 「北京故宮博物院200選」、清明上河図も見てきました。 とにかく混んでいて凄かったです。 観光で行かない限り、なかなか北京に行くことがないと思い、頑張って見てきましたが、 正直、清明上河図より「乾隆帝像」に感動しました。

 清明上河図はもちろん名画ですが、 それより教室でよく茶話で登場する若き、 凛々しい清高宗乾隆皇帝(略して乾隆帝)が25才に即位した年に書いたとされる全身図、座ってはいますが、 あちらこちらの資料でよく使われていたあの写真の実物、大きな掛け軸が展示されていたのには、感動しました。 行く前にもう少し情報収集すればよかったと少々後悔もしましたが、 予想していなかった絵が展示されていたことは、今でも感動しています。 正直、見た瞬間身震いしました。日本にいることをすっかり忘れましたね!  また、ラッキーなことに、掛け軸のまっ前に椅子が数個置かれ、誰も座っておらず、 挙句に紐に繋がれていた展覧図録も置いてあったので、説明を読みながら掛け軸を眺めることができました。 しかし、一枚の絵で、こんなに満足感が得られるとは久しぶりです。

 「三希堂」、乾隆帝の書斎名ですが、再現され、宝探しな気分で、ちょっと面白かったです。 展覧会を見終え、色々散策し、その後、教室の皆さんへのお土産、家族へのお土産、自分へのお土産などなど、 持てる限りのミュージアムグッズ、本、お菓子も買いました。 美術鑑賞に行ったのか、ショッピングに行ったのか・・・。 ちょっと微妙ですが、まぁ、心もお土産も、とにかく滿載而歸で、充実した一日でした。

 帰宅後、乾隆帝のことを家族に話したら、本当に本物?レプリカじゃないの?とみんなに言われましたが。 もちろん、本物だよね!


国立博物館内休館中の「表慶館」
写真右の道を行くと、展覧会
会場の平成館があります。


博物館のショップで見つけた一冊


 
 

随意談 第158号(2012年1月14日)   楊品瑜

 


~小行星探査機HAYABUSA 隼鳥號
(小惑星探査機 はやぶさ)~

 小行星探査機HAYABUSA 隼鳥號の実物を見てきました。 それも徒歩圏で行ける 千葉県現代産業科学館 で見てきました。 一部模型ですが、 あのイトカワまで行って来た小行星探査機HAYABUSA 隼鳥號の帰還カプセルの実物をこんなご近所で見られるとは吃驚しました。

 きっかけは、アルテサーナ植草ギャラリー にあったポスター群で情報を知ったのですが、 その後子供の学校からもポスター、チラシなどの知らせが来まして、結局家族全員で見てきました。 想像はしていましたが、やはり結構混んでいましたよ!  地元の得点をいかして、朝一に来ればよかったと後悔しましたが、 連日の行事や教室で、まぁ、見られただけでも幸せです。

 ヤンピンは、歴史ものが好きですが、実は科学ものも好きです。 子供の保育園時代に、知人の案内で筑波宇宙センターに行って、 模型ですがスペースシャトルにも乗って来たことがあります。 当時、子供は宇宙センターがどのようなところなのか、よくわかっておらず、 翌日保育園のお迎えに行ったら、保育士から質問攻めとなったことがありました。 どうやら「お休みはどこに行ったの~」と先生に聞かれた子供が、 「宇宙センターに行ってきたの~」、「えっ~」となったようです。 因みに 筑波宇宙センター の見学は、 気軽に行けます。 見学ツアーは事前予約制ですが、展示館の見学は事前申し込みの必要がありません。

 日本と言うか、首都圏には行ききれないほど、結構科学が身近に体験できる科学館があるので、 すごいなぁ~といつも思っています。 そう言えばお台場にあった 東京都水の科学館 も面白かったですね!  国立科学博物館はもちろん、日本科学未来館、科学技術館、船の科学館などなども行きましたよ!


見学当日に頂いたパンフレット


 
 

随意談 第157号(2012年1月10日)   楊品瑜

 


~新年正月飾(正月飾り)~
 新年早々、台北101(台湾の高層ビル)の跨年煙火(年越し花火) の写真をあちらこちらからプレゼントしたいとメールを頂きました。 謝謝! 

 実はこの跨年煙火を撮るのは至難なわざなのです。 日本からもツアーが組まれるほど、実は大人気なのです。 当日はビル周辺、好立地なシャッターポイントは大渋滞です。 花火がよく見える親戚家には一族が集まったりと、また駐車渋滞でとにかくてんやわんやだそうです。 確かに見たいですよね!

 ただ、今年は雲も多かったのか、最初の一発目を撮れた方はよかったのですが、 その後は花火の煙が拡散せず、充満したとかで、 効果不好(効果不良)とジョークめいたメッセージ付きの写真も頂いています。

 それで、どうお礼をしようと考えたのですが、昨年は、初詣の光景を紹介しましたので、 今年は中山之家の正月飾りをあちらこちらに紹介しました。 中山之家は旧暦正月になると台湾式に大根を飾っていますが、実は通常の正月は正月飾りも飾っています。 日本の方にはミスマッチに思うところもあるようですが、日本にいるので正月ぐらいは日本的に過ごしていますよ!  ただ、実は、春聯の下に貼り付けているので、正しいのかどうか?  中日合作で、友好の気持ちを込めてやっています。

 正月飾りは地方性もあるようで、台湾の方々にはなかなか説明しにくいのです。 東アジアでは日本以外の国は皆旧正月を過ごしているので、正月期間中はカレンダー通りに過ごしているので、 意外とこの時期、観光で日本に来る人は少ないのでは?  と思い、あえて正月飾りを紹介したのですが。 ヤンピンの説明不足と言うか、能力不足なのか、反応はまちまちでした。

 今年の旧暦正月は、1月23日(月)です。22日が除夜です。 なので、今年は運よく、除夜当日が教室日に当たったのです。 午前の指導師コース終了後には、毎年恒例の圍爐(圍炉)をやります。

 29日は「小正月」茶会を アルテサーナうえくさギャラリー でも開催予定です。 暫くはまだまだ正月気分、喜氣洋洋(楽しい気分。喜氣洋洋は願いの気持ちも込められた四字熟語です)が続きます。


中山之家で飾った新年正月飾


 
 

随意談 第156号(2012年1月3日)   楊品瑜

 


~五清圖(五清図)~
 中山之家にすっかり定着した「五清圖」、いつだったか?誰が購入したのか?記憶が定かではないのですが、 台北故宮博物院で購入したお土産であることだけは事実です。

 ヤンピンは専攻が美術史だけあって、やはり美術館巡りは大好きです。 台北の故宮博物院は親の関係もありまして、就学前から数え切れないほどに通っていたように思います。 なので、お土産品だけは、年代ものから始まり、覚えきれないほどあります。 価値はともあれ、誰からもらったのか、誰が買ったのか、いつの間にか訳がわからなくなってしまったのでした。

 「五清圖」は清代の惲壽平作です。 五清は松、竹、梅に水、月を指しています。 松は、雪が降っていても枯れることがない。 竹は、節があり、芯が空洞であっても、率直であることから君子の節操と謙虚さに例えられます。 梅は風や寒さの中でも綺麗な花を咲かせ、水と月は透明性を持ち、潔白の象徴だそうです。 まぁ、なんとか解釈しましたが、つまり、「五清圖」は昔から君子の品格に例えた名画ではあったようです。

 今考えてみれば、在学中は語学力の問題もあって、美術史をどれほど理解していたのか?疑問ですね~。 茶芸の世界を追求しているうちに、色々な美に対する価値観も自分の中で変化し、 芽生えた部分も出てきたのは事実ですね!  では、機会があればまた美術談義をしたいと思います。 では、今年もよろしくお願いします。


中山之家にある「五清圖」


 
 

随意談 第155号(2011年12月28日)   楊品瑜

 


~享受人生 or 珍惜人生
(人生を楽しむ or 人生を大切にする)~

 いよいよ新年を迎える準備ができました。 と言いたいところですが、相変わらずなぜか忙しいですね!  日本で生活していると本当に一日が終わるのが早く、あっと言う間に一週間、一ヶ月、気が付いたら年末年始です。 冬は、日が暮れるのも早いしね!

 今回「享受人生or珍惜人生」と言う日本語に訳すとちょっとお堅いタイトルを選びましたが、 やらなくてはならないことが山積みで、享受人生 or 珍惜人生を考える暇もないのが本音です。 でも、考え方を変えて見てみると、これがヤンピン的な享受人生or珍惜人生なのかもしれません。 前に外部の教室で「理想の職業とは?」の話になりました。 人数はそう多くないのですが、あと数年で定年になるので、 本格的な中国茶芸でも習おうかなぁ~と言うお話に始まりました。 「気が付けば、周りはみんな定年後の人生に備え、色々勉強したり、 資格を取ったりしていた。俺もやはり何かやらないと。」と言うお話でした。 「定年」と言う言葉の重みを痛感しましたね!

 台湾では、色々改革改善はされていますが、日本ほど終身雇用制度が定着していないので、 機会があれば、起業をするのが風潮でした。 なので、「定年」の重みにカルチャーショックを感じます。  時々、ヤンピンと同年代の台湾の友人や親戚から「退修」(定年)する話を聞きます。 よくよく聞くと退職し、転職をするためだそうです。 うん、やはりちょっと違うよね!

 今年は、幸せとは何か?色々なことを考えさせられた一年でもありました。 毎日家族が元気で、何事もなく平穏無事に過ごせて、忙しい毎日を送るのがヤンピン的享受人生or珍惜人生なんだなぁ~、 と悟った一年なのかもしれませんね!  もちろん、受講者のみんなにも、享受人生or珍惜人生が味わえるような教室を今後も開催していきたいと思います。 では、祝大家新年快樂!


秋、紅葉を見に日本に遊びに来て
くれた親戚からのお土産です。
中身はもちろん、教室の皆さんと
美味しく頂きました。好吃!


 
 

随意談 第154号(2011年12月22日)   楊品瑜

 


~聖誕歌(クリスマスソング)~
 バリ島の甘美朗(蘭)(ガムラン音楽、Gamelan music)調で奏でるクリスマスソング集を入手しました。 久しぶりに行った、バリ雑貨のお店で見つけたのです。 お店の方はとても親切で、数枚あったCDを丁寧に一曲ずつ出だしを聞かせてくれました。 迷った結果、写真の一枚を自分のクリスマスプレゼント(久しぶりのクリスマスプレゼントですよ!)に購入しました。 思わず、次は胡弓で演奏したものを探してみようと思いましたね!

 聞いた感想としては、結構すんなり甘美朗調の木琴や鉄琴、太鼓の世界に入り込んでしまいました。 でもクリスマスソングだよね!  不思議な気持ちになりました。 のどかな気持ちになり、落ち着きますね。 ヤンピンは民族楽器が好きで、弾けないのにちょこちょこ買いをしています。 元々そんなに民族楽器にこだわりがあったわけでもないのですが、 茶芸教室を通じて、仲良くなった二胡奏者姜建華さんとコラボした幾つかの教室やコンサートに数回参加したことで、 民族楽器の良さに目覚めたと言っても良いのかもしれません。

 OL時代から聖誕節は、毎年お陰さまで、ずっと働いて来ました。 今年の聖誕節も、諸教室を沢山予定しています。 また、今年は実に幸運で、聖誕節、旧暦の除夜も指導師コースの開催日に当たります。 もちろん、旧暦の除夜は、教室の皆さんと「圍爐」を行うことが決まりました。 でも、一足先に、今年の聖誕節を一味違う聖誕節にしたいですね!

 祝大家聖誕快楽! メリークリスマス!


CHRISTMAS DAY in BALI (CD)


先ほど台湾から届いたメールでの
聖誕卡(クリスマスカード)


 
 

随意談 第153号(2011年12月16日)   楊品瑜

 


~肉骨茶(バクテー)~
 肉骨茶は馬來西亞(マレーシア)や新加坡(シンガポール)で人気の薬膳スープです。 東南アジアは広東系や福建系の華僑が多いので、肉骨茶と書き、福建語のバクテーで呼んでいるようです。 ごめんなさい。 ヤンピンは広東語がまったくわからないのですが、取材したところ、福建語に由来したと言う説が一般的のようです。

 馬來西亞がイギリスの植民地だった時代に、福建省出身の華僑が、故郷の薬膳スープを参考に売り出したところ、 スタミナ食として広まったのが由来とされています。 ただ、新加坡でも似たような説があるので、どちらの国が発祥かの論争は今らにありますが、 どちらも福建出身の方々がスタミナ食として持ち込んだとは言っているので、 由来は福建料理であったことには間違いないようです。 ただ、馬來西亞では、イスラム教の教えから豚肉は食べないので、 華僑中心に食べられていて、新加坡のほうがより食べられていたようなお話もありました。 最近は屋台などでは、馬來西亞味(マレー風)、新加坡(シンガポール風) と色々なバリエーションで楽しめるようにもなったそうです。

 肉骨茶は排骨(豚のスペアリブ)と漢方薬で煎じたスープです。 茶葉は一切使われていません。 ただ、中国茶と一緒に食べることはよくあったようです。 スープが油っぽいので、お茶と合わせて食べられるようになったことで、肉骨(肉と骨)と一緒に、 ということから商品名が「肉骨茶」となった説があります。 また、商品名がはっきり定まらない頃、福建語で「肉骨地」、肉と骨のやつ、のような意味合いで呼んでいたのですが、 地と茶が福建語では同じ発音、スープも茶色なので、自然に「肉骨茶」で定着した説もあります。

 一方で肉骨茶は油っぽいわりには、朝からスタミナがつくようにと、朝食で食べられたりもするらしいのですが。 家庭薬膳料理教室でも、中華料理がよく排骨を出汁に使うことで、 油っぽさを取り除くアイディアをよく出し合っていました。 栄養的にはどうなのかの話はありますが、ヤンピンはよく一旦作ったスープを冷ませます。 冷めることで、上に油の膜ができます。 そして、その膜を取り除いて、温めなおしてから食べています。 かつて、大学で生物学を受講した時に、教授から温めた牛乳の膜は取って飲むように言われてから、 なんとなく冷めたスープの膜も取るようになったのも一因です。


台湾で購入した、馬來西亞から輸入
した薬包(中華風ブーケガルニ)


 
 

随意談 第152号(2011年12月10日)   楊品瑜

 


~啦啦隊(応援団)~
 楊品瑜主宰中国茶芸教室には、幾つかの啦啦隊がついています。 家族、友人はもちろん、中山商店街の皆様、台湾や中国に所縁の方々、 満州や台湾生まれの方々、または在住されていた方々、ヤンピンの父、母の知人、友人たち、 世界各地の親戚などなど本当に☆本当に☆皆さんありがとうございます。

 ヤンピンは今年で茶芸老師(先生)になって、25年目を迎えました。 四半世紀ですね!  今年は震災もあったので、お祝いどころか教室を数回休んでしまいました。 7月以降にやっと少しずつ通常になって来たように思いますが、まぁ、30年目に向けてまた頑張りましょうね!

 啦啦隊の皆さんや教室関係者からは、「震災関連の台湾からの多額の義捐金のことで、 どこにお礼を言ってよいのかわからないので、台湾の方々にお礼を伝えて下さい。」 と言う電話、伝言を幾つか頂きました。 本当に、なんと言ってよいのかよくわかりませんが、承知しました。 そして、代わりに「不謝、不謝」(いいえ、いいえ)と言いたいところですが、 「這是應當做的」(やるべきことなので)、逆に感謝頂ける気持ちに「皆、ありがとうね!」の気持ちでいっぱいでした。

 美味しい中国茶を飲んで頂きたいと言う一心から始まった茶芸教室、 茶芸教室は「生活芸術(生活の美学)を求める教室だよ!」と教わり、文化交流の輪と広がり、 啦啦隊の皆さんは協力だけではなく、好いことも嫌なことも含めて、 色んなことをヤンピンに教え、見守り続けてくれました。 意見の対立も時にはありましたが、結局は、ヤンピンが心配だからと言うのです。 確かに、茶芸教室はそうある習い事教室ではないので、啦啦隊の皆さんはきっと、気持ちひやひやなのですね~。

 いつもは夏を過ぎれば、翌年6月頃まで、交流会やイベント、 講演会とヤンピンも茶芸教室も、とても忙しくなります。 今年はさすがに、留学生が全員帰国したとか、先行きが読めず、国際交流会の企画ができなかった、 自粛などなどで寂しい状態です。 なので、暫くはお茶を飲んで、癒す企画を色々考案して行こうと思っています。 歡迎大家來喝茶!(どうぞ、皆さんお茶を飲みに来て下さいね!)




今年の中山之家の聖誕節(クリスマス)は、
このような雰囲気で皆様をお迎えします。


 
 

随意談 第151号(2011年12月6日)   楊品瑜

 


~來了!(来た!)~
 台湾から「鬼太郎之妻」が届きました。 そうです。本の帯にも紹介されたように、流行語大賞にも選ばれたあの「ゲゲゲの女房」の中国語版(繁体字版)が届きました。 中国語版は、いつかは出版されるとは思っていましたが、 かねがね‘ゲゲゲ’はどう訳されるのかが楽しみでした。 訳した方も、上手に訳しましたね!

 ゲゲゲの鬼太郎のゲゲゲは、元々、水木しげるの子供の時のあだ名「ゲゲ」だったそうです。 鬼太郎のテレビ放映に伴い、ゲをもうひとつ追加し、「ゲゲゲ」としたエピソードもしっかりと翻訳されていました。 本のなかでは日本語、ローマ字も加えて紹介し、最終的には「咯咯咯」の三文字を充てていましたね!

 本の翻訳は、ヤンピンも数回手がけたことがありましたが、どこまで訳すか確かに難しかったです。 文書の流れもありますからね!  かつて監修した自分の本でも、ラプサン・スーチョンを“拉布薩斯種”に訳されていました。 間違いではないのですが、「正山小種でいいのよ!」と説明したところ、吃驚されました。 お茶をよく知らない人には、まったく思いも着かなかった名前だったようです。 茶的故事桐木紅茶からの引用ですが、

“ラプサン・スーチョン(正山小種)の英名は「LAPSANG SOUCHONG 」(ラプサンスーチョン)と呼ばれています。 LAPSANGの由来は諸説ありますが、明末清初の時代に福建省の行政中心都市であった福州市の輸出業者が、 燻製に使った松の木の名前をブランド名として付けたと言われています。 ”

つまり紅茶ブランドとなった名前と中華圏での名前が違うのです。 まぁ、このような話は中華圏内でもよくある話で、 例えばトマト、北では西紅柿、南では蕃茄(番茄とも書きます)と呼ばれています。 ヤンピン的にはトマトは茄子科なので、蕃茄が当たり前と言いたいところですが、やはり中国の友人と話す時は、 出身地を考慮して使い分けています。 まぁ、伝わって来た時の由縁で、呼び方が違ってしまっただけなので、子供にはテストに出るかもしれないので、 「中国の北ではトマトを西紅柿と呼ぶこともあるけれど、茄子科だからね!」と説明してあります。

 翻訳は単に直訳または意訳、訳した人の語学力や知識力で変わってしまうところがありますので、 ある意味では面白いです。 前に、翻訳でトラブルが起きてしまい、原因を突き詰めるために、第三者のヤンピンに翻訳を託したこともありました。 「翻訳はそう言うこともあるんだね! ちょっと荷が重いなぁ~」と思いつつも、経験できたことはよかったと思います。

 中国茶芸について、まだまだ日本語での資料が少ないです。 茶がある「芸術生活」をまだまだ伝えきれていないのですが、 極力中国語から訳した内容のものを皆さんに伝えたいと思います。 その成果なのか、今では指導師コースの在籍者の半数以上が中国語学習経験者ともなっていますので、 皆さんの学習意欲、能力には敬意を表しますね!

 「ゲゲゲの女房」を読んだり、ドラマを見たり(途中からですが)していた当初は、 時代の流れや日本の漫画史がとても勉強になりました。 「鬼太郎之妻」を改めて読むと、どこまで台湾の人に理解してもらえるのかなぁ~と思うところもありますが、 旦那さんを信じ、ひたすら尽くす妻の姿勢は、きっと参考になるのではないのでしょうか?  おっと!失礼しました。 実は自分に言い聞かしていたりしてね!






 
 

随意談 第150号(2011年12月2日)   楊品瑜

 


~決定要請大家吃了!(皆さんにご馳走しますよ!)~
 10月中旬に、仕事で新宿へ行って来ました。 帰り、馴染みの百貨店に寄って、家族に手土産を買おうとあれこれ悩んでいたところ、 双子のようなリスの絵柄のパッケージに目を惹かれました。 でも、自分の手持ち荷物を見て、やはりもう少し効率のよいものを買おうと躊躇し、 近いうちにまた来るので、一旦あきらめて帰りました。

 そして先日、また行って来ました。 10分近く探したのですが、見つからず、この時も大荷物でしたが、 とうとうギブアップし、店員さんに助けを求めました。 ところが、ヤンピンは商品名を覚えていませんでした。 「リスの絵柄の箱のクッキー、リスの絵柄の箱のクッキー」と聞きまわりました。 で、結局偉い方から「あっ~イベントコーナーで売っていた西光亭のクッキーですね!」、 あっ、そう言えばイベントだとも言っていたかも・・・ちょっと落胆。 そしたら、「取引のある会社なので、今はこちらのコーナーにあります。どうぞ!こちらに!」、 と思わず、陽の目が見えたような気持ちになりました。

 結局種類に悩み、家族と教室受講者へのお土産も考えて、販売されていた12個入りの全種類を買いました。 本来教室では、なるべく中華圏本場の味を食べて頂くことをモットにしていましたが、 食材の入手が難しいと言う難点もあるようで、「なかなか先生のように作れませんので・・・」と言う言葉がよぎり、 少々方針転換(?)、お茶に合う何か話題や珍しい、日本の美味しいスイーツも時々教室で食べてもらうようにしました。 そう言えば、ヤンピンはかつてお茶に合うスイーツか何かの商品開発をしていましたね!

 という訳で、教室で食べて頂くことになりました。帰宅後、西光亭のクッキーについて、 あちらこちらと調べていたら、すでに有名なスイーツとなっていたので、 珍しいかどうかは微妙ですが、このホームページは、時々中華圏の方々が見て下さっているようなので、 気持ち的にも羊羹(なぜか、ヤンピンの周りでは、某老舗の一口、二口か三口サイズ羊羹が台湾土産に大人気) 以外の日本の洋菓子も紹介したかったので、随意談でも紹介することにしました。 数回教室で食べて頂いたなかで、知らなかった方も多くいまして、外箱がほしいと言うご要望もありました。 どこに買いに行くのかがもっとも盛り上がった茶話となり、交通手段まで調べたと言う予想外の展開もありました。


一口で食べるのがもったい
ない程、ほどよい甘さで、
さくっと美味しく頂きましたよ!


 
 

随意談 第149号(2011年11月28日)   楊品瑜

 


~到台場玩!(お台場で遊んで来ました)~
 先日も、中華圏の読者からメールを頂きました。 同時に、時代も実に進歩したなぁ~と思ったのは、 「正確さには少々問題があるけれど、自動翻訳で読んでいます。」と言うメールも頂いたことがありました。 真是謝謝大家!(皆さんありがとうございます)

 そして、前にもお話した、外国人観光客が必ず訪れる観光地、お台場にやっと行って来ました。 と言ってもお台場は近いので、時間があれば、ヤンピンはよく出没していましたが、 今回は、お台場のここ、あそこ、色々聞かれた場所で、 ヤンピンが気が付かなかった幾つかの穴場スポット巡りをして来たというのが、正直なところです。

 ヤンピンは、子供の頃からとても船が好きなので、 ついでに子供たちと元南極観測船「宗谷」にも乗船してきましたよ!  と言うのも船の博物館の波止場(海辺?)に止まったままの「宗谷」を見学して来ました。 感想としては、海の上に停泊しているので、ヤンピンは船に踏み入れた途端に、 軽い揺れを感じたので、すっかり乗船気分でしたね!

 思えば、子供の頃から同居していた叔叔が海洋関連の学校出身者で、卒業後数年間船員をやっていました。 南極はさすがに行かなかったが、当時は気軽に外国に行けない時代だったので、 色々な国のお土産話やお土産にはいつも感動していました。 叔叔はその後経験を生かして、貿易会社の社長(中小企業ですが)になったのですが、 相変わらず世界のあちらこちらからお土産を持って帰って来ていますよ!

 そう言えば、アメリカから豪華なソファーセットを持ち帰りたかったそうですが、 置く場所や送料などを考えて諦めた話もありました。 代わりに、一対の巨大檯燈(電気スタンド)だけを持ち買ったと嬉しそうに話していました。 その一対の?燈は、テーブルの上に置くとテーブルからはみ出しそうな、実に巨大なものでもありました。 確かに、家は随分と豪邸に見えましたよ!

 そうそう、要運転免許ですが、アメリカの留学生たちに教えてもらった車の運転ができる場所も見てきました。 子連れだったので、こちらのコーナーは、見学のみとさせて頂きましたが、 右ハンドル、左側通行の体験ができるから人気なのかなぁ~。 と、ちょっと思いました。 因みに子供は、アトラクション感覚であちらこちらで遊び、ハイブリッドカートの組み立て予約もしていたので、 都在趕場、好忙喔(次々と予定が入り、ヤンピンが忙しかったですね)!


「宗谷」の操舵室
人がいっぱいで、やっと撮れた一枚です。


 
 

随意談 第148号(2011年11月24日)   楊品瑜

 


~好長喔!(長いですね!)~
 知人の知人から好長、好長的 菜瓜 を頂きました。 知人の知人と言うのは、日本に住む華僑仲間です。

 長く日本に住んでいてもやはり、故郷の味と言うか、なかなか食べられない中国野菜を食べたいものです。 なので、農地を借り(もしかして自前?)、ビニールハウスで色々自分用の中国野菜を栽培しているのだそうです。

 またこの夏、暑かったので、随分と豊作だったようです。 11月にはいても、まだまだ収穫しているのだそうです。 菜瓜は日本では、沖縄で「なーべーらー」と呼ばれ、沖縄ではよく食べられている野菜ですが、 この辺りの超級市場(スーパー)や百貨店でもたまに見かけますが、やはり一般的な食材ではないですね!

 今回頂いた菜瓜は、丁度、特別講座「ハーブティーを飲む会」の開催に間に合ったので、 中華粥を作って、教室で食べてもらいました。 今回のレシピは媽媽のアドバイスも受けて、皮を深く剥きました。 そして、なるべく薄く輪切りし、干し蝦とで作って見ました。 お粥に使ったご飯は 「栄養と料理」 2005年1月号(女子栄養大学出版部)でもご紹介した、 刻みご飯方式です。 「歯がなくても食べられるわね!」とのご感想も頂きました。 糸瓜の甘みとつるっと飲み込める食感は、概ね好評でした。

 お土産に皆さんにもお裾分けしましたが、何せ長いのでまだまだあります。 その後、家でもレシピを変えて、豚肉(細切れ)を細かく刻んだパターンも作り、 付け合せに鹽蛋(一般に日本では、塩玉子と呼ばれアヒルの玉子です)にしてみました。 家族にも、炒め物と違い、こちらのほうでもなかり好評でした。 次は牡蠣入りを予定しています。

 思えば、ヤンピンは菜瓜に対して、食わず嫌いだったのかもしれませんね!  永年みんなが、對健康好(健康に好し)、好吃(美味しい)!と、伝えられて来た食材だったのに、 もっともっとレシピを研究すべきでしたね!本当に、勉強になりました。


頂いた菜瓜、約60cmです。



教室で作った「菜瓜蝦米粥」
(ヘチマと干し蝦の中華粥)


 
 

随意談 第147号(2011年11月16日)   楊品瑜

 


~茶話會(茶話会 sawakai)~
 関根指導師から葉書と栞を頂きました。 ちょっと寂しいのですが、9月から中国黒龍江省にある哈爾濱(ハルビン)工業大学に日本語教師として再赴任するので、 また暫く教室を離れました。

 まぁ、指導師の教室では、子育てや介護、ご主人の転勤などなどで暫く離れ、 落ち着いた頃にまだ戻ってくる方もいますので、暫くのお休みと思えば寂しくないのかなぁ。。。

 関根指導師には中国語教室の入門、初級コースの講師も勤めて頂きました。 前に書いて頂いた 哈爾濱(ハルビン)便り はとても好評でしたが、 今回は違う形で、勉強頂いた中国語の受講者へのフォローも兼ねて、 中国語コーナーや中国情報(哈爾濱情報となりそうですが・・・とおっしゃられていましたが)を 茶・茶語録で「稚恵姐的茶話会」コーナーとして展開することにしました。 また、会員向けの会刊(会報)にも色々と掲載しますので、今後ともよろしくお願いします、 との伝言も頂きました。

 中国語初級コースは受講者の希望時間帯が一時期上級コースと重なっていたのですが、 8月からは通常の上級コースに戻しました。 入門、初級コースの新規受講者には、大変申し訳ないのですが、暫くお休みします。 代わりに前から要望があった繁体字講座を新たに加わり、 中国語を少し学んだだけの方々にも分かりやすい内容だそうで、一安心のところです。

 祝、稚恵姐一帆風順(順風満帆にことが進むように願いをこめて、旅立ちなどによく使われることわざです)!



関根指導師に頂いた葉書と栞


 
 

随意談 第146号(2011年11月10日)   楊品瑜

 


~買一送一(ひとつ買って・ひとつプレゼント)~
 台湾のセールなどでよく使われるキャッチフレーズ、「買一送一」、 ヤンピンは思わず先日の市川市中山街回遊展でgetしました。

 きっかけは、植草さんからの一通、中山商店街マップの手拭いプレゼントを知らせるメールです。 初日早速、「アルテサーナ植草ギャラリー」の植草さんが経営する雑貨店「民芸アルテサーナ」で、 法華経寺柄の手拭い を購入し、しっかり枚数限定のプレゼント用の手拭いも頂きました。 なんとなく日本慣れしちゃったヤンピン、なんとなくいいのかなぁ~と思いつつ、 結局追加で亀の親子ストラップなど、ごちゃごちゃとしたものをまた買い込んでしまいました。

 亀の親子ストラップの存在は、 アルテサーナ主催(多角経営のため、以下略称しアルテサーナで表記させて頂きます) の中国茶の会に参加された受講者からの情報です。 アルテサーナでは、定番商品となりましたね!  アルテサーナ主催の中国茶の会は、あれこれ14、15年間続けてきました。 正直、受講者が集まり過ぎたり、1名様の時、集まらない時(数回ですけれどね。地震もあったし・・・)もありました。 でも、植草さんはヤンピンの考え方を尊重し、一人一人の受講者を大切にしたいと言うことから、 とにかく開催し続けています。 亀の親子ストラップを教えてくれた受講者は,そんな寂しい状態に受講に来てくださった方です。 そうです。亀の親子ストラップは、受講後のいつもの植草さんからのプレゼントだったからです。

 多くの方々が、アルテサーナでの中国茶の会を受講後、 本格的に勉強したいと言うことからヤンピンの教室に来てくださっていることもあって、 開催日もほぼ第四日曜日に固定してしまい、何かと植草さんのご好意に甘えてしまっています。 植草さんいわく、女性で外国人、一生懸命子育てもし、仕事もしている、応援します。 だそうです。本当にいい人です。 好立地の中山之家も、実は植草さんの紹介、そう言えば、中山之家の大家さんも、同じことを言ってくれていました。 中山の街て、本当にいい人ばかりですね!  頑張らなくっちゃ、感謝!感謝!


ヤンピンが購入した亀の親子ストラップ
中の小亀は動きますよ!


 
 

随意談 第145号(2011年11月4日)   楊品瑜

 


~西洋藥草「HERB」(ハーブ)~
 ヤンピンが中国茶の講師を務めて、4、5年経った頃、講師としての能力や教室のマンネリ化の壁にぶつかり、 中国漢方に通じることも多く、さまざまな出会いから西洋薬草「HERB」を勉強することになりました。 と言うのもですね!  漢方、薬膳の方向性は勿論考えました。 しかし、現在の台湾は学校数が増え、状況が少々変わりましたが、 台湾では漢方を本格的に勉強するには、国が認定した大学の中醫系(中国医学科)、 つまり中国医学がある医学部に入学し、確か6年間勉強しなくてはならないのです。 もちろん、日本の医学部同様、卒業後は国家試験もあり、 合格すれば正式に中醫(中国医学の医者、略して”中医”)となります。

 かつては、 伝統的に親が子に伝授する漢方薬店が主流であったりと日本の薬事法や医師法ほど厳しくない一面もありましたが、 やはり講師と名乗って活動するには、きちんと勉強しなくてはならないハードルにぶつかりました。 まして、台湾の中醫系は醫學系(通常の医学科)に続くほどの狭き門です。 すでに働いていたヤンピンは、結局手軽に自分の知識を深められる範囲内で、 「HERB」から勉強することにしました。

 漢方はのちに、結婚や出産をきっかけに家族の健康を考えて、 親や親族、友人(幸い周りに医者が多いので)のアドバイスを受け、 資料を集め、取材も沢山し、薬膳の範囲内で勉強もすることとなったのでした。 効果のほどはよくわかりませんが、 幼少時に何の病気にかかったのかよくわかりませんでしたが、 外祖母に、布に包まれたねぎなどのわけのわからない薬草の刻みを頭に巻かれていたヤンピン (念のため、中醫の指示だそうです)、 子供ながらこんな格好で治るのか?と半信半疑ではありましたが、 やはり親となって薬膳料理の分野だけは欠かせなかったですね!

 HERBは中国漢方に通じることも多く、薬草も手軽に栽培し身近で利用しやすいので、 中国茶と共に生活を潤ってくれます。 中国茶も茶外茶と言う分野があるので、 東洋的HERBから勉強をされるとわかりやすいのかもしれませんね!  例えばバジル(Basil)、イタリア料理のイメージがあるかと思いますが、熱帯アジア原産のハーブです。 台湾では「九層塔」と呼ばれています。 語源は客家語です。 「塔」のように葉が生えているからだそうです。 「九」は多く、長くなどの意味合いから使われています。 客家語でも他に「七錢插」、広東省の一部では「金不換」、安徽省の北部では、「香花子」、 中国北部では「蘭香」、ほかにも調べた限り千層塔、荔枝草、羅勒香、菜薰草、零陵菜、西王母菜、 光明子などなどがありました。 もちろん、調べればまだまだありそうですが、とりあえず、中国語では「羅勒」がもっとも有力な呼び方のようです。 呼び方が色々あるてことは、それだけ身近な野菜であるということですね!

 ヤンピンはHERBの講師としては務まりませんが、相談を受けた受講者には、 知識として勉強されることをお薦めしています。 祝大家更加幸福!(直訳:皆様の更なるお幸せをお祈りしています。てところかなぁ~)。


ヤンピンが参考にした一冊です。


 
 

随意談 第144号(2011年10月29日)   楊品瑜

 


~蜜粉(ブリリアントパウダー)~
 ブリリアントパウダー(brilliant powder)の中国語について色々調べていたら、 やはり、色々な中国語に訳されていました。 少々悩みましたが、もっともらしい”蜜粉”を今回は使わさせて頂きます。

 そして今回ご紹介するのは、天然緑茶エキス入り、ラメ入りのヤンピンのお気に入り蜜粉です。 かつて、教室の皆さんにもご紹介したことがありました。 とても好評でしたよ!  ただ、今もまだ販売されているのかどうかはよくわかりませんが、ヤンピンはある程度買い溜めしていたので、 今も使っているのです。

 もう夏も終わり、今さらと思うところでもありますが、今年の夏では大変お世話になりました。 正確には、秋まで使いました。 ほのかな緑茶の香り、さりげなくきらりと光る(ラメ入りなので)夏のお肌、 お肌もさっぱりサラサラ、悪くないですよ!

 今ではあちらこちらと当たり前のように、お茶のエキスが食品以外にも使われていますが、 やはり児茶素=catechin(カテキン)の存在が色々認められたからでしょうね!  確か、前に茶工場を訪れた時に、責任者から、今ではお茶は芳香剤、シーツなどにも使われるので、 まったく捨てるところがない、環境にエコな素材ですよ!と言われた話を思い出します。

 思えば昔商品開発で訪れた工場でも、担当者に言われたのは、 これからの食品開発、特に工場に持ち込む食材は、ごみが出ないものをお願いします。 という話。 これからの商品開発は、美や健康と共に環境への影響も考えなくてはならない時代だなぁ~とつくづく思いましたね!


ヤンピンのお気に入り蜜粉(右)と
最近見つけたあぶらとり紙(左)。
もちろん、どちらも緑茶入りです。


 
 

随意談 第143号(2011年10月24日)   楊品瑜

 


~聊齊誌異(聊斉志異)~
 本を整理していたら、昔、子供に読ませた日本語版の「聊齊誌異」(りょうさいしい)が出てきました。 再来日 時に、文言文(漢文)で読もうと思って購入した数冊の中国古典小説の中で、 内容が一番ちんぷんかんぷんだった「聊齊誌異」の日本語版「聊斉志異」、それも少年少女版です。

 親としては、やはりなんとか子供たちに中国関連の名作を読ませたいものです。 しかし、なかなか日本で購入するのは難しいですね!  ある時、目を疑いましたが、本屋の中学生以上が読む書籍コーナーで「聊斉志異」を見つけました。 読みやすい~。 少々悩みましたが、購入しました。 そして、子供には電車の中で、時間つぶしに読ませました。 気持ち悪いと文句を言われながらも読み終え、達成感のあった一冊でもあります。 きちんと読み終えた子供にも正直吃驚でしたが、 今では、子供も色々と調べて、読み終えたことを自慢しています。

 「聊齊誌異」は清朝、作者蒲松齢が当時言い伝えられていた鬼故事(怪談)を書き集めた短編集です。 日本には江戸時代末期に伝わり、翻訳され、日本の近代作家たちにも影響を与えた名作とされています。 また、1987年公開の香港映画「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」、 中国語タイトル「倩女幽魂」、英語タイトル「The Enchanting Shadow」は「聊齊誌異」の ”聶小倩”篇(日本語タイトル”生き返った美女”)を題材にしたとしてもよく知られています。 「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」は、主演が日本でも人気だった張國榮(レスリー・チャン)、 程小東監督が映画としては、世界初のワイヤーアクションを取り入れたとして話題も重なり、 映画はシリーズ化され、テレビ版も作られ、大変人気なシリーズとなりました。

 ヤンピンは確か~「聊齊誌異」を知ったのは、高校の国語の授業でだったと思います。 勇気を出して読んで見て下さい、とまではお薦めしませんが、 名作ですので、中国茶と共に、秋の夜長に一度は読んで見てはどうでしょうか?


子供が読んだ「聊斉志異」(左)と
30数年経った文言文の「聊齊誌異」(右)



 
 

随意談 第142号(2011年10月18日)   楊品瑜

 


~葉形海龍 or 葉海龍(リーフィーシードラゴン)~
 葉形海龍 or 葉海龍 (leafy sea dragon) を見て来ました。 と言っても前に 随意談 第127号 でもご紹介した、 葛西臨海公園内にある水族館へまた行って来ました。 前回のエイとサメのタッチ体験がよほど思い出になったのか、子供の再度体験したいと言うリクエストを受けて、 家族揃って行ってきました。

 入場券を購入し、ヤンピンは何気なく手にした入場券、子供には記念になると思い、 よく見ずあげたところ、、子供から「這是什麼(何これ)?」と聞かれ、 よくよく見ると葉形海龍 or 葉海龍ではないですか・・・  ヤンピンは、思わずちょっとラッキー感に浸っていました。 実物が見れるといいなぁ~と祈りつつ、その後本当に無事に見ることができました。 すっかり、ひらひらと泳ぐ、神秘的な葉形海龍 or 葉海龍の虜となり、実に、幸運に思えました。

 ところで、なんでラッキーに思えたのかと言うとですね、単にヤンピンが龍年生まれだからです。 子供の頃から干支の龍は実在しない空想の龍と知りつつも、現実にいるわけではないのに、 まぁ、「龍」と名が付くものにはなんでも興味を持ってしまったという訳の分からない理由からです。

 中華圏は龍の縁起を担いで、龍年に子供を産むことをとても期待します。 子供の頃からよく「龍子」と呼ばれ(実際は龍女ですが)、期待をされていましたが、 実は龍年生まれは結構大変でした。 なぜなら、龍年に突然人口が増えるわけで、ヤンピンの時は確か受験生が通年の倍ぐらいに増え、 競争も激しかったですよ・・・

 そうそう、調べたところ、葉形海龍or葉海龍は元々オーストラリア南部・南西部沿岸に住み、 海草のようにも見えますが、漢方薬海馬(タツノオトシゴ)に似ているような気もします。 でも実は、同じヨウジウオ科ではあるようですが、海馬はタツノオトシゴ亜科で、 葉形海龍 or 葉海龍はヨウジウオ亜科に分類される違いはあるそうです。 中国語でも分かるように、似ていそうで似ていないのです。 分かりやすく言うと、馬と龍の違いがあったてことですかね!  真是神秘兮兮(やはり、神秘的でしたね)~。

 今回は、水族館の帰りに観覧車も乗ってきました。 天気もよく、景色もよく、帰り東京湾の夕日も眺められました。 実に、気分爽快な一日でした。


帰宅後、早速お土産に購入した
絵葉書を額に入れて見ました。


当日の入場券です。


 
 

随意談 第141号(2011年10月12日)   楊品瑜

 


~近況(近況)~
 なかなかご紹介する機会がなく、やっと順番が回って来ました。 実は今年の東日本大震災で、バタバタしていた頃、お見舞いも兼ねて、 指導師 から福建省武夷山土産を頂いていました。 ごめんなさい。 今頃、やっと教室の皆さんと飲み終わったところです。

 と言うのもですね!やはり、地震の影響で、教室が本格的に再開したのは6月、7月頃でした。 講座の企画自粛や計画停電、ボランティアに出掛けた方々、 留学生・在住外国人までが全員帰国したとかで(PS.ヤンピンも外国人ですが・・・)  まぁ、いろいろと大変でした。 本来こんな時だからこそ、皆さんに中国茶を飲んで頂いて、 ひと休み、ひと休みと言いたいところですが、数時間かけて教室に来る方もいらっしゃるので、 「無理なく参加頂ければ幸いです。」というのがヤンピンのせめての気持ちでしたね!

 そう言えば、開催が延期となっていた 、「第14回街回遊展 歴史と文化のまち」 中山会場のひとつになている 「ギャラリーうえくさ」 も無事に「市川写真百選 見つけた!私の市川」 第6回入選作品展 (市川写真家協会)を開催することとなりました。 思えば、前に開催地となったことで、 中山界隈では休憩ができるところが少ないと言うことを心配したギャラリーオーナー、 民芸店の店主でもある植草さんのご好意で、中国茶のサービスを行った時。 担当したのは、今回お茶を頂いた指導師でしたね!  予想に反して、数百名の来場者となり、大変盛況だった記憶があります。

 今回は開催日と指導師たちの都合が合わず、中国茶のサービスを行う予定はありませんが、 ヤンピンは展覧会を見に行く予定です。 有機会、大家見啦(会場でお会いしましょうね)!


お土産に頂いた武夷茶


 
 

随意談 第140号(2011年10月7日)   楊品瑜

 


~豬籠草(ウツボカズラ)~
 ヤンピンが今住んでいる地域は、かつてほとんどが田んぼだったそうです。 住み始めた頃は、整備が間に合わず、わざとではなかったと思いますが、 農業用水の用水路が多く放置されていました。 そのためなのか、冬でも蚊がいるほど苦労した時代がありました。

 なのでヤンピン流に、蚊対策として虫除けハーブを育てたり、 食虫植物を数種類育てたりと色々工夫もしてきました。 捕蠅草 (ハエトリグサ)も数回育てたことがありましたが、、、  結局今まで育ててきた食虫植物の中では、一番長生きをしているのが豬籠草です。 アジア、特に熱帯気候の地域に多く分布されているからかなぁ~と勝手に思っています。

 豬籠草を育てるのに、温度、湿度がとても大切です。 肥料も色々格闘しましたが、冬を越すのが最大の難関だったように思います。 実は、今の豬籠草は二代目です。 一度枯らしてしまうと、なかなかまた育てようかなぁ~と躊躇することもありますが、 結局再チャレンジし、今日に至っています。

 最近では、近隣の農業用水道のほとんどが使われていないので、 埋め立てられたようで、歩道になったりしています。 蚊も昔と比べ、随分と減りました。 効果のほどはよくわかりませんが、我が家の豬籠草は相変わらずなんとか元気でいますので、 今後も引き続き我が家の蚊の番人として、頑張っていてもらいたいですね!

 そうそう、豬籠草の名の由来はですね、 豬籠とう言う下半身がちょっと膨らんだ形の藤かごに似ているからだそうです。 地方によって、別称もあるようですが、学術的にも中国語では、豬籠属、豬籠科に分類されています。

豬籠草


 
 

随意談 第139号(2011年10月1日)   楊品瑜

 


~猜猜看!(当ててみてね)~
 中国語繁体字(正體字)コース のテキストを取り寄せたら、 小さな風呂敷に包まれたをプレゼントを頂きました。 正確には箱を開けたら、小さな風呂敷包みがはいていました。 センスの良さに感動いたしました。

 そして、この年になって、今更37音の注音符號(発音記号) 「ㄅㄆㄇㄈㄉㄊㄋㄌㄍㄎㄏㄐㄑㄒㄓㄔㄕㄖㄗㄘㄙㄚ
ㄛㄜㄝㄞㄟㄠㄡㄢㄣㄤㄥㄦㄧㄨㄩ.」 を教えるとは・・・

 注音符號とは、似た発音の漢字を分析し、共通する一部分から作られた発音記号です。 一文字の漢字に一個から数個の注音符號がふりがなとなり、 さらに四聲(しせい)を加えて、発音記号として使われます。 また、注音符號からも漢字を想像しやすいので、台湾では幼稚園から覚えるお子様もいらっしゃいますね!  ヤンピンは小学校一年生時に台北で習い、その後はひたすら漢字を覚えて来ました。 日本で中国語を教える機会があった時には、英語表記の拼音を覚えなおして講座をやっていましたので、 実に久しぶりというか、自分の子供に教えて以来です。

 十数年前から中国茶の教室内からも台湾式と皆さんが呼んでいる注音符號を教えてほしい要望や、 繁体字を教えてほしいとの要望が徐々に増えていました。 日本で学ぶところがなかなか無いからだそうです。 その後、事がさらに進み、数年前からは中国関連のビジネスからドラマのテロップの文字、 書籍を読むにも、繁体字がわからないので困っているとのご相談が増え、 紹介のまた紹介で翻訳依頼も増えましたね!  会社によっては重要書類なので、 できれば簡体も繁体もヤンさんところ一箇所で訳してほしいという要望もよくあります。

 時には、子供の学校からも、 「中国出身の父兄がなぜ漢字が読めないの?」とご相談を受けることも数回ありました。 もちろん、丁重に中国の漢字と日本の漢字は違うからと説明しましたが。

 またある時、外部教室の受講者からは「注音符號を覚えたら、中国語で鍵盤を押す回数が減り、 手が楽になりました。」とのお話もありました。 キーボードの配列もわかりやすいのだとか・・・  詳しく調べたことはないのですが、 注音符號は一文字の漢字の発音のキーが1回から3回ほどで敲くのがほとんどなので、 気持ちがわかるような気もします。 携帯のキーも注音符號のほうが幾分押しやすいように思いましたが、 それでも台湾の友人からは、「携帯のキーは押すのが大変なので、結局電話したほうが早いよ!」と、 いつも言われています。

 結局教室をやる決意をしたのは、 美國(アメリカ)の親戚との話から「美國の大学では、中国語は両方やりますよ!」と言われました。 その両方とは発音記号までやっているのかは確認しませんでしたが。 教室でも要望があったので、やってみようとスタートしたところ、 注音符號で覚えたほうが音比較準(発音が比較正しい)と急遽、 37聲の注音符號をやることとなりました。 英語は元々日本人にとっては外国語、ローマ字発音にもなりやすい、 アルファベットを見て正しい中国語発音が掴めにくいというご意見もありましたね。 また、よく言われている「ㄜ」音の英語表記は「e」、「ㄝ」音は「ê」。 音を組み合わせた時に「ê」は「e」とも書くので、初心者にはどちらの音を発せばよいのか、 ちょっとわかりつらいようです。 中国語学習について、ヤンピンが偉そうに色々と言える立場ではないのですが、 対応できる限り、お手伝いはしようと思います。

 茶芸教室を長く通うと、やはり中華圏の茶芸館で、 自分の中国語で點茶(お茶を注文)ができるようになり、お茶屋さんを訪れた時には、 自家にお店の方々とコミュニケーションを取りたい気持ちが皆さんあるようですね!  ともあれ、繁体字、注音符號が少しでも中国語を覚えるのにお役に立てば幸いです。


猜猜看裏面包什麼?
(当ててみてください。何が
入っているのでしょうか?)
找答案(答えを探す)


 
 

随意談 第138号(2011年9月24日)   楊品瑜

 


~火龍果 or 紅龍果(ドラゴンフルーツ・dragon fruit)~
 火龍果 or 紅龍果を知る前から、実はヤンピンはピタヤ(pitaya)が大好きでした。 英語では dragon fruit も pitaya もサボテンの実でして、 ややこしく、ややわかりにくいのかもしれませんが、 日本で売られているものは、外見が赤いのがドラゴンフルーツで、 黄色のほうがピタヤのように思いましたが。

 最近では、黄色のほうは、イエロードラゴン or イエローピタヤとも呼ばれているようですが、 まぁ、呼び方は元々ご当地の呼び方があって当たり前なので、 色違いは単に品種の違いであると理解しましょう。

 ともあれ、赤いドラゴンフルーツを知る前に黄色いピタヤに馴染みがあったヤンピンには、 赤いほうは興味深かったですね!  そして、アジア産が赤く、中南米産が黄色と解釈していましたが、 台湾でどちらも改良生産されたものを食べてからは解釈が更に混乱しました。 まぁ、美味しければ好しとしました。

 ベトナム茶ドリンク集を書いていた時はまだ、日本でベトナム産火龍果or紅龍果が買えました。 その後、なぜかベトナムからの輸入ができなくなったようで、 ときたま沖縄産を見かけるようになっていたのした。 今回珍しく、ご近所のスーパーでベトナム産が買えました。 懐かしさもありましたが、即に迷わず購入し、教室のみんなとで頂きました。 淡白な味は、変わらなかったですね!


ベトナム産火龍果 or 紅龍果


 
 

随意談 第137号(2011年9月17日)   楊品瑜

 


~車站内(エキナカ)~
 いつ頃からか、ここ数年よく受講者からJR西船橋のエキナカ土産を頂きます。 なので、ヤンピンも電車に乗ることがあれば、時々覗いています。

 JR西船橋車站(駅)は3社5路線(JR東日本の総武本線、武蔵野線、京葉線各線、 東京地下鉄の東西線、東葉高速鉄道の東葉高速線)が乗り入れ、 近くに徒歩圏である京成西船駅もあるので、とにかく大変交通の便がよい駅です。 当たり前か、便利なので教室に通う受講者も何かと利用をする駅です。

 なぜかよくわかりませんが、昔と比べればずいぶんとお店は増えましたが、 利用者数の多い駅であるはずですが、店舗数はまだまだ少ないかなぁ~。 まぁ、乗り換えのとても便利な駅なので、電車の本数が多く、 時間をつぶす必要性があんまりない駅だからなのかなぁ?と勝手に思ったりもしています。 確かに乗り換えで、お店に寄る時間がもったいないと思うことがしばしばありました。

 日本に来て、車社会では体験できない、 ”車站”とは、ひとつの劇場のように思うことがよくありました。 単に電車を乗っているだけなんですがね~。 色々な思い出を与えてくれる場所だなぁ~とつくづく思いましたね!  そう言えば、今回エキナカを直訳”車站内”と訳しましたが、 実は中国語では、電車が通る駅は、車站と共に「火車站」も使っています 。 ”電車車站or電車站”とかは今のところまだ聞いたことがありません。 因みに、バス停も「車站」です。丁寧に言うと「公車站」です。 これからも電車の駅があちらこちらとどんどん増えそうなので、 時代の流れに随って、「車站」の呼び方もどんどん変わりそうですね!


西船橋の車站内で買った
モンドセレクション金賞を受賞した
イタリアンロールケーキ


 
 

随意談 第136号(2011年9月12日)   楊品瑜

 


~中秋節(中秋の名月)~
 台湾の親戚から月餅が届きました。 この時期は、お互いに月餅を贈り合う時期なのです。 中秋節は、旧暦8月15日なので、日本で言う十五夜、今年は9月12日、つまり今日なのです。

 秋かぁ~。

 中華圏の中秋節では必ず、月にうさぎと共に、「嫦娥」と言う美女が登場します。 嫦娥の伝説は、日本に伝わってかぐや姫になったとも言われていますが、 「嫦娥奔月」はとても有名な神話です。 ヤンピンは物心がついた時に聞かされ、 「いつもほらあそこにいるでしょ~」とよく月を眺めながら大人から絵を描くようにして、 嫦娥とうさぎの居場所を教わっていました。

 なので、ヤンピンもいろいろと想像をしていましたが、 人類が初めて月に上陸をしたとかのTV中継を見て、大人たちがあちらこちらから、 「やはり嫦娥は月に住んでいなかったわね!」と囁いているのを聞き、 子供ながらさっぱりしていました。 まぁ、正直なところ、いても、いなくても、どちらでもよかったのかも!  ただ、子供ながら美しい嫦娥にはよく憧れ、カッコをまねして、 ごっこ遊びもよくやっていたよ~な記憶です。

 頂いた月餅は、賞味期限内の今月の教室で美味しく頂く予定です(一部頂き済みですが)。 子供の頃、正直、月餅は苦手な食べ物でした。 特に餡が「五仁」と言うのが苦手でした。 しかし、最近は一番好きな部類にはいて来ました。 月餅の五仁餡は、5種類のナッツ類の仁(種の中身)を使った餡のことです。


頂いた月餅の菓子缶、頑丈です。


 
 

随意談 第135号(2011年9月6日)   楊品瑜

 


~泥魚(どじょう・mudfish)~
 相田みつをギャラリーがご近所(?)にあるので、子供たちと初めて行って来ました。 実はヤンピンは、相田みつをさんについてはよくわからず、 カレンダーをもらったりと作品は目にすることはありました。 子供の学校関連でも、講演会が開催されると言う通知が時々来ていましたので、 前から興味はあったのですが、ちんぷんかんぷんでしたので、 今回ギャラリーの方々から正式に教わり、数々の謎も解け、交流もできて、とても楽しかったです。 子供共々、改めて大変勉強になりました。

 実は、進学した子供が少々挫折中です。 相田みつをさんの作品、「道」を読ませたところ、とても感銘したようです。 子どものリクエストもあって、泥魚&金魚の詩も見てみたいとも言われたのですが、 市川散策も兼ねて、とりあえずご近所のギャラリーから行きましょう~。 となったのです。

 帰り、2冊の本、こまごまとしたミュージアムグッズと共にポローニャーの食パン、 プレーン味とチョコレート味を半斤ずつお土産に買いました。 と言うのもですね・・・着いた途端に、子供たちはパンの香しい匂いに誘惑されぱっなしでした。 今回訪れた市川市にある相田みつをギャラリーは、許可を得て (株)グランパ ポローニャー 市川ファクトリーが運営しているのだそうです。




購入した泥魚&金魚の詩集二冊
「おかげさん」は最後の一冊でした。


 
 

随意談 第134号(2011年9月1日)   楊品瑜

 


~大茶樹(大茶樹)~
 講演で、よく使う資料を整理していたら、教室主催のツアーで訪れた、 佐賀県嬉野市にある大茶樹の写真が出てきました。 少々懐かしいのですが・・・

 本来茶芸教室なので、茶畑を訪れるツアーと言うのもどうかなぁ?とも思ったのですが、 実はこの時は、八女(福岡県八女市)で白茶(しらちゃ)を栽培している茶農があり、 見せてくれるというので、九州を訪れたのでした。

 と言うのもきっかけは、「昔、九州で白亳銀針が栽培されたことがあり、 もしかして痕跡がまだ残っていますよ!」と聞きつけたからでした。 あれやこれやと調べていたら、結局見つからず、代わりに日本茶の白茶を見つけたのでした。 まぁ、つまり、白茶畑を見た帰りに、大茶樹を見に行ったのでした。

 そう言えば、念のために、台湾では、生水が飲めないので、 「水を下さい」と言うと吃驚されることがあります。 台湾の家庭では、よく湯冷ましを飲みます。 この湯冷ましは一般に中国語では「白開水」と呼ばれていますが、 台湾語や中国語で「白茶」と呼ぶこともよくあります。 また、水でもミネラルウォーターは、礦泉水です。 近年台湾でも、ウォーターサーバーが大変普及していますが、 聞いていると相変わらず、白茶、白開水と飲み水を呼んでいるようです。

 白茶と言えば、母の友人が北海道旅行中に、電話がかかって来たことがありました。 何かと聞けば、「ホテルで、飲み水の白茶(しろいおちゃ)を下さい。」 とホテルの方にお願いしたところ、「白茶は扱っておりません。」と断られたそうです。 それで「日本人は白茶を飲まないの?」と聞いてきたのだそうです。 母は笑ってはいけないと我慢したまま、「日本は水道をひねれば水が飲めるよ!」と説明したそうです。




嬉野市にある大茶樹とその説明


 
 

随意談 第133号(2011年8月27日)   楊品瑜

 


~海洋迪士尼(ディズニーシー)~
 海洋迪士尼へ行ってきました。 ディーズニーは、中国語では幾つかの訳し方がありますが、 今回は一般的な「迪士尼」で訳させていただきました。 また東京ディーズニーシーは「東京迪士尼海洋」と訳されることもあるようですが、 中華系の親戚たちは一般に「海洋迪士尼」と呼んでいるので、 今回は「海洋迪士尼」を使わせて頂きます。

 実は、英語名を中国語に訳す時の法則はなかなかひとつに収まらないのが実情です。 中国語と言っても、さまざまな中国語が使われているのも一因なのです。 台湾の小学生は、両親の母語を小学校で必ず勉強するようになっているとも聞いています。 因みに人によっては、母語は1種類とは限りませんからね!  まぁ、確かに語学と言うのは使わないと忘れてしまいます。 ただ、ヤンピンの経験では幼少期に、少しでも触れていれば、 一時期的に忘れていてもまた勉強すれば、思い出します。

 専門家によれば、語学と言うのは、脳に於いて、 子どもの頃に覚える場所と大人になってから覚える場所が違うのだそうです。 確かにヤンピンも子どもの頃に覚えた語学のほうが、忘れてもなんとか思い出せますが。 大人になってから勉強した語学は、辞書を引いても覚えられない言葉が山ほどありますね!

 迪士尼と言えば、皆さんも喜怒哀楽な思い出があったのではないのでしょうか?  いつまでも忘れられないお話ですが、 十数年前にヤンピンに迪士尼(ディズニーランド)のイベント用のスペシャルドリンクを提案する仕事が舞い込んできました。 途中でつわりが酷く、味覚がわからなくなり、仕事をやり抜けなかったことがありました。 皆さんにも大変迷惑をお掛けしました。本当に心残りでしたね・・・残念。

 ともあれ、夏休み最初で最後の休暇を家族で「海洋迪士尼」に行ってきました。 新しいアトラクションにも乗ってきました。 友人からよく羨ましがられるのは、迪士尼楽園(ディズニーリゾート)への近さ、 今回も近くってよかったとつくづく思った一日でした。 お陰様で、朝早くから夜遅くまで遊べました。 奶茶(ミルクティー)味のポップコンも食べてきましたよ!


海洋迪士尼にて


 
 

随意談 第132号(2011年8月22日)   楊品瑜

 


~香蕉干(ドライバナナ)~
 教室で、泰國(タイ)土産に香蕉干(”乾”と言う字を使うこともあります)を頂きました。 謝謝! 香蕉干と言えば、かつて台湾土産でヤンピンもよく購入しました。

 香蕉は栄養価の高いフルーツとして、よく知られていますが、 実はドライにしたもののほうがより栄養価が高いと聞いていました。 ただ、フレッシュの香蕉を先に食べ慣れていると、香蕉干は一癖がありそうで、 味に好みが分かれるところですねー。 しかし、今回の泰國香蕉干は久しぶりに食べたせいなのか、味にこくがあって美味しかったです。 お茶請けにも最適でした。

 ヤンピンはよく、子どものおやつに春巻きの皮でバナナの包み揚げを作ります。 実は、フレッシュの香蕉を使っているので、油がものすごく飛びます。 なので、幾分か水分の抜けた香蕉干を使ってみようと思いましたね!  色々試作してみて、機会があれば、また皆様にご紹介しますね!

 ところで、香蕉干について書いていると思わず、 日本でもよく知られているバナナチップス(banana chips)は中国語にどう訳されているのかなぁ~と気になりました。 バナナチップスのほうが、ヤンピンには最近ものに思えたので。。。 確認したところ、「香蕉芯片」だそうです。


お土産に頂いた泰國の香蕉干


 
 

随意談 第131号(2011年8月13日)   楊品瑜

 


~好香呀!(とてもいい香りです)~
 茉莉花 についてはあちらこちらと書いて来ましたので、 さすがにもう書くことがないと思っていましたら、先日のハーブ園行きで、予約し、 皆さんが購入した茉莉花が、あちらこちらの受講者宅で花が咲き続け、 特有の香りを各家庭に放っているようで、あちらこちらからお礼と言うか、 感動と言うか、久しぶりのヒット作と言ってもいいほど、沢山の反響がヤンピンに届いています。

 なかには台湾でよく嗅いだ”あの”匂いと同じだぁ~懐かしい・・・とのお話もありました。 確かに匂いの表現は難しい、前にもお話しましたが、ヤンピン家の子どもたちは、 今でも”あの”匂いを「お茶の匂いだよ!」とお友達に説明しています。 念のため、正確には茉莉花の香りは茉莉花の香り、茉莉茶は茉莉花の香りを付けたお茶ですよ!

 香りは好みがありますので、ご家庭によっては嫌がるのかもしれないと、実は少々心配していました。 茉莉茶(またの名は香片)を教室で出すとたまに、「香水みたいなお茶だね!」と言われていたり、 「強い匂いは苦手だわ!」と言われたり、香りには好みがあるなぁ~と学習したヤンピンには、 茉莉花の香りは、受講者のご家族に受け入れてもらえるのか、少々ひやひやであったのです。 でも、さすが受講者のご家族、ほぼ好評のようで、ヤンピンも一安心です。

 暑い夏ですので、アロマ効果(?)、いや、まぁ、純粋に香りを楽しんで寝たいだけですが、 ヤンピン家の茉莉花は今、ヤンピンのベットから窓越しに置いてあります。 今年は毎日咲いているうえ、茉莉花は夜のほうが強く香りが楽しめられるような気がしますので、 貴重な睡眠時間は、茉莉茶(?)の香りに誘われ、至福の時間ともなりました。


ヤンピンが長年育てている茉莉花
花が咲いたと思っていたら、すぐ散って
しまうのが寂しいのですが、まだまだ
香るので、鉢内に拾い集めています。


 
 

随意談 第130号(2011年8月6日)   楊品瑜

 


~活到老學到老(生涯学習)~
 気功の 水谷先生 から上海土産を頂きました。 日本の地震でゴタゴタしていたので、延期した少林寺での修行にまた行って来たのだそうです。 さすがですね!

 ヤンピンは台湾での在学中に、授業で護身も兼ねて武術は習いましたが、 正直に言って、すっかり忘れています。 ところが、時々水谷先生から古文(中国語)での難しいツボの日本語読みを教えてほしいという依頼が来ます。 中国語でもどう読んでよいのかわからないような専門用語を、 一生懸命勉強をされている姿は本当に感心しました。 真是(本当に)活到老學到老の精神を持った優等生です (もちろん、先生は否定をされていますが、謙虚なかたです。本当に。)。

 でも、実はヤンピン主宰の教室では、「活到老學到老」を実行されている方が水谷先生以外に沢山います。 在学中はよく学校の先生に「活到老學到老」を口酸っぱく言われて来ましが、 なんとなく卒業とともに、気持ち的に勉強から開放されたと思うヤンピンには、 受講者の勉強の熱心さに本当に刺激を受け、多くのことも学べました。

 先日、アルテサーナ での教室でも、 一年近く中国茶の会を参加された受講者からご自身の病気がきっかけで、 水について沢山の勉強をされた話を聞くことができました。 昔と違って環境が大きく変わっているので、確かに水も大きな学問と関心しました。

 7月は講座が多忙でしたが、8月は天候が暑いし、お盆、帰省や旅行で、 教室では慣例的に特別講座は開催しませんが、 9月以降は様子を見て、また色々な講座を企画したいと思います。


水谷先生に頂いた上海土産


 
 

随意談 第129号(2011年7月30日)   楊品瑜

 


~有緣千里來相會(ご縁がありますように)~
 「有緣千里來相會・無緣對面不相識」と言う古い老話(古くから伝わることわざ)があるように、 縁があれば、本当に縁があるものです。 ”有緣千里來相會・無緣對面不相識”の直訳は、 「縁があればいくら離れていても会えるもの・縁がなければ目の前にいても知り合えない」てところかなぁ~。 つまり、縁があれば会えるものですよ!

 先日受講者から、「友人が趣味でこのようなものを作っているので、先生、皆さんもらってください。」 と頂きました。 よく見ると亀の鑰匙圈(キーホルダー)ですね!  「縁起物だね!」と思っていたら、亀の中に5円玉がはいていました。 随意談は中華圏の方々も見ているので、念のため説明しますと。 5円(ごえん)と御縁(ごえん)の発音が同じなので、 日本円の5円玉は縁起物の代表格になったったのです。 因みに御縁とは中国語で”有緣”と言う意味です。

 しかし、凄い、世の中にはやはり器用にものを作る方がいらっしゃるのですね!  つなぎ目がわからないほどに、綺麗に5玉を包むようにして編んでいるのです。 感心しました。それもひとつひとつ個性を持たせながら、本来は作品ですよね!  でも、色が違うだけで、差が見つからないほどに商品のように、本当に、 綺麗に作っていらっしゃっていますね!

 キーホルダーをもらって、ついポツリと、「もう結婚しているので、手遅れか、もうご縁は・・・」 とつぶやいたところ、「先生、ご縁は結婚だけではないのですよ!」と皆様から一斉に返事を頂きました。 まぁ、わかっていましたが、ちょっと本音が出てしまったりしてね!  哈哈(ハッハッ)

 と言うか、やはり「ご縁」と言えば中華的には、「緣份」、やはり最初に思いつくのは「結婚」、 結婚はやはり要有緣份(縁がなくてはならないので)と言うふうに直感してしまいましたが、 確かに、教室に長く通ってくださっている皆さん、遠方から五年、十年以上と通ってくださっている皆さん、 5円玉のご縁と中国茶がもたらしてくれた縁です。 まさしく、「有緣千里來相會・無緣對面不相識」ですね!  縁があったから出会えたのですね!  真是有緣(本当に縁があります)!


頂いた手つくりの鑰匙圈


 
 

随意談 第128号(2011年7月22日)   楊品瑜

 


~朝鮮薊(Artichoke、アーティチョーク)~
 ヤンピンが教わった限りでは、朝鮮薊は地中海原産の植物で、 欧米ではよく知られる食べられる花としても人気の野菜です。 朝鮮半島経由で、日本に伝わったため、日本では朝鮮薊とも呼ばれているのです。 台湾では馴染みのない植物なので、日本に習ってかどうかは確認できませんでしたが、 一般に朝鮮薊と訳しているようです。

 朝鮮薊と言う植物はかねがね知っていましたが、一番詳しく取材し、調べた時期は、 ベトナム茶ドリンク集を書いた時期でした(詳しくはベトナム茶ドリンクを読んで頂けば、幸いです)。 ベトナムでは、朝鮮薊茶がよく飲まれていましたので。 また、OL時代の上司から朝鮮薊はフランスの高級レストランでは、 「ステーキのように出されることもあるのよ!」とよく聞かされていたので、 高級ステーキのように出された朝鮮薊はとても憧れていました。 「日本では食用としては、缶詰が比較入手できるよ!」とも聞かされていましたが、 これがなかなか出会えないものでした。

 先日、運よくご近所の超級市場で買えました。 十数年ぶりかもしれません。 早速、中華料理風にアレンジし、薬膳料理教室や家族で頂きました。 味は、ですね!うん~意地悪ですが、食べてみてください。 いやいや正直、 買った缶詰の朝鮮薊はドイツ料理のキャベツの酢漬「ザワークラフト」のような食感に思いました。 前に食べたものとはまた違う味わいでしたね!  ヤンピンも研究不足でしたね!  もっと色々な朝鮮薊料理を食べなくてはならないなぁ~と思うほど未知な味です。 ソースに左右されやすい野菜だなぁ~と思いました。 まぁ、作った料理は魚醤で酸味をカバーし、なんとか美味しいとは言って頂けましたが、 很可惜(ちょっと残念!)。 ヤンピン的には、まだ朝鮮薊を使いこなしていない一品となりましたね!


ヤンピンが作った「朝鮮薊の魚醤炒め」


 
 

随意談 第127号(2011年7月15日)   楊品瑜

 


~好棒喔!(すごかったです)~
 あまりの暑さで、タイミングよく来日した親戚と我が家の子どもたちで、 家から電車で十数分の葛西臨海公園へ行って来ました。 久しぶりに行ったのですが、すごかったです。 本当は、アクアマリンふくしまから避難してきた動物たちに会いに水族館へ行こうかと思っていたのですが、 運よくマグロショーが見れました。 ほかにも色々あるのですが、とにかくご近所の水族館ではなく、りっぱな水族館でしたね!(当たり前かぁ。)

 葛西臨海公園はディズニーリゾートのお隣駅なので、台湾とかから来た観光客には、 日程的に行きにくい不利な条件がありました。 でも、日程的に余裕のある外国人のかたを連れていくと、隠れ家的で喜ぶかたは多いですね!  今では大きな観覧車はさほど珍しくなくなったのですが、 やはり大きい水槽で魚が泳ぐ様子が見られる水族館は、大変喜ばれますよ!

 本当は、子どもたちから久しぶりに、 イルカショーが見られる水族館へ連れて行ってほしいと懇願されましたが、 おかげ様で計画停電で休んだ反動なのか、教室が多忙で遠出ができない状態なのでした。 でも、夏休み前でしたが、今回のマグロショーは大満足だったようです。 よかったです。


マグローショー(許可を得て撮りました)
最初はドキドキでしたが、
子どもたちが大喜びでした。


エイとサメのタッチ体験コーナー
飼育員の指導で魚にタッチできます。


 
 

随意談 第126号(2011年7月9日)   楊品瑜

 


~紫錐花開花了!(エキナセアの花が咲きました)~
 先日教室で訪れたハーブ園で購入した紫錐花(エキナセア)が無事に花を咲かせました。 紫錐花はピンク色の花が咲くものだと思っていたのですが、 ヤンピンが購入したのは、白色の花の品種でした。 残り最後の一株だったので、残りものには福があるかも?とちょっと欲を持って買いましたが、 中華的な慣わしでは、欲を持ったり、公表してしまうとご利益がなくなるので、 ご利益についてはもう買った時点で、手遅れでしたね! 残念!

 紫錐花については、忍田指導師がアロマリズム で詳しく紹介していますので、 よかったら参考にしてくださいね!  そして、ヤンピンが急にエキナセアのお茶を飲み始めたのは、新型インフルエンザが流行った時期でした。 結果的には凍頂烏龍茶でもよかったような気がしましたが、 教室では多くの方々が集まるので、皆さんにも飲んで頂きました。 効果のほどはよくわかりませんが、警戒した結果なのか、 教室の受講者は誰も新型インフルエンザにかからなかったという、いわくつきと言うか、 格別な思い出のあるハーブでした。

 紫錐花については、台湾では十数年前に本格的にカナダから移植し、栽培を始めたところだそうです。 ハーブティーとしてはすでに、流通はしているようですが、 そもそも紫錐花は西洋漢方なので、政府の研究機関のほうでも、アジア人の体質に合うかどうか、 副作用があるかどうか、さまざまな角度からも慎重に検証が行われているようです。 意外と台湾はしっかりしている~と感心しました。

 右の写真の紫錐花の後ろにあるのは、大賀蓮です。 まだ蕾もついていません。 大賀蓮は 茶的故事 台湾茶其の二十一 白河蓮花茶 でも紹介しましたが、台湾でも栽培しています。 勿論、白河蓮花茶は教室でも飲みました。 ひと蕾だけでも十分に甘く、美味しいのですが、 そもそも蓮は、癒してくれるだけではなく、花、葉、芽、実、レンコン、すべて無駄なく使える食材です。 本当にすばらしい植物ですね!

 実は、台湾台南県白河鎮は、最近ではあの蓮舫さんのお父様、謝哲信さんのご出身地としても、 とても有名になりました。 確か、蓮舫さんが初めて大臣に任命された時にも、町をあげてお祝いをしたそうです。 とても人情味のある田舎町なので、機会があれば、日本の皆様にも訪れてほしい町のひとつです。


開花した紫錐花と
未開花の大賀蓮(咲くといいなぁ~)


 
 

随意談 第125号(2011年7月2日)   楊品瑜

 


~薫衣草(ラベンダー)~
 子どもと薫衣草棒(ラベンダースティック、Lavender stick)を編みました。 子どもも最初は何をやらされるのか不安のようでしたが、編んでいるうちに静かになり、 集中力もアップし、ちょっとした精神修行(?)となりました。 意外に上手にできたので、親としては一安心でした。

 薫衣草棒とは一般にイングリッシュラベンダー(真正ラベンダー・コモンラベンダー)を使って、 リボンと編みこんだステッィク状の防虫芳香剤です。 今回子どもが使ったラベンダーは、ヤンピンが満開のラベンダー畑で蜂と戦い(?)いやいや、 少々大げさでした。 蜂に刺されないように格闘しながら切ってきたものです。 ラベンダーは殺菌や虫除けなどなどの効能があるとされていたので、 ラベンダースティックは一種のおばあちゃんの知恵として、イギリスでは伝統的に使われていました。 作るのも楽しいですからね!

 しかし、 薫衣草との思い出は沢山ありすぎて、語りきれないのですが、 これでまたひとつ思い出が増えました。 正直、子どもがラベンダーを折らずに無事に編み上げられたことに、 ヤンピンは勝手に子どもの成長に感動しました。 そもそも、薫衣草はヤンピンが最初に覚えたハーブでもありますからね!

 現在中山之家も含め、ヤンピンは3種の薫衣草を育てています。 また、今は季節的に新緑の季節で、花は少ないのですが、 森とまでは行きませんが、とにかく緑いっぱいに囲まれています。 桑の実やブルーベリー摘みがもう始まりましたよ!  子どもの成長とともに、植物の成長も結構感動しますね!  そうそう、睡蓮鉢のめだかたちも今年は無事に赤ちゃんが生まれましたよ!  あとは課題として、今年も睡蓮が咲くかどうかですね!


子どもと編んだラベンダーステッィック


 
 

随意談 第124号(2011年6月23日)   楊品瑜

 


~鳳凰樹(鳳凰木)~
 卒業おめでとうございます。 えっー今?いやいや台湾での話です。 日本では卒業や入学の時期は桜ですが、台湾では鳳凰樹が咲く頃が卒業シーズンだそうです。 鳳凰樹または鳳凰木は、日本でも鳳凰木(ホウオウボク)や火炎樹と呼んでいるようです。 鳳凰樹とは、ジャケツイバラ科の常緑高木、マダガスカル島原産、学名:Delonix regia です。 日本の鳳凰樹は沖縄などでよく見ることができるようですが、1896年頃に台湾から種を持ち込み、 栽培され始めたのだとか。。。

 ヤンピンの両親は台南育ちなので、台南と言えば別名「鳳凰城」、 両親にとって鳳凰樹は思い出がいっぱい詰まった樹木なのです。 いっぱい、いっぱい鳳凰樹の話を聞かされてきました。 花が咲いた時の町の鮮やかさやお陰で、亜熱帯気候の台南はいつも涼しかったのだとか、などなど。 しかし、いろいろな論争のなか、都市、道路整備に伴い、鳳凰樹は枯れ葉が多く、 害虫に犯されやすいことや通行人が根っ子に躓き易いなどなどの理由から多くの樹木が伐採されたのだそうです。 今では多少の不便でも、多くの樹木があることはエコなのに~時代の流れだったのかもしれませんね!  確か、ずいぶん前から「植えよう~」運動があったと思いますが、 ただ樹木は育つのには時間が必要ですよね!  植物好きのヤンピンにとっては、ぜひ、頑張ってほしいですけれどね!

 大人になってからはなかなか、台南に帰ることがなくなり、 噂の鳳凰樹をよくよく見ることもなく過ごしてきました。 台湾のあちらこちらにも鳳凰樹があったはずですが、なかなか花が咲く時期に回り逢えずにいたのでした。 ところが、十数年前に印度(インド)へ行った時に、これではないかと思って写真を撮って来ました。

 両親に確認したところ、残念ながらよくわからないと言われました。 意外とみんな身近にあったのにも関わらず、よく観察していなかったようです。

 この時期に台湾に帰って、花盛りの鳳凰樹を見る機会はなかなか難しいのですが、 いつか確実に観察し、写真を撮ってきたいと思います。


色褪せしていますが、印度で撮った鳳凰樹と思わせる写真です。 本当はなんと言う植物なのでしょうかね?
思い出話ですが、現地の印度人の友人たちが両親の話を聞いて、 記念に持って帰りなさいと落ちた花をいっぱい拾ってくれたのですが、、、
日本の動植物検疫法により、残念ですが全部印度に残してきました。 對不起(ごめんなさい)!


 
 

随意談 第123号(2011年6月15日)   楊品瑜

 


~當三明治(サンドイッチになる)~
 「三明治」の三文字を見る度に、よく子供の頃から大人に、 「來來來去當三明治!(おいで、おいで、おいで、サンドイッチになりに行きなさい!)」 を勧められたことを思い出します。 子供が三明治になるとカップルのデートがうまく行くとして、ヤンピンはよくいとこや親戚、 両親の知人のデートに同行していたのです。

 今考えればただただ、邪魔だけですよね!  でも、確かに表哥(苗字が違う従兄)のデートに同行した時、表哥と彼女が一致団結し、 一生懸命世話をしてくれていたのを今も覚えています。 勿論、その後結婚され、円満です。 二年前には初孫も生まれました。 つまりヤンピンもメデタク表姨婆(従妹大叔母)となりました。すごいでしょー。

 その後、「今天去當三明治!」直訳すると「今日、サンドイッチになりに行った!」まぁ、 一種の暗号と思って下さい。を大人になってもいつの間にかヤンピンも使っています。 「當三明治」は今でも俗語として、いろいろなところや場面で使われていますが、 確かにカップルの仲介役に使われていることが多いように思います。 何がきっかけで使われ始めたのかなぁ~と思うこともありますが、確か、 広告を前後にかぶって歩きまわる人をサンドイッチマン(sandwich man)と呼んでいたようにも思いますが、 何かに挟まれての表現に使うのは確かにわかりやすいように思います。

 今でも、ヤンピンが三明治となって結婚したカップルに、 お陰様で結婚できたことを感謝されることもありますが、 つくづく「三明治」は実に奥が深いです。


親戚にもらった三明治用缶詰


 
 

随意談 第122号(2011年6月7日)   楊品瑜

 


~洋甘菊新鮮花茶(フレッシュカモミールティー)~
 近所の超級市場(スーパーマーケット)の野菜売り場で、 ハーブティー用の新鮮的洋甘菊(フレッシュカモミール)を見つけました。 自宅でも少し栽培しましたが、飲むには量が少な過ぎますので、ここ数日は売り場で見つけたら、 ほぼ毎回買って飲んでいます。 ちょっとしたリッチ感に浸っています。

 指導師の教室でも久しく、凍頂烏龍茶の受賞茶を入手し、みんなで飲みました。 こちらもリッチ気分でした。 最近の台湾では、よいお茶が大陸の観光客による大量買いで、数年先まで予約がいっぱいだそうです。 悲鳴を上げている農家や茶業関係者が多いようで・・・しかたなく下のランク茶までを売る羽目となり、 自責の念にかなれている農家や業者もいるそうです。 台湾茶のイメージダウンを心配している声も多く、早急に対策や自主規制を考えているのだそうです。 日本ではどのようにやっているのか参考に聞かれたりもしましたが、売れすぎるのも大変ですね!

 台湾産高級茶と言えば「梨山茶」、こちらも最近の教室で飲みました。 美味しいお茶を同時に飲まないのが従来の方針でしたが、3月4月と地震、 余震や計画停電で18年間続いてきた教室が初めて、教室の都合で休講したので、 お詫びも兼ねて奮発しました。 もちろん「少しでも疲れを取って頂ければ幸いです。」という気持ちもありましたので。。。

 しかし、気分転換も兼ねてハーブティーを飲んでいたのに、 やはり中国茶のことを考えてしまうヤンピンでしたね!

 夏の電気不足で、教室がどうなるか不安な部分もありますが、 節電モードと合わせて、頑張って開催して行きますので、 ぜひ、受講予定の皆様ご理解とご協力をお願いします。


ご近所の超級市場で購入した
新鮮的洋甘菊(フレッシュカモミール)


 
 

随意談 第121号(2011年6月1日)   楊品瑜

 


~鳳梨酥(パイナップルケーキ)~
 日本で一般に呼ばれているパイナップルケーキ、"鳳梨酥"を父から台湾土産にもらいました。 今回は,両親の実家がある台南発祥の老舗ものです。 リーフレットには、1890年創業、戦後本店を高雄に移転し、 現在は台南、台北などにも支店があると書いてありました。 また、もちろん(?)慣例(?)、親切に日文(日本語)の説明文もあります。

 ヤンピンが思うのにはですね~、台南は比較的に味付けが甘いですね。 料理に、砂糖もよく使います。キャベツなどの野菜炒めの仕上げに砂糖を一つまみ入れたりしますもね!  まぁ、よくわかるのが 香腸、台南味はやや甘い、 台北味は五香粉のよく効いた、しょっぱさが主流です。 補足ですが、最近は物流がよくなったので台北でも甘みの香腸が食べられますが、 台北の香腸がしょっぱいと言うのは、家庭で作った香腸などの一般論です。 因みに、しょっぱいのは、保存ができるようにするためでもあります。 そうそう、ヤンピンの友人のなかで、しょっぱい香腸を食べ慣れている人のなかでは、 甘い香腸は別物を食べているように思う人もいるらしいです。 なので、香腸の味は典型的な家郷味(ふるさとの味)が味わえる一品でもありますよ!

 ほかにも台南の砂糖の使いかたは、中華料理にしては、本当に一味違いましたね!  かつて、友人に切ったトマトに、醤油+砂糖のソースを出したところ、大変吃驚され、 ソースはいらないわ!と言われたことがありました。 実はこの食べ方はわざわざお金を払って屋台で食べるほど人気な食べ方だった、と母がよく自慢していました。 半信半疑でしたが、今でも確かに台南の屋台でも見かけます。

 ヤンピンは子供の頃から鳳梨酥を食べるとどうしても餡と外側の生地を別々に食べたいタイプでしたが、 いつからか、年齢が増したせいなのか、一緒に食べる美味しさを感じ取れるようになりましたね!  父も言っていましたが、実は自分たちはあんまり台湾土産に鳳梨酥を買って来なかったのです。 ほかにも、いろいろと美味しいものがありますからね!  今回は、久しく買って来たと嬉しそうに言っていました。 台南鳳梨酥はもちろん、早速教室でみんなと頂きます。 感想としては、やはり味は台北ものと違う~と思いました。 台南ものなので、凄く甘いかも(?)と思っていたのですが、意外に味は甘すぎず、 台北ものを食べ慣れたせいか、素朴な味に感じましたね!


台南土産、鳳梨酥
(パイナップルケーキ)の外箱


 
 

随意談 第120号(2011年5月25日)   楊品瑜

 


~結果(結果)~
 114号小東西 の猜謎(クイズ)について、多くのメールや問い合わせを頂きました。 答えは口頭で説明しにくいので、「5月中に随意談でご説明します」と言うご返事をさせて頂いていました。 そろそろ正解を・・・写真の通りです。

 サイズは縦8.5cm、横16.5cm 、高さ8.5cmです。 とても繊細な作りで、螺鈿の色もとても綺麗な色で、本当に一目ぼれでしたね!  実は閉じた時、両側にそれぞれ上下各一個10円玉大の丸い穴がありまして、 単にデザインと思っていたのですが、 引き出しを引き出す取っ手がないので、もしやと思い、人差し指を丸い穴に中て、 軽く押してみたら当たり前のような細工とも思いましたが、引き出しがやはり出てきました。 つい数回も押して遊んでしまいますが、最初にこの方法を思いついた人は誰だろうね~。

 調べたところでは、日本の螺鈿は奈良時代、中国唐の時代に輸入された、貝を使い、 主に漆、木などの製品の表面に埋め込む一種の伝統工芸です。 貝は、主に夜光貝やあわびなどが使われていたようです。

 「古いものほど、今の時代にない貝殻の色を発色するので、螺鈿は時代のロマンを感じさせてくれるのよ!  見る度に感動するわ!」と言うコメントを、 当教室の茶芸指導師が言っていたことをヤンピンも見る度に思い出し、螺鈿への見方が変わりました。  綺麗なものをもっといっぱい見て、感性をもっと磨こうとも思いましたね!。


随意談114号猜謎(クイズ)の答えです


 
 

随意談 第119号(2011年5月18日)   楊品瑜

 


~日式鮪魚醤(日本風味のツナスプレッド) ~
 前回の随意談の続きですが・・・

 ヤンピンには、ちょっと珍しい「日式鮪魚醤」と言う缶詰もはいていました。 マヨネーズ風味ですね!  クラッカーにのせて、食べると美味しいよ!と言うような写真が載っています。 ちょっと洋風なようにも思いますが、ヤンピンは三明治(サンドイッチ)に使いました。

 20数年前(OL時代)は、仕事で缶詰を輸入していたこともありました。 当時は安全で、美味しいと言うことが、もちろん輸入において一番大切なことでしたが、 缶詰は意外に輸送中にへっこむのです。 私はペコ缶と呼んでいました。 品質に問題がなくても、日本では売り場に出して売るには難しいので、 時にはヤンピンも参加してこれらのペコ缶を探し出す検品を手伝っていました。

 ヤンピンが手伝うのは売り場に出す前のもので、ひと箱24缶入りです。 本当に重かったですよ!  最初からへこまない缶詰を作ってくださいよ!と嘆いてばかりでしたが、 今回親戚からの缶詰は見事にペコ缶がなく、 (余談ですが、お茶缶はペコ缶がありましたが)台湾の缶詰の技術は、 本当にレベルが高くなったように思いました。 (PS.今回頂いた日式鮪魚醤は泰國(タイ国)から台湾に輸出されたものでしたが、 こちらのほうもペコ缶はありませんでしたよ!)

 頂いた缶詰は、ほかにも日本のツナ缶や蒲焼のようなものがありましたね!  今日午後、昨日受け取れなった荷物が届くので、 どうやらそのなかにはまた新商品が入っているようですので、楽しみかも!


日式鮪魚醤の罐頭(缶詰)
三缶入りです


 
 

随意談 第118号(2011年5月10日)   楊品瑜

 


~台糖蕃茄汁鯖魚(台湾製糖・さばのトマトジュース煮)~
 台湾の親戚が、魚の缶詰を船便でいっぱい送って来ました。 あら、懐かしいと思うものから何これと思うものもありましたが、 まず見覚えのある魚のトマト煮の缶詰から着手(?)いやいや頂きました。

 そして、昔は何も気にしていなかったのですが。 一時期、ヤンピンはお砂糖の仕事をしていまして、きっかけはティールームのメニュー開発だったのですが、 仕事が飛躍(?)し、日本の砂糖のバリエーションを台湾に紹介したいと想い、 台湾製糖とコンタクットをしていたのですが、砂糖の輸入は色々と産業保護の観点から事業展開が難しく、 結果的に頓挫し、ヤンピンには努力が残念でした。 と言う思い出があった「台糖」の二文字があるのではないですか・・・

 砂糖屋さんと思っていたのですが、砂糖を使って魚の缶詰を作っていたのですね!  恐れ入りました。 思えば確かこの缶詰はヤンピンの子供の頃からあったように思います。 メーカーはどこだったかはさすがにに周り誰に聞いてもよく覚えていないのです。

 昔は開けてそのままおかずとして、食べていましたが、今は電子レンジがありますので、 温めて美味しく頂きました。 味はですねー。 ヤンピン的にはほのかな甘みにブイヤベースを思い出されるような、やはり中華味でしたね!  骨までが柔らかく美味しく食べられるので、ヤンピンの子供たちは吃驚しながら、 きれいに完食しましたよ!


頂いた「台糖蕃茄汁鯖魚」の缶詰


 
 

随意談 第117号(2011年5月2日)   楊品瑜

 


~好感動喔!(感動しました)~
 好感動喔!開花了(花が開きました)。

 昨年、秋から少しずつ枯れて行ってしまった・・・お気に入りの荷包牡丹(Dicentra spectabilis 華鬘草・鯛釣草)。

 三月末から新緑の葉っぱが次々と伸びてきたなぁ~と、ひと一安心をしていたところでしたが、 あっという間に蕾を作っては、またその先に蕾を作って行く習性。 そして先にできた蕾から次々と順に花が咲き始めているのにも、大変感動しました。

 実は、秋頃から枯れ始め、「休眠状態になるよ!」と言われていても、本当に枯れて、 土の上からは何も無くなっていたので、悲しい気持ちになっていました。 ヤンピンの育て方で、本当にまた生えてくるのかなぁー。とも思っていました。 生命力の強さにも感動しましたね! まして購入した昨年より花数も多いのです。 ヤンピン家の一員になってくれたのだなぁー。とさえ思いました。 元気というか、パワーというかもらいましたね!


荷包牡丹
新しい蕾が花の先(隣?)に次々とできて
くるので、本当に成長が楽しみです。


 
 

随意談 第116号(2011年4月25日)   楊品瑜

 


~陣中慰問?(陣中見舞い)~
 続く余震や計画停電で、教室の開催が幾度もあやぶまれました。 特に指導師コースは遠方から来る方が多くいらっしゃいますので、主要な交通手段となる電車の問題も重なり、 教室の開催は難しい決断でした。 でも、経済活動も再開しないと教室運営が・・・とにかく、いろいろと大変です。

 こんな時なのに、多くの陣中慰問禮品(日本語の”陣中見舞い土産品”の直訳のような、意訳のような中国語です)が届きました。 うれしかったですね!  教室でも地震の話が一番の関心事となり、時たまに発生する余震に皆さんはすっかり慣れたのか冷静に対応していますね!

 ヤンピンが台北に住んでいた幼少期は、実によく水害に遭いました。 水が退いたあとに、家の中庭で積み上げた家財道具を干す光景は、今でも目に焼け付いています。 台北は盆地であり、湾曲した淡水河の支流に囲まれ、台風も多いので、床上浸水は実によく発生していました。 もちろん、近年は治水により相当改善されています。

 実は、今回の東日本大地震の海嘯(津波)映像を見て、多くの台湾の友人はヤンピン同様、程度は違いますが、 かつて経験した水災(水害)を思い出すと話す友人も多かったです。 世代が同じだからなのかもしれませんね!

 では、最近一番のお気に入り、杉林渓茶を飲んで、教室で残った茶菓子でもつまんで、ひと休み・ひと休み。


頂いたどら焼きです


 
 

随意談 第115号(2011年4月18日)   楊品瑜

 


~櫻花開了(桜が咲きました)~
 櫻花開了。 晴れた青い空、そして街が徐々にピンク色に染まり始め、キャンパスに書かれた絵、 いやいや、よくある日本を代表する絵葉書のような景色ですね~。

 長年のヤンピンの個人的な感想ですが、「櫻花の開花も楽しみですが、 桜吹雪、散って行く美しさも好きですね!」 とよく観光に来た親戚や友人に説明しています。 ですが、残念と言ってよいのか・・・  花が咲き、散るまで滞在しているわけではないので、想像がつかないのは本音のようです。

 中山之家の近くの真間川沿えの桜並木はちょっとした花見スポットとなっていまして、 川の流れが遅いところでは、桜の花びらで、川の水色が一面のピンク色に染まっているのも、 儚いのか、美しいのか、なんとも言えない光景をヤンピンは毎年当たり前のように見てきました。 やはり、ちょっとした自慢なのかもしれません。

 今年の花見は散策で終わりましたが、自然界のエネルギーをいっぱいもらったような気がしました。 そして、なんとなく自我加油(自分で自分に油を入れる=がんばれ自分)ですが、 新たな気持ちで日本式に新年度を迎えたいと思います。


ご近所散策で見つけた、
立派な櫻花樹(桜の木)


 
 

随意談 第114号(2011年4月11日)   楊品瑜

 


~小東西(小物)~
 写真の小物入れは、数年前に ギャラリーうえくさ の一階、 ところ狭しに小東西がいっぱい飾られている、「民芸アルテサーナ」で見つけた韓国製の螺鈿の小物入れです。

 いつも、色々とお世話になっているのにも関わらず、元々販売価格がお安く設定されていたのですが・・・  ご主人の植草さんに色々と値切って購入しました。

 ご主人の植草さんは、町興しやボランティアを沢山されている方で、 思えば、ヤンピンに色々と下総中山の町の歴史、文化、街の方々とどう付き合い、 溶け込むのかまでを身を持って教えてくれたように思います。 本当に助かっています。

PS.ヤンピンだけに親切ではないのですよ!  みんなに親切なのです。 因みに中山商店街には、植草さんだけではなく、数人植草さんのような勇士がいらしゃるのです。 だから、みんなが安心してこの街に住めるのだと思いましたね!

 ここ数年、ヤンピンが日曜日の教室に向かう途中に必ず見る光景は、朝早くから下総中山駅前に、 わくわく楽しみに待つ、ウォーキングのために集まるグループです。 東山魁夷美術館や中山法華経寺などなどを巡るのが、ちょっとした人気のウォーキングコースになっているようです。 ヤンピン的には、ウォーキングとまでは行かなくても、商店街の路地裏散歩だけでも結構昔懐かしく、 毎日色々な発見がある街だと思いますね!


請猜猜看要怎麼用呢?
(使い方を当ててみてくださいね。)


 
 

随意談 第113号(2011年4月3日)   楊品瑜

 


~KELP(ケルプ、海藻)~
 アメリカの親戚からチョコレートと一緒に、KELPのサプリメントを頂きました。

 ほっー、とても心配をしてくれたようです。 しかし、このようなものが売られているんですね! 勉強になりました。

 実は日本国内外問わず、ほかにもいろいろ聞きつけて、懐中電灯、電池、水、野菜などを持ち寄ったり、 送ってくださったりと本当に助かっています。

 ヤンピンも何かできないかなぁ?と思っていますが、現在は計画停電や子供の安全に追われ、 遠方から教室に通われている受講者の安全も考慮し、幾つかの教室は現在休講中です。

 なので、なんとか4月からは、教室を再開したいと考えています。 そして、教室再開後、受講者たちとも相談し、 何かお役に立つことを当教室としてもしたいと思います。

 そうそう、いろいろと確認をしたところ、 多少のお皿や茶器が割れた、停電、断水があったりしましたが、 当教室の受講者、関係者はみんな無事です。

 ご心配頂いた各国、各方面の皆様、本当にありがとうございました。
謝謝各位大家!
Thanks to everybody!



親戚から頂きました


 
 

随意談 第112号(2011年3月25日)   楊品瑜

 


~「2010臺北國際花卉博覽會」(「2010台北国際花卉(き)博覧会」)~
 台湾台北で行われている「2010臺北國際花卉博覽會」の写真が届きました。 台湾初の世界級の博覽會の開催だったらしいのですが、とりあえず仕入れた情報では、 会場は幾つかに分かれているようです。 なかでも圓山公園区一帯は30年前(?)のヤンピンの通学路だったので、 届いた写真はさすがに、興味津々に見入りました。 しかし、元の景色がまったく思い出せないほど、本当にすっかりと変わりましたね~。

 植物大好きなヤンピンですが、開催期間は、公私ともに超多忙な時期なので、 このままだと訪れることはできないようです。 残念ですね!なので、あちらこちらの親戚や友人からも多くの写真を頂きました。謝謝!

 本来圓山公園区の会場近くには、あの圓山大飯店や羽田から直結(?)の松山機場がありますので、 帰ろうと思えばすぐですが。。。なかなか。。。

 そうそう、これも仕入れした情報ですが、 近年台湾では、健康とエコの観点からも自転車専用道路の整備が進み、 基隆河沿いの「基隆河左&右岸自行車道」(「基隆河右と左岸のサイクリング道路」 (地元では有名らしい)も花博会場まで、道が整備されたそうです。

 もうじき清明節ですね!  確か清明節辺りは、台湾では連休ですので、親戚からのお土産を期待したりして☆☆☆






 
 

随意談 第111号(2011年3月14日)   楊品瑜

 


~謝謝大家!(みなさんありがとうございました)~
 先日大きな地震が起きましたね。 被災に遭われた方々や犠牲者が出たことに対し、お見舞いとお悔やみを申し上げます。

 実は地震当日、ヤンピンもとても大変でした。 あんまり思い出したくないのですが、自宅は本が少し落下しましたが、 中山之家も本が散乱し、どう片付けようか悩んでいます。

 当日は自宅にいたのですが、強震のなか子供を連れて、一瞬どこに逃げようかと迷いました。 最終的には広場に出ましたが、なんとか冷静に対応しました。 電話もメールも繋がらない状態でしたので、とにかく情報収集をするしかなかったのですね。

 後に、余震が続く中、日本中、世界中の親戚、友達からの電話やメールに対応していました。 しかし、こんなに情報が早く世界に広がるんだ~とも思いました。 いや~、なんとも言えない経験です。落ち着いたら、防災対策を再度見直そうとは思いましたね!

 取り急ぎ、ヤンピン、家族はみんな無事です。 謝謝各位大家的關懐(皆様にご心配お掛けしました、心よりお礼申し上げます)!



 
 

随意談 第110号(2011年3月8日)   楊品瑜

 


~烏魚子(からすみ)~
 今年の旧正月で、とてもクリーミーな烏魚子を頂きました。 先日のアルテサーナうえくさギャラリー主催の中国茶の会で少しお出ししたところ、 お酒のおつまみだよね!とお酒は飲まないから・・・の方や、 これはうまいとおかわりする方や懐かしい~台湾を思い出す~、と反応いろいろでした。 烏魚子一品で、こんなに皆さん思いさまざまで、会話も弾むとは感動しました。

 ヤンピンがまだ歯もはえていなかったねんねんころりの赤ちゃんの頃、 外祖母が親ばかと言うのですかね?親戚みんなで集まって食事をしていた時に、 外祖母に抱かれ、皆さんの食事風景を見つめることしかできなかったヤンピンに、 無理やり烏魚子を食べさせようとしていた逸話をよく聞かされています。 それだけ、外祖母はヤンピンを愛しく思ってくださったようですが、 いくら烏魚子はクリーミーだからといって、まだ赤ちゃんには早いのでは?と 媽は止めさせたと言っていましたが、なぜか、 親戚からもこのことから烏魚子の高級さをよく例えられています。

 小学校の頃、外祖母が生の烏魚子(この段階は、まだぼらの卵ですよね!)を突然買って帰って来て、 ガーゼ2枚を上下に包み、更にレンガ2枚で挟むように、その烏魚子を押しつぶし、 干したかもしれませんが、ぼらの卵から烏魚子を作って食べさせてくれたことは、 今でもよく覚えています。

 思えば、外祖母はよくハイカラな物を作って、食べさせてくれていました。 ある時、日本のおすしを作ってくれようとしたところ、黒酢しか手に入らず、 黒酢で海苔巻きも作ってくれました。 当時のヤンピンはお寿司をよく知りませんでしたが、 一緒に食べていた表哥(姓が違う年上の男性のいとこ)が隣で、 「なんでお寿司が黒いの?」と嘆いていた声は、今でもたまに思い出します。 やー色々とものがない時代でしたが、今思えばそれなりに楽しかったかもね!


今年の旧正月に頂いた烏魚子
よく見ると、パッケージには日本茶での
ティータイムが提案(?)されています。


 
 

随意談 第109号(2011年3月1日)   楊品瑜

 


~逛街(街なかをぶらぶら)~
 やっと念願の聖徳記念絵画館へ行ってきました。
そうです。随意談第72号 で青山通りから見えていた謎の建物です。 台湾銀行が奉納した絵、台湾に縁の絵や歴史人物李鴻章の肖像画(後姿でしたが、)もあって、 なかなか興味深かったですね!  お土産に、教室でご紹介できるようにと絵画集も買いましたよ!

 帰りに青山通りに向かって散策し、国立競技場や神宮球場、いわゆる神宮外苑を一通り 回って来ました。 なかなかない機会でしたし、天気も良かったので、本当に面白かったですね!

 お昼は偶然見つけた中国茶器がいっぱい飾られていた、シノワズリ風の中華料理店で食べました。 食後は、昔表参道で茶芸教室をやっていたビル辺りまで散策し、 うん~やはり、もう少し遊ぼうと思ったので、銀座線で、やはり銀座に行ってきました。

 ともあれ、何かを得たのか無かったのかよくわかりませんが、逛街(ぶらぶら)をしてきました。 ヤンピンには、贅沢で貴重なひと時だったように思います。 帰宅後は思わず、高額な阿里山茶を出して、贅沢気分の余韻に浸っています。 やはり、お茶は美味しいし、癒せますね~。


聖徳記念絵画館前



 
 

随意談 第108号(2011年2月23日)   楊品瑜

 


~度小月(度小月)~
 お土産をまたもらいました。 今度は懐かしい、台南の名店「度小月」ブランドの缶詰です。 缶詰と言ってもひき肉ソース?麺か米粉にかけて食べます。 ご飯でも良いそうです。 かけると言っても、温めてからです。

 しかし、この温めかたが結構悩みますね!  ストレートなのか? お湯で薄めるのか?  昔はよくお店の方に聞いていたのですが、どこで聞いても揃って、好みでどうぞ!でした。。。

 なので、その場その場で、味が薄いなぁーと思えば適当に味付けしています。 毎回やはり、本場で食べるのが一番だね!と自分に言い聞かせながら、頂いていますよ!

 ヤンピンはよく米粉で頂きます。 理由はよく分かりませんが、なんとなく米粉のほうが食べたいからです。 最近はご近所のスーパーで、気軽に香菜も買えるので、必ず香菜をトッピングします。 時間があれば、醤油味のゆで卵も作り、色々と記憶をたどりながらレシピを楽しんでいます。

 「度小月」と言えば、ヤンピンにとっての最大の記憶は、小さい時、親や外祖母らに連れられて、 笠をかぶった白いシャツ(下着のような)に半ズボンの叔父さんが、 椅子(小さいちょっと腰掛をするだけのサイズ)だの、鍋だのをいっぱい担いで来て、 食べさせてもらった記憶があります。 台湾では担いで麺を売っていたことから、別名「担担麺」や「担麺」とも呼ばれている由縁です。 やー懐かしいですね!





 
 

随意談 第107号(2011年2月15日)   楊品瑜

 


~聖米歇爾山・聖彌額爾(モンサンミッシェル)~
 モンサンミッシェルを中国語にどう訳すか?悩みましたが、 直訳では、「聖米歇爾山」が一般のようですね!  しかし実は、カトリック教では、天使ミカエルのお告げで、 現在のモンサンミッシェルに礼拝堂を作ったことから、 聖彌額爾山(聖ミカエル山)とも呼ばれているようです。

 そして、なぜ聖米歇爾山のお話が登場したのかと言うと、そうです。 受講者からお土産を頂いたからです。 法國(フランス)土産でした。もちろん、聖米歇爾山へ行って来たのだそうです。 今年の歐洲(ヨーロッパ)は大雪続きでしたので、よく予定通りに行って帰って来られたと関心しました。 幸運のお土産でもありますね!

 聖米歇爾山のガレットは有名でしたからね!あっという間にみんなで美味しく頂きました。 もちろん、お茶のお土産も頂きましたよ!「クスミティー」です。 クスミティーとは、創業者のKOUSMICHOFF(クスミチョフ)さんが、 帝政ロシア時代の1867年にセントペテルスブルグにて創業し、 皇帝御用達となったお茶屋さんだったそうです。 1917年のロシア革命後、貴族趣味とされた「茶」は廃れてしまい、 法國に亡命後、ロシアンティーとして、法國でまた人気のお茶屋さんとなったのです。

 人気の主な理由は、ロシアン的なフレーバーと パッケジーのおしゃれさだそうです。 因みに、クスミティーのほとんどは薫り付けされたフレーバーティーです。

 この時期は、実に非常有口福(よくご馳走にありつきます)! いつも紹介しきれないほど、次々とお土産を頂いています。 謝謝大家(皆さん、ありがとうね)!


お土産のガレット


クスミティー


 
 

随意談 第106号(2011年2月10日)   楊品瑜

 


~魚翅(フカヒレ)~
 レンジでチンのインスタント魚翅、それも姿煮を台湾土産に頂きました。 結構食べ応えがありました。

 正直、頂いた時はあんまり期待はしていなかったのですが、食べて納得しました。 何を納得したのかと言うと、グルメな親戚から「珍しいよ!」「美味しいよ!」 「レストランで食べなくてもこれで十分よ!」と言われたのですが、 レンジでチンでしょ~とヤンピンは内心思っていました。 でも、魚翅だからやはり食べようと、一大決心して食べたのです。 少し悔しいのですが、やはりグルメな親戚の言う通り、美味しかったです。 もちろん、乾燥した魚翅を戻して、こつこつ煮込むのが一番美味しいのですが、 なかなか難しいです・・・よ! 魚翅の姿煮は。 なので、よく考えたなぁ~と感心しました。

 14、5年前の話ですが、ヤンピンはかつて、 頼まれて魚翅の缶詰めの輸出を手がけたことがありました。 年末、旧正月と続くシーズンは台湾では、最大のギフトシーズンです。 魚翅の缶詰めは、もっとも喜ばれるギフト品のひとつだったのです。 この時から缶詰めと同時に、レトルトの魚翅も紹介されました。 どんぶりやラーメンにかけても美味しいよ!とのことでした。 貴重な一枚しかない尾っぽを好むかたが多く、サイズの問題もあって、 どうしても規格外のヒレが余ってくるので、 もったいないから色々と商品を開発したようです。 なので、ヤンピンはすでに15年前からインスタントの魚翅を口にしていました。

 まぁ、両方のインスタント魚翅は共に美味しいのですが、 笑われるかもしれませんが、違いは調理した味だけのように思います。 同じ海で泳いだ鮫のヒレですからね!

 近年環境保護の観点からも、台湾でもこのまま魚翅を消費しても大丈夫なのか? と懸念されています。 一方で、台湾は魚の養殖が盛んなので、そのうちに養殖の鮫も登場してくるのかしら? と思うこともありますが。 鋭い歯を持つピラニア、台湾では「呉郭魚」が食用として養殖に成功していますもね!  名前通り呉さんと郭さんが養殖に成功したのだそうです。


頂いたチンする魚翅


 
 

随意談 第105号(2011年2月2日)   楊品瑜

 


~巴西巧克力(ブラジルチョコレート)~
 今年も、巴西(ブラジル)の親戚から巧克力(チョコレート)が届きました。 そして、今年の巧克力はどうやら美味しさが一目置かれ、好評のようです。 好吃!(美味しいです!)

 思えば新婚の頃、巴西の親戚から生きた龍蝦(ロブスター)が届いたこともあった話は、 教室でも雑談でよく話しました。 なぜならば、ヤンピンはよく鶏を絞められますか?と聞かれるからです。 なぜか?花嫁修業の一環と思われていたようです。 しかし、さすがのヤンピンでも、生きた生物を調理する勇気はありません。 無理・無理です。 なので、生きた龍蝦も調理できない人として釈明させて頂きました。

 今でもなぜ生きた龍蝦が届いたのかよくわかりませんが、 箱を空けたら縛られて、微かに動くロブスターがいたのです。 しかし、目はキョロキョロと元気いっぱいです。慌てて電話したのですが、 「食べて」とのことでした。ほっー。

 その後、最大の問題は調理法です。 ボイルも考えたのですが、調理の行程を想像しただけで、いやになりましたので、 結局蒸し器にそのまま入れて蒸しました。 30分後かなぁ?どきどきしながら蓋を空け、その後どうやって食べたのかはさすがにもう記憶がないです!  でも、新鮮でとても美味しかったことは、はっきりと覚えています。 本当にブラジルの親戚に感謝!ロブスターに感謝!でした。 貴重な体験ですね!

 その後もちろん、生きたロブスターが届くことは無くなったのですが、 子供が生まれたこともあって、代わりにチョコレートが届くようになりました。 毎年この時期には、教室の皆さんにも食べてもらっています。


残り3個となった巴西巧克力


 
 

随意談 第104号(2011年1月26日)   楊品瑜

 


~滑冰・溜冰(スケート)~
 第三回茶芸珍蔵展 が無事に終了しました。 ヤンピンも一安心しました。 皆様の大事な思い出を預かっての展示会なので、やはり終わるまではいつも責任重大ですね!

 ところが、ヤンピンのプレシャーを知ってか知らずなのか、 子供同士の情報で、家の近くのショッピングセンターでなんと期間限定の溜冰場 (滑冰・溜冰と両方が使われているようですが、ヤンピンは溜冰が使い慣れていますので、 ここからは溜冰を使いますね!)ができたので、どうしても週末に行きたいというのです。 つまり、珍蔵展の前日です。 準備疲れもありましたので、まぁ、今日はこのまま家事をサボり、 食事をしてから帰ろうかなぁ・・・という気持ちで、家族総出で行って来ました。

 少し不安のなか、きれいなライト花火が見えてきて、 まさか・・・  吃驚しました。 本当にりっぱできれいなリンクが見えました。 子供たちは大喜びで、大騒ぎです。

 結果的にはとても楽しく、初体験ながら満足し、また来たいとさまざまな感想のなか、 しりもちもいっぱいつきました。 なので、ズボンはびしょびしょです。 晩御飯はお弁当となりました。 帰宅後はすばやくお風呂にも入り、家伝の漢方で打ったところのアフターケアをし、 思い出と共に夜はぐっすりと寝てくれました。 ある意味ではヤンピンはこれで落ち着いて、珍蔵展の残りの準備にまた取り掛かれました。

 珍蔵展では、教室の受講者の皆さんが積極的に準備、 すばやく片付けを手伝ってもらいましたので、本当にこちらも幸運でした。 当日も定時を少しオーバーした時間で終わったのにも関わらず、片付けは予定より早く終わりましたね!

 まだまだ運営のノウハが未熟な部分もありますが、これからもまた継続的に開催できるように、 自我加油(自分に頑張れと)な気持ちになれました。 謝謝各位大家(珍蔵展ご来場頂いた方々も含め、関わったすべての皆さん、ありがとうございました。)





 
 

随意談 第103号(2011年1月20日)   楊品瑜

 


~多少錢?(おいくら?)~
 イクラをいっぱいもらいました。 ヤンピンも子どもたちも大好きなので、ちょっとした食べ放題でした。

 イクラといえば、思い出すのは、昔、媽(母)が台湾に瓶詰めのイクラをお土産で持って帰った時のことです。 税関で呼び止められ、「這是什麼」(これは何ですか?)と聞かれ、 媽はとっさに何の魚の卵かを忘れていたようで、 台湾語と日本語のチャンポンで「這是イクラ」と答えたのでした。 そしたら、税関のかたが「イクラは多少錢(おいくら)?ばかにしないでください」と返して来たのです。 媽もまたチャンポンで「イクラ就是(は)イクラ」と言い張ってしまい、 結局不明物体として、税関に置いて来たことがありました。

 日本では誰もが知っていたであろう、美味しいイクラでしたが、 当時の台湾では、まだメジャーではなかったようですね!  媽には「魚の中国名が分からなくても、魚蛋(魚の卵)と説明すればよかったのに」 とアドバイスしたのですが、 「台湾ではこのような色の魚蛋はないから、その人に説明しても無理だったと思うわ!」 (PS.ヤンピンの内心ではそうかなぁ・・・)とあっさり言われました。 マグロがいろいろ騒がれていますが、中華圏ではナマモノをまだまだ食べない人も多くいますので、 まぁ、こんなこともあるさーと理解したのかないかでした。 因みにヤンピン家では、台湾風に魚蛋を蒸して頂くことがよくあります。 魚蛋のイクラもやったことがありました。 レシピが悪かったのか、硬くなり、美味しくなかったです。 なので、イクラはやはり生のほうが美味しいと思います。

 フルーツの柿(かき)と魚介類の牡蠣(カキ)、橋(はし)と端(はし)、花(はな)と鼻(はな)、 かつてヤンピンが住んでいた京都の桂(かつら)と頭に付けるかつら、 などなど関西弁と東京弁のイントネーションもあって、実はヤンピンは今だに混乱しています。。。 日本語はやはり難しいですね!





 
 

随意談 第102号(2011年1月14日)   楊品瑜

 


~餡餅(あん餅)~
 新年早々、子供たちと日本流に初詣へ行って来ました。 実は、学校の新聞を作るためでもありました。 帰り道、出店に餡餅のお店がありましたので、学習のためと思って餡餅を一枚購入し、 試食させようと思ったのですが、一枚では止まりませんでした。 さまざまな味やサイズがありますが、餡餅とは小麦で練って焼いた薄ぺらったいおやきのことです。 餡無しの”焼餅”と違い、ひき肉などの餡入りなので、一般に餡餅と呼ばれています。 餡餅は台湾でも食べたのに、と思ったのですが、やはり味覚で覚えていたようで、おかわり、おかわりでしたね!

 つい思い出したのは、ヤンピンが台湾で過ごした学生時代に、よく親に内緒で学校帰りに、 友達と屋台の餡餅を購入し、食べてから帰宅していたことです。 餡餅は、一枚日本円にして一円にも満たない、 学生には優しい小吃(小腹が空いた時のおやつ)だったと思います。

 ヤンピンがよく通った屋台は、蒋介石と一緒に戦争で台湾に渡って来た退役軍人さんの屋台でした。 なので、家庭の味の餡餅です。 ほかでは食べられないオリジナルの味、素朴で、新鮮に感じ、本当に美味しかったです。 その後、日本に来てからも幾度と試しに作るのですが、 日本の薄力粉で作るとなんとなく上品過ぎる味となり、やはりあの味は作れなかったですね!

 機会があれば、一緒に作ろうね!と子供を説得し、やっとおかわりが終わりましたが。 屋台の味や楽しさ、人情も子供にはもっと体験させたいと思いました。 その後子供たちはやはり、餡餅のことをしっかりと新聞に書き込んでいましたよ!


スカイツリーと亀戸天神


 
 

随意談 第101号(2011年1月8日)   楊品瑜

 


~通世界(世界に通じている)~
 先日、突然20数年ぶりに台湾の友人から実は、いつもホームページを見ていると言う連絡を頂きました。

 とても吃驚しましたが、戸惑いもありました。 そうだよね~ヤンピンもボタンひとつで、毎日中国語や日本語圏のニュースをチェックしているのですから、 日本以外のところから反響が来るのも当たり前ですね。。。

 しかし、日本語で文章を書いていても、日本の読者だけではなく、 やはり、インターネットは世界中と繋がっていた実感がさらに湧きました。

 台湾では、高校の授業で第二外国語教科に、日本語を選ぶかたが多いと聞いていましたので、 今後は、中国語圏での閲覧も意識した書き物を書かなくてはならないのかなぁ~。 と少し思いました。 確かにそろそろ、台湾や中国での講演も考えてはどうかとお誘いを受けたことがありました。

 悩むところですが、目の前の教室ひとつひとつをこなしていくのが、精一杯なのが、現状かなぁ。。。 なので、今後の課題としましょう!

 では、今年もよろしくお願いします。
 恭禧新年★兔年行大運!


XO醤

親戚からもらった、お土産の華泰大飯店の干貝XO醤(ホタテのXO醤)です。 最初は、なぜヤンピンにお酒を?と反応してしまいましたが、よく見たら SAUCE XO と書いてありました。 言い訳ですが、今回、ヤンピンもさすがに浅はかでした、 なぜか父はよくお土産で「XO」と書いた洋酒をもらっていたので、 どうやらヤンピンにはこちらのほうが馴染みだったようです。 XO醤は台湾よりも香港でよく使われていたように思いましたが、 だから台湾では珍しいので贈答品に使われたりしていたようです。 なので、正月料理に使いました。


 
 

随意談 第100号(2010年12月31日)   楊品瑜

 


~談茶藝(茶芸について語る)~
 随意談を書き始めて、100号に到達しました。

 子供の頃から親しんで来た中国茶、 そして茶を持って芸術性のある日々を送ろうと言う茶芸文化の美学を知るようになり、 本当に茶芸がもたらしてくれた充実感でいっぱいです。 もちろん、お茶は飲むことが原点です。 しかし、その飲み方に美学があったことに気がついた時には、本当に衝撃を覚えました。

 教室を通じて多くのお茶通に出会いました。 「どうしてこんなに知っているの?」と吃驚するほど教養の高い方にも多く出会いました。 今まで、多くのイベントに招待されてきましたが、 今回の中国茶会が一番よかったとお褒めの言葉を頂いたことも多くありました。 やはり、日本の茶道文化の教養の高さがもたらした結果だとヤンピンは確信しています。 また、多くの指導師たちも、中国茶を勉強したことによって、 日本人なので、茶道も知っておかないといけないよね!と茶道についても、勉強するかたを多く見受けます。 そう言えば、着付けを習い始めたかたもいらっしゃいます。 やはり外国に行っても、なんとか自力で着物を着たいのだそうです。

 中華圏では忙しい毎日の生活に追われ、茶藝を楽しむ余裕がない方がまだまだ多くいらっしゃいます。 時たまヤンピンも関係者から講演の依頼を受けますが、日本の皆さんからよく茶藝を教えてほしいと言われ、 淹れ方だけだと思っていたら、あれやこれやと聞かれ答えに困り、 お茶は、淹れ方だけではなかったのだね!とよく言われました。 お茶を飲むとリラックスしますので、和やかな雰囲気となり、会話が進み、 時たまヤンピンでもお答えできない質問が飛び交い、後日ご返答します。 となることがよくありますよ!しかし、後日の文通やお電話で親交が深まったりもしますので、 「茶飲みケーション」となるのです。 とご説明しています。

 近年日本での中国茶ワールドは少し、門が拡がったように思いますが、 まだまだ関係者が協力し合い活動していかなくては行けないように思います。 国籍、国境に関係なく、自然体でマイペースで活動している弱小の教室主宰者のヤンピンには、 細々と勉強し茶藝を伝えていくことしかできませんが、今後も同感頂ける方々の応援をよろしくお願いします。 (今後也請大家多々指教!)

 祝新年快楽!


中華民國茶藝協會刊行の
『1987中華民國茶藝大観』

少し懐かしいのですが、中華民国茶芸協会(当時)秘書長だった范先生に頂いた 協会発行の本です。 台湾で行われたさまざまなコンテストの優勝者、茶人、茶芸館、さまざまな茶芸文化の楽しみ方、 銘茶の産出農會(農協)、日本、韓国茶道などなどを紹介しています。 中華民国茶芸協会は主に台湾の天仁銘茶が主体に中国茶文化の発展に共感したお茶屋さんや有識者が集まり、設立した民間団体です。 「天仁銘茶」グループは中国本土では、「天福銘茶」として知られています。天仁名茶は台湾に約150店舗、 天福銘茶は中国本土に約1040店舗、ほか世界数カ国にも店舗展開があります。 もちろん、日本にも支店があります。 また、福建省に在校生2000名を超えるお茶の学校や茶の博物館も所有しています。


 
 

随意談 第99号(2010年12月24日)   楊品瑜

 


~以茶會友(以茶会友)~
 気がつけば、家に色々な茶メーカーのグッズが溜まっていました。 仕事をした謝礼からお茶を購入した時の景品、各国の茶メーカー、 茶園のオーナー からもらったものなどなどがあります。 今も残っているものは確か、本、ペン、手帳、企業のロゴ入りポロシャツ、ぬいぐるみ、 ストラップ、テスティングカップやボンチャイナの茶碗までさまざまありますね!  ヤンピンには、ちょっとした宝の山です。

 ヤンピンがやっていたお茶の仕事は、教室の講師だけではなく、メニュー開発からお茶の商品開発まで、 広告代理店の相談役、本当に色々とやりました。 追伸:勿論いやな思いもいっぱいしましたよ!紹介されて到着した茶工場で、名刺をもらってもらえなかた(相手されずかなぁ・・・ちょっと悲しかったですね!)とか色々ありますよ! そして、近年は国際交流や文化交流と更に活動分野を広めましたが、 やはり一人でも多くの方々にお茶を飲んで頂くのがすべての原点ですね!

 ここ数ヶ月、指導師たちが立て続け、知人から自宅茶会を開催してほしいという依頼が来ています。 ヤンピンも、茶や茶菓子をおすそ分けしたりと色々と協力しました。 嬉しいのです。私でいいのかなぁ?お茶の仕事をどう続けようかなぁ?それともやめようかなぁ? と一人でもがいていた時代と違って、今は仲間が沢山いますので、 茶会の依頼がどんどん来ると本当に嬉しいですね!

 時たま日本風にアレンジされた中国茶の楽しみ方をお見受けしますが、 鍋貼(焼き餃子)が日本に伝わって、餃子(一般に中国語では、餃子は水餃子を指します)となったように、 中国茶の今後は、日本でさらにどのように浸透し、歴史を作っていくのかも楽しみです。

 来年は、2年に一度の 「第三回茶芸珍蔵展」 をまた開催します。 多くの茶友にもぜひ、お茶を飲みに来て頂きたいですね!

祝大家聖誕快楽!(メリークリスマス!)


頂いたミニチュアの車



 
 

随意談 第98号(2010年12月14日)   楊品瑜

 


~苦瓜排骨湯(ニガウリと豚のスペアリブのスープ)~
 台湾でよく見かける白苦瓜を頂きました。 そして、自家製枸杞子、排骨(豚のスペアリブ)とともに薬膳スープを作りました。 少々季節はずれですが、枸杞子 は前にご紹介後も、 続々と採れていたので丁度今回の料理にも使えました。

 白苦瓜は台湾では60年以上の栽培実績があるのだそうです。 ヤンピンの実家ではよく白苦瓜を食べていて、苦瓜は白色が当たり前と思ったぐらいでした!

 韮(ニラ)も白色に近い黄韮をよく食べさせられていて、 今住んでいる地域のご近所のスーパーや百貨店でも気軽に黄韮が買えたので、韮は黄色に近い白いものが当たりで、 日本は気候が違うから緑色も作っているんだと勘違いをしていたほどです。 その後、黄韮は光を遮断して栽培していたことを知りました。

 白もの野菜と呼んでよいのかよく分かりませんが、 前に紹介した 筊白筍(まこもたけ) の他に、 ヤンピンは夏によくアメリカ原産の「ハヤトウリ」という珍しい白い瓜を頂くことがあります。 瓜類は日本では一般に漬物にして食べるようですが、ヤンピンは豚の細切れと炒めて数回教室で試食頂きました。 瓜類を火に通して食べるのを珍しがられましたが、食感も味もよく、 火を通すと沢山食べられるのでたまにはよいかも!と共感頂きました。





 
 

随意談 第97号(2010年12月7日)   楊品瑜

 


~OPEN小將(open-chan) OPENちゃん~
 関根稚恵 指導師の台湾土産で”OPEN小將”関連の土産を頂きました。 学会で台湾を訪れたそうです。

 OPEN小將とは、宇宙から台湾のセブンイレブンに来たとても縁起の良い宇宙犬でして、 現在は実習生を経てめでたく店員となりました。 と言っても、実はマスコットキャラクターです。 2005年、日本の電通という会社が開発した今ふうで言うゆるキャラです。

 もちろん、登場後は大人気で、昨年、ポイントを集めれば、 音楽を鳴らしたキャラクタ人形がもらえるということで、ヤンピンは貴重な二体を親戚からお土産で頂きました。 また、一体一体が繋げられるようにも作られていて、子どもたちは思いついた時には、 駆け寄ってはボタンを押し、リズミカルな音楽とともに、トントントンと指で叩く音とともに、 全員揃って踊るキャラクターたちに合わして、子どもたちも全員揃って踊っています。 因みに頂いてから一年近くになりますが、そろそろ電池交換の時期なのかもしれませんが、 人形たちも、子どもたちも現役です。 本当に家中が一瞬にして明るく、楽しい雰囲気になります♪♪♪

 OPEN小將たちの近況としましては、、キャラクターを使った商品がさまざま企画開発され、販売されています。 そして、上海のセブンイレブンでもデビューを果たしたそうです。 なので、更なるご活躍をご期待しています。

OPEN小將関連の景品と商品


左:小竹輪(ちくわ色のハムスター)
右:COCO鳥


LOCK小醬のグミ(OPEN小將と
性格が反対な宇宙から来た犬)



 
 

随意談 第96号(2010年12月2日)   楊品瑜

 


~新加坡(シンガーポール)~
 今度は親戚から新加坡土産を頂きました。 新加坡と言えば、前に勤めた会社がかつて、数店舗の出店をしていたので、ヤンピンは大変親しみを感じる国です。 いつも出張して来た新加坡のスタッフとは、英語でしゃべったり、マンダディン(標準語=中国語)でしゃべったり、 たまに閩南語も通じたりしますので、口が忙しかったですね!  今回頂いた土産は、正直懐かしい香りがしました。

 そうそう、新加坡と言えば「マーライオン」。 よくお土産であれこれともらっていたマーライオンは、千葉の館山市の「南房パラダイス」にもありました。 今もあると思います。 理由は、シンガポール国立植物園とは姉妹園だからだそうです。 初めて行った時はやはり思わず、日本のマーライオン関連のお土産を買いました。 今でも飾っています。 今では、家中のマーライオンは日本のマーライオンなのか、 新加坡のマーライオンなのか、区別がつかなくなることもあったりしています。

 今思えばヤンピンは、「南房パラダイス」がとても楽しかったので、 千葉で茶芸教室をやろうと参考になったのですよ!  やはり気候的に熱帯植物が育つのと、肌にあったのでしょうね。 海が近いところがよかったのかなぁ~。 やはり、台湾で住んでいた環境になんとなく似ていたのかなぁ~。 (ps.台湾の平地では雪は降りませんが・・・)

 そう言えばヤンピンの名前は、父の相談を受けた元新加坡大学(シンガポール国立大学)の教授が付けたのだそうです。 やはり新加坡は何かと縁がある国だよね!


頂いた新加坡土産です。



 
 

随意談 第95号(2010年11月25日)   楊品瑜

 


~吃辣油(ラー油を食べる)~
 ずいぶん前に台湾で、健康法「喝茶油」(茶油を飲む)というブームがありました。 お茶の種から搾った油を飲むのですね~。 そして、日本では今、食べる辣油が流行っていますね!  数年前に教室のお茶請けに茶油を使った涼拌(リャンバン)を出したところ、受講者のお一人から、 「ダイエット中なのに、中国茶の教室で油を摂取するとは思わなかった」と言われた話を思い出します。

 確かにダイエット中はカロリーは気になりますよね!  ただ、油はさまざまな役割と働きがあるので、取りすぎには注意すべきですが、 自分の身体需要に合わせて、質を選んで油を摂取すべきでは?と説明しました。

 現在では迷うほど多種類の油が販売されていますが、 かつてアボカドオイルを扱った経験から、油は本当に学問と思いました。 なので、少々知識はありました。 中華料理では当たり前のようで、何気なく使っていた油、上手に使えば料理が美味しく頂けるだけではなく、 健康の促進にもなることも勉強になりましたよ!






 
 

随意談 第94号(2010年11月18日)   楊品瑜

 


~春華秋實(春華秋実)~
 「春華秋實」と言いたいところですが、今年2回目の枸杞子(クコの実)を収穫しました。 中国語の「春華秋實」とは、春に花が咲き、秋に実るということから学習の成果を称えたり、 外見の美と内面の徳が優れていることにも使われます。

 ところで、枸杞の栽培は3年目に突入しました。 花はいっぱい咲くのですが、無農薬なので、いつも葉っぱは虫にいっぱい食べられてしまい、 なかなか枸杞子の収穫量も増えませんでしたが、今年は2回収穫に成功しました。 やはり、強くなったように思います。 自画自賛ですが、「春華秋實」の枸杞子です。

 枸杞と言えば、 かつてヤンピンは中国家庭料理店を運営する北京出身のマダムとの共同イベントで教室の講師を務めたことがありました。 企画会社と共に打ち合わせ中にマダムは枸杞茶をずっと飲んでいたので、 いろいろお聞きしたところ、北京ご出身なので、茶葉を使うお茶は取り寄せをすることが多いので、 やはり茶外茶をよく飲むそうです。 また好みのお茶は、よく浙江省から取り寄せるそうです。 時々、ジャスミン茶も飲むようですが、 当時のお話では、北京ではよくジャスミン茶が飲まれ、 烏龍茶を使ったジャスミン茶をよく見かけるのだとか・・・とのお話でした。 見せてもらったのですが、枸杞茶はシンプルに急須に入れられ、お湯を注いで茶杯で飲むスタイルでした。 モデル出身のマダムなので、とてもヤンピンにはおしゃれに見えましたね!  ヤンピンには、通常お店で出しているお茶を出してくれていましたが、忘れられないお茶の味でもありました。 北京語風に「記憶中的茶味兒」(記憶の中のお茶の味)てところです。

 ヤンピンは枸杞をよく薬膳料理に使っていたのですが、 日本ではデザートにも使うので、最初は吃驚しましたね!  そのうちドライナッツなどとも一緒に食べられていたのにも吃驚しました。


自家製枸杞子




 
 

随意談 第93号(2010年11月12日)   楊品瑜

 


~肉圓(バーワン)~
 懐かしい~。肉圓を頂きました。 ヤンピンが大好きな 台湾小吃 のひとつです。 台湾に帰ると必ず食べる一品ですね!  小吃とは小腹が空いた時にちょっとお腹を満たそうとして食べるおやつのような、 食事のような料理たちのことです。 よく屋台で売られているので、気軽に買えることで、一種のコンビニフーズですね!  それも手作りがほとんどですよ!

 屋台料理は衛生面では色々注意しなくてはならないことが多くありますが、 現在は働くお母さんたちを支援している一面もあるように思いますね!  台湾では働く女性が多いので、作れない時は無理せずに利用するかたも多いので、 実は屋台料理は競争も激しく、淘汰も多いようです。

 最近知り合いの台湾料理屋さんが色々と紹介してくれるので、 結構本場の食材を手に入れられるようになったので、 教室でも受講者に色々食べて頂けるので、助かっています。 なかなか日本で作るといっても、水の味から違うように思いますので、 教室で本場の味を皆さんに味わってもらうのは、ヤンピンのちょっとしたこだわりですね!

 ところで肉圓とはですね、直径10cm前後の半透明の饅頭ですかね!  中には細かく刻んだ醤油味の豚肉、竹の子などの餡がはいています。 そして、甘辛ソースをかけて食べます。 プルプルした食感のおやつとおかずも一緒に頂けるて感じ?ですかね。  しかし、久しく頂きました。美味しかったです。懐かしかったですね!






 
 

随意談 第92号(2010年11月5日)   楊品瑜

 


~飯店的茶(ホテルのお茶)~
 色々と物を整理をしていたら、こんなものが出てきました。 そうです。教室主催のツアーで泊まった飯店のオリジナルのお茶です。

 懐かしい反面、ずいぶんあるな~収集してしまいました。 なかでも圓山飯店はもっとも人気の飯店の一つでしたので、結構貯まりました。 圓山飯店は台湾神宮の跡地から建てた飯店だったので、本当に興味深い飯店のひとつです。 また故宮博物院へのアクセスも近いので、実によく利用したホテルのひとつですね!

 因みに圓山飯店前の大通りはヤンピンが高校生だった時代の通学道でした。 と言っても1年と少ししか通っていませんが。 ヤンピンの幼少期の初来日の日は、圓山飯店近くの松山機場(当時の国際空港)から旅たちましたので、 圓山飯店の真上を見て台湾を離れるんだ~と言う気持ちでした。 もちろん、帰って来る時も圓山飯店を見て、「おー、帰って来たんだ」でした。 なので、感慨深いですよ圓山飯店は!

 しかし、現在の国際空港は桃園國際機場ですが、 こちらもこちらでまたヤンピンにもさまざまな人生のドラマがありましたね。。。 当たり前のようにホテルに置いてあったサービス茶ですが、持って帰ってみると貴重なお土産となりました。

PS:確か、10月31日より羽田空港⇔台北松山機場(空港)が
   結構な便数で就航する予定です。








 
 

随意談 第91号(2010年10月30日)   楊品瑜

 


~青豆(グリーンピース)~
 昨年台湾で「ちょっとした青豆ブームだよ!」と聞いていましたが、 とうとう、家の近くにある大手の輸入食品専門店でも販売されていました。 吃驚です。

 青豆ね~。 このブームは、聞いた友人の周りでのブームだと思っていましたが、日本でも購入できるとはね~。

 そして、ヤンピンは二種類購入しました。 ひとつはなぜか、やけに売れているのでは?と思ったのでした。 商品名は「香辣青豆」です。 タイトルからしても、絵柄も唐辛子付きなので、やはり辛いから人気なのかなぁ~と思っていたら、 よくよく見るとパッケージ上のコメントが凄い。。。  過剰包装ならぬ、過剰表現というか・・・笑えます。 大げさな表現なので訳せないです。。。  ヤンピンには(大笑いです)・・・ 「驚・爆・地・球」と書いてありますよ!  他にも「香辣青豆・不吃瘋狂」などなどと書いてあります。

 しかし、物凄く大げさなのでは?個性的なところが人気なのでしょうね!  しかし、正規に輸入された商品ですからね!  やはり、面白いですね!

 一方で、もうひとつ穏やかに思える方のパッケージには、「日本酒の酒器と共に」、 例の如く 日本語 が書いてあります。 「栄養でおいしい」だそうです。

 二袋とも教室の茶菓子として出す予定ですが、食べる前から、 味よりもタイトルだけでも相当盛り上がりそうです!






 
 

随意談 第90号(2010年10月23日)   楊品瑜

 


~日式煎蛋要怎麼翻成英文呢(日本のだしまき卵をどう英訳しますか?) ~
 先日、お話した日本留学中のアメリカの親戚 からだしまき卵について、色々と質問されました。 「どうして、角ばっているの?」、「どうして甘いの?」、そして「英語でなんと言うのだろう?」と。 「なるほどね!Japanese rolled omelette かなぁ?」と説明したら、やはり本物のオムレツを想像するようで、 切り身となった玉子焼きと結び付けるのは、なかなか難しかったようです。 色々説明はしましたが、結局は「機会があれば作ってあげるね!」ということにしました。

 そして、またまたご近所の超級市場で、つきじ丸武の玉子焼き(テリー伊藤さんのご実家)を購入しました。 開けたら、まさしくJapanese rolled omelette でした。 最初からこれを見ていたら、親戚も理解頂けたのかもしれませんね!と思いました。

 ところで、今回の親戚のご来訪でヤンピンには大変勉強になったことがありました。 実は、親戚を皆さんにご紹介をしようとしたところに、呼び方の違いから性別の混乱をもたらしたのです。 中華圏では一般に、自分から見て、兄弟の子供の息子は「姪子」、娘は「姪女」と呼びます。 姉妹の子供では、その息子は「甥子」、「甥女」と呼ぶのに対して、 日本では兄弟姉妹に関わらず、一律その息子は「甥」、娘が「姪」だったことに初めて気がつきました。 経験しないとわからないって、このことか!と本当に勉強になりました。






 
 

随意談 第89号(2010年10月15日)   楊品瑜

 


~俄羅斯套娃(マトリョーシカ)~
 哈爾濱(ハルビン) 帰りの関根稚恵 指導師から俄羅斯套娃をもらいました。 超可愛(超可愛い)なので、紹介したいと思い、俄羅斯套娃についての中国語資料をあれこれと調べていたら、 吃驚、なんと由来は日本の七福神人形だったそうです。 諸説があるのかもしれませんが、七福神人形からヒントを得たロシア人が、 1900年のパリ万博博覧会で賞を取ったのがきっかけで広まったと言うのです。

 中国茶の凄さを更に感動した瞬間でしたね!  中国茶をきっかけに、俄羅斯套娃の由来まで知ってしまったからです。 中国茶芸教室が縁で繋がった関根稚恵指導師は、ロシアと何かと関わりが深い哈爾濱、 土産として何気なく買って下さった俄羅斯套娃でしたが。 ヤンピンも何げなく、由来は何だろうと思って調べただけでしたが、 由来は日本でしたかぁ~巡って・巡って日本ですか~すごいなぁ~。

 そう言えば、昔、ベトナム茶関連の講演を行い、講演終了後に受講者数人のお誘いを受け、 主催者とも一緒に、古民家の隠れ家的な喫茶店へ行った事を思い出します。 みんなから「お茶て凄いのね!  こうして一瞬にして、みんなを繋げ止め、今ここで仲良くお茶を飲み、談笑するとはね!  哈哈哈(ハッハッハッ)、本当に『茶緣』(お茶が取り持つ縁)ですね!」と。

 「有縁千里來相會、無縁對面不相逢」 (縁があれば千里離れた所から来てでも会うことができる、縁がなければ目の前にいても巡り会わない)と言いますが、 ヤンピン的には、「有茶就必會有縁」(お茶があれば必ず縁がそこにある)のようにも思いますね!


哈爾濱土産のマトリョーシカ



 
 

随意談 第88号(2010年10月8日)   楊品瑜

 


~綠豆(緑豆)~
 ヤンピン主宰の教室でよく、綠豆関連のお土産をもらいます。 なかでも綠豆糕は、ベトナム土産でも頂いたことがありました。

 昔から綠豆糕はよく茶菓子として登場していましたが、由来は正直よくわかりません。 ヤンピンはどちらかと言うと綠豆椪が今となっては懐かしく、よく食べたくなります。 綠豆椪は油ぽっいので、子どもの頃は正直食べられませんでした。 しかし、今では懐かしくて懐かしくて、無性に食べたくなることがありますね!

 夏になると綠豆湯を食べて、”夏ばて防止”とよく親に言われてきました。 なので、教室でもよく作って皆様に食べてもらっています。 昔と違って綠豆もずいぶん日本で気軽に買えるようになりました。 と教室で話したことがありましたが、するとある受講者からぽつりと、 「綠豆は戦後食糧難の時代によく食べましたなぁ~」と。 「今はほとんどが加工品に使われているからね。 こうして、粒粒の綠豆を見るのは懐かしい!」と言われたことがあり、 興味深く拝聴させてもらいました。 綠豆には日本でも色々と歴史や物語があったのですね。

 綠豆はなんとなくデザートに使われるもの、と言うのがヤンピンの認識でしたが、 昔コンサルタントを行った会社のフィリピン人社員からは「綠豆はよくスープなどの料理に使う」ということで、 レシピを教わったことがありました。 初めて聞いた時はもちろん、吃驚しましたが、よく考えたら緑豆もやしがあるのだから料理に使われても当たり前か。。。


中国土産で頂いた綠豆糕



 
 

随意談 第87号(2010年10月1日)   楊品瑜

 


~孩子泡的茶(子供が淹れたお茶)~
 先日、孩子們(子どもたち)がヤンピンのために紅茶を入れてくれました。 食育の結果?でしょうか。 超級市場(スーパー)で自分たちで、食用花(エディブル・フラワー edible flower)を見つけ、 媽媽の教えに従い(2003年2月16日読売新聞の記事)おしゃれに淹れてくれました。 とても美味しかったですよ! 人が淹れたお茶を頂くことは、ヤンピンにとっては、更なる至福の時間ですからね!

 孩子們も満足感からか、淹れたお茶の写真を撮るようにせがんできました。 せっかくなので皆様に紹介させて頂こうと思い、タイトルを決めたところで、 何か懐かしいような、似たようなものをどこかで見たような~と思っていたら...  一時期中国語の歌が恋しくて、携帯にいっぱいダウンロードした周杰倫の、 ヒップホップ調(?)の「爺爺泡的茶」(直訳するとおじいちゃんが淹れたお茶)を思い出しました。

 「爺爺泡的茶」の歌詞は、台湾育ちには本当によく心に沁みる内容です。 お茶の味は単純にお茶の味を飲んでいるのではなく、その文化も飲んでいることを象徴した内容ですね!  歌い出しの歌詞に爺爺が淹れたお茶には、「家」と言う味がする♪♪♪と曲が続きます。 「回憶童年」(子どもの時代を思い出す))、爺爺と一緒に住んでいたあの時代を思い出しますね!  懐かしいなぁ~。

 そして、肝心な写真ですが、湯気がたち、なかなかプロのようにうまく撮れませんでした。 なので、代わりに子どもと育てた棗(なつめ)の木をご紹介します。 もちろん、肥料はお茶です。 三年目でやっと実りました。 実りの秋ですね♪♪♪


孩子們と育てた棗の木
写真中央右端に茶色ぽっく
見えるものが、なつめです。


 
 

随意談 第86号(2010年9月22日)   楊品瑜

 


~回娘家(里帰り)~
 先日、実家に帰ったら、媽(ヤンピンの母に対する略称)が一生懸命見ていた、DVDがありました。 もちろん、「要不要一起看(一緒に見ようよ)!」と誘われ、一部だけ見ました。

 とても凛々しい主役(台湾の人気俳優陳冠霖さん)と着物が物凄く現代ファッションだったので、 台湾では着物はこのように映るのかと関心しました。 着物に眼が行ってしまっているヤンピンに、媽から「看戯(ストーリー)啦(ドラマを見なさい)!」 とストリーに集中するように言われましたが、やはりファッションに眼が行きますよねぇ! ヤンピンは、日本慣れしてしまったよう~です。

 DVDは数年前に台湾のテレビ局が制作した番組だったようで、 日本統治時代に、台湾の嘉南平原(台湾最大の農業区)一帯での治水で活躍した八田与一の半生物語です。 俳優陣は全員台湾の俳優が出演し、ストーリーは前々から知っていましたが、 台湾で作った日劇(日本のドラマ)は、こうなるのかと違う視点からでも面白かったですね!

 媽はついつい懐かしさからか数回も見てしまっているようですが、ドラマの中には、幾つか懐かしい物、 言葉遣いや出来事があったようで、レトロで子ども時代を思い出していたようです。 日本でも昭和もののドラマが懐かしく、新鮮でもあるような感覚と同じなんだなぁ。と思いましたね!


媽と一緒に観た台湾のDVD「水色嘉南」



 
 

随意談 第85号(2010年9月14日)   楊品瑜

 


~琉球芒果(沖縄マンゴー)~
 昨年 に続き、今年もフレッシュな芒果をいっぱい頂きました。 そして、今年はとうとう琉球芒果も頂きました。 ありがとうございます。

 子どもの頃から食べて来た芒果ですが、どこ産も年々磨きがかかり、甘みとうまみが増しているように思いました。 日本での芒果人気の始まりはプリンだったように思います。 今では、芒果プリンはスーパーで普通に買えるようになりました。 今年は、青いドライマンゴーも日本で購入できました。芒果の楽しみ方が、益々日本でも浸透してきましたね!

 おいしい芒果を頂いたところで、、、今年の夏、本当に暑かったですね!  秋からはこの夏に消耗した諸エネルギーを回復する諸講座を開催してほしい要望が幾つか来ています。 やはり、本格的な熱い中国茶がそろそろ飲みたくなったようです。 また、指導師 たちにも、 あちらこちらからと茶会を開催してほしい依頼が幾つか来ているようですね!  もちろん、まだ相談を受けた段階です。

 ヤンピンの教室では、中国茶は原則熱いお茶で頂くのです。 少しは涼しくなるようですが、まだまだ暑さが続くようですね。。。 と悩むところもありますが、やはり「この夏は暑かったですね!」 と茶話として生かしつづ、教室で培われた茶を美味しく、楽しく彩ってくれる食べ物たちを上手に取り入れ、 ひと時の異国、“中国茶タイム”を楽しんでほしいですね!






 
 

随意談 第84号(2010年9月8日)   楊品瑜

 


~看起來好好吃喔!(美味しそうですね!)~
 我が家の小朋友們(子供たち)がマンゴーゼリーのフルーツポンチを作りました。 近所のスーパーで楊桃(スターフルーツ)を見つけ、作りたいというので、 市販のゼリー も購入し、オレンジも加え、ひと工夫も加え、愛情(?)も加え完成しました。

 途中で誰が楊桃を切るのか、誰がオレンジの皮を剥くのかを決めるのに苦労しましたが、 全員が体験したので、完成するまでに通常の三倍の時間がかかりました。 きっと美味しさも三倍でしょうね!

 ヤンピンは教室で、よく愛玉や仙草のゼリーを使ったフルーツポンチを出しています。 愛玉に至っては愛玉子(愛玉の種)を揉んで、ゼリーから作ったこともよくありました。 ただ難点は、数時間後には水に戻ったりしますので、作ったらすぐ食べないといけないのですね~。

 そうそう、愛玉は上野谷中に「愛玉子」という名店がありますね!  仙草ゼリーについては、明治39年銀座六丁目にオープンした「台湾茶喫茶店」にも出されていた歴史あるデザートです。

 では、そろそろ冷えたかなぁ?  これから小朋友們の力作を頂いて来ます☆☆☆


楊桃がちょっとぽっちゃりのフルーツポンチ



 
 

随意談 第83号(2010年9月1日)   楊品瑜

 


~ゲゲゲ要怎麼翻?(ゲゲゲをどう訳しますか?)~
 松屋銀座で行われている「水木しげる米寿記念ゲゲゲ展」へ行って来ました。 きっかけは、ギャラリーうえくさ でお世話になっている植草さんから当教室宛てに招待券を頂いたことです。 ここ半年間、教室でも茶話でよく登場した、『ゲゲゲの女房』。 雑談のようで、中国茶の教室でお話をするのはどうかとも思いましたが。。。 

 ヤンピンは、たまたま知人が水木しげる夫婦と同じ番組で紹介をされていたので、 初めて水木しげるの人物像を知りました。 幾つかの本を購入し、読んだ後にドラマも見始めたのです。 なので、ドラマの前半のお話は残念ですが、見ることができなかったのでした。 しかし、日本の漫画史をまったく知りませんでしたので、外国人であるヤンピンにも大変勉強になったドラマですね!

 ところで、、中華圏の友人に『ゲゲゲの女房』を紹介しようと思ったところ、 「ゲゲゲ」の訳に戸惑いました。 音でなんとか説明はできたのですが、「漢字ではどう書くの?」と言われたのです。 →「ゲ」の音に近い字に「喀」を当てている紹介は見ましたが、結局教室受講者と話し合って見ようと思ったところ、 話が少々それて、ドラマ人気の凄さを知りましたね!  しかし、見る人によっては角度様々なところもドラマ『ゲゲゲの女房』の面白さと思いました。 ヤンピン的には、ひとつひとつの名作漫画がどのようにして誕生して行くのかには、興味津々でした。

 中華圏でも十数年前に『阿信』(おしん)が大人気でした。 日片(日本ドラマ)人気の再来となるかは、楽しみですね!


使用したチケットと、鬼太郎茶屋で
ちゃんちゃんこアイスを食べた記念



 
 

随意談 第82号(2010年8月24日)   楊品瑜

 


~天天収禮品(お土産の毎日)~
 今年の日本の夏は、本当に暑いですね!
 ヤンピンには、台湾の 屏東の三叔(父方兄弟の叔父)家 にホームステイした記憶がよみがえりましたよ!

 先日、アメリカの親戚が日本に留学に来るというので、ヤンピンに会いに来ました。 台湾経由で来ましたので、台湾土産を頂ました。 商品名は「香芋紅豆麻糬」(麻は米篇付きも使われています)です。 サトイモとアズキともちがはいた酥餅(パイ)です。 酥餅類は、教室でも大人気の茶菓子です。 なかなか日本では同じ味が作れませんので、頂いた時には、なるべく教室の皆さんにも一緒に食べてもらっています。 今回頂いた酥餅はもちろん美味しいのですが、食感も不思議です。 もちっとした食感とさくっとした食感のコラボレーションが味わえるのです。

因みに麻糬は日本語の”もち”の当て字で、マーチーのように発音します。 一方で、酥餅は、ぽろぽろとこぼして食べるのも特徴です。 かつて、偉い学者の大先生から、「楊先生、酥餅は大変美味しいのですが、 新聞紙を使わないで美味しく食べる方法はないですか?」と相談されたことが可笑しくて。。。。

 「お皿にのせて食べられてはいかがでしょうか?」と言えばよかったと思う日々です。 (答えにはなっていませんか~)





頂いた「香芋紅豆麻糬」




 
 

随意談 第81号(2010年8月16日)   楊品瑜

 


~長崎唐人研究(長崎唐人の研究)~
 いつだったか長崎を訪れた時に、「参考になるのでは?」と李獻璋著「長崎唐人の研究」 を頂きました。 とても高そうな本ですが、社会に対する貢献、文化活動の一環として、 親和銀行ふるさと振興基金会から出版された非売品の本です。

 しかし、先日、本の評価を何気なく調べて見たら、現在では眼が飛び出るほどの高値が付いていました!  やはり評価された一冊の本だったようです。

 そして、ヤンピンは読んでみてとても勉強になったので、「参考になるよ!」と爸爸(父)に 紹介しました。 で、とても残念と言うか、、、

 実はその本は、爸爸が出版相談を受けた本でした。 なので、爸爸はすでに持っていました。 もちろん、内容も知っていました。 逆に爸爸から「どうして、その本を知っているのか?」と聞かれました。 浅はかだった。。。

 確かに文章もちょっとした中国通が読んで理解できる内容ではなく、学術書ですからね!  文章也很深(文章も難しい)。 それより、爸爸から見ればヤンピンが難しい学術書を読むようになったことのほうが、驚きだったのかもしれません。

 ヤンピンはまだまだ、子どもなのですね~。






 
 

随意談 第80号(2010年8月9日)   楊品瑜

 


~健康球~
 正式な名前はよく分かりませんが、ヤンピンの健康グッズのひとつで、 ヤンピンが”健康球”と呼ぶものがあります。

 効果功能はよくわかりませんが、血行をよくしてくれると聞いて、半信半疑でほぼ毎日やっています。 なんとなく血行がよくなったように思いますが、どうでしょうね?  OL時代に、ガンガン冷房のお陰様で、日本で言う冷房病になりました。 その後、母の言うことをおとなしく聞いて、漢方的な食生活や生活に戻し、 現在は冷え性の面影がまったくないのですが、ヤンピンもたまには病気するのですよ!

 健康法は人さまざまと思いますが、中国茶を飲んでいると確かにあんまり風邪はひかないように思います。 もちろん風邪予防には、食事、気温差に気をつけたり、流行時はマスクをしたりもします。 また、毎日の食事時間を厳守すれば、胃腸を壊さない、などなど母からは口すっぱく言われ続けています。 母も外祖母に口すっぱく言われていたようですが、 現代社会ではなかなか毎日三食同じ時間で食べるのには至難のわざのように思いますね!

 そうそう、健康球の使い方ですが、2個を一気に手のひらにのせて、一定の法則に従って回します。 右手、左手と別々で行います。球はそれぞれ重さがありますので、足の上に落とすと、もちろん痛いです。 また、床に落とすと穴が開くとまでは行かないのですが、傷がつくかもしれませんので、 いろいろと気をつけて使っています。






 
 

随意談 第79号(2010年8月2日)   楊品瑜

 


~食在宮廷(食は宮廷にあり)~
 清朝(清の時代)のドラマを見るとお茶を飲むシーンがよく登場しますが、いつも何茶を飲むのだろう?  と思っていました。 ずいぶん前ですが、愛新覚羅 浩著の「食在宮廷」が再販されると知った時には金額を気にせずに真っ先に予約し、 購入しました。

 満漢全席と呼ばれる料理の具体性も気になりましたが、やはりお茶のほうが気になりますね!  ところが、本に紹介されたお茶の話は、ほんの僅かでした。料理を中心に紹介した本なので当たり前ですが。

 でも、民間より伝わったお茶、楊の著書でも紹介した「麺茶」に似たお茶が飲まれていた話があったので、 少しは収穫がありましたね!  しかし、写真の中の茶杯がきちんと雙(偶数)になっていたのには、さすがと思いました。

 そして、1月頃からも教室では清末(清朝末期)の宮廷を舞台にした、 浅田次郎著の長編小説 『蒼穹の昴』 のお茶のシーンがずっと話題でした。 飲み方や使っている茶器などが皆さんは気になるようですが、 ヤンピン的には茶器の時代性が照合しているのかが気になるところは幾つかありましたが、 まぁ、このような楽しみ方もあるてことですね!



ドラマ 「流転の王妃・最後の皇弟」
を見て、訪れた千葉市ゆかりの家・
いなげ(旧愛新覚羅溥傑邸)で見つ
けた、新覚羅浩様が貞明皇后より
拝領した白雲木の孫だそうです。





 
 

随意談 第78号(2010年7月26日)   楊品瑜

 


~寄居蟹(ヤドカリ)~
 先日、家の近くのペットショップで売れていない(?)寄居蟹を子どもが見つけ、 ヤンピンはしぶしぶ2匹を買わされました。 この一帯は海に近いので、寄居蟹を購入するほどのことではないと思いつつも、 眼が合い、つぶらな瞳にヤンピンもほれ込んでしまったようです!

 ヤンピンの媽媽は熱帯育ちなのと家族が病院関係者なので、虫や菌にとても敏感で、 常々「触るな」と教育されてきました。 なので、ヤンピンは犬、猫は飼ったことがあったのですが、 それ以外の動物を触ることや育てることは夢にも思いませんでした。

 と言っても、10年ぐらい前に仕事でお世話になった アルテサーナ植草ギャラリー 主宰の植草さんが育てた蓮に見とれ、 鉢の中を泳ぐめだかや金魚に憧れ、見様見真似で育てた蓮とめだか(現在はめだかのみ)を維持するのがやっとなので、 子どもから寄居蟹を育てたいと言われた時には、さすがに困りました。

 ヤンピンは台北一の繁華街、西門町に生まれ、 お茶の先生になるまでは、植物の栽培にも興味がなかったのですよ!  土は、「ばい菌がいっぱいなので、触ってはいけない」とも言われていましたからね!  お茶を通じて、ハーブを勉強し、やっと植物の栽培に興味が沸いたところでしたのに、 今度はさらに高度な動物ですか。。。 と不安いっぱいで、結局、今日も子どもと寄居蟹飼育で格闘しています。 そして、現在子どもとの最大の目標はなんとか寄居蟹的搬家(引越し)を目撃したいです。 いつの間にか、家で飾っていたどこかの海で拾ってきた貝殻が2つ寄居蟹の水槽に入れられていました。

 で、実は寄居蟹飼育の話を親戚たちに伝えたところ、台湾でもちょっとした人気のようで、 子どもたちは毎日、香港だの、台湾だの、アメリカだのの寄居蟹情報を収集し、チェックしています。 また、今のところ小さい虫かごに子どもたちとヤンピンで、寄居蟹を見つめていたら、 しばしば頭がごつんこになるので、やはり大きい水槽に換えようか悩んでいます。 気温が20℃を切ると室内で管理しなくてはいけないのよね~。 寒くなるとバナナ などの熱帯植物も室内に戻ってくるので、 家が本格的なジャングルになりますね!

ペットショップで購入した、ペイント
されたヤドカリのお引越し用の貝殻




 
 

随意談 第77号(2010年7月19日)   楊品瑜

 


~長﨑文明堂的蛋糕(長崎文明堂のカステラ)~
 長﨑文明堂的蛋糕(蛋糕とはケーキのことですが、カステラは今のところ特別な中国語訳はないようなので、 ケーキの一種として蛋糕と訳しました)をお中元で頂きました。 とても食べて見たかったので、非常幸運(とてもラッキー)です。 長崎は公私ともに大変お世話になっている町なので、大好きです。

 今はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」で観光客がいっぱい訪れていますが、台南に縁のあるヤンピンにはやはり、 鄭成功 の生誕の地とされる平戸がもっとも気になる町(島)ですね!  平戸には日本最初の茶畑跡とされる「冨春園」があるなど、お茶に関わるものとしては何度も訪れたい町です。 ヤンピンが一番最初に訪れたのは、実は20年ぐらい前に爸爸(父)に連れられて、 鄭成功生誕地を探しに行った時です。 鄭成功と日本の関わりを幾度も聞いていたのですが、やはり、見つけた時はとても感動しました。

 ただ、一般の観光客が来ないところで、あちらこちらの建物はみんな鍵が掛かっていました。 爸爸はどこからか人を呼んで来て、開けてもらうことができ、 いろいろ説明を受け、見学ができて嬉しかったですね!  しっかりと道教の海神(海の神様とされ、航海時の守り神とされています)「媽祖」像もあり、 いろんな方の気持ちが込められていることに大変関心しました。

 実はヤンピンはこの最初の平戸行きでは、現地で聞いた「じゃがたらお春」の話に興味を持ってしまい、 「冨春園」に気がつかなかったのです。 道路標示があったけれど、「日本茶でしょー」と言う程度でしたね!  後に本を書く時に、平戸の資料を読み直して、中国茶との関わりに吃驚しました。

 長崎は教室以外にはツアーや取材でも幾度と訪れていますが、いつもじっくりと市内観光ができず、 カステラもついつい空港で買っていました。 老舗の文明堂には行ったかなかったか・・・記憶がはっきりしません。 でも、やっと食べることができました。 もちろん、教室の皆さんとも一緒に食べます。 茶話は、もうすっかり「龍馬伝」になりそうですね!

追記: ヤンピンは2006、2008年に、九州最初の喫茶店「ツル茶ん」と「孫文先生故縁之地」などを訪れ、 近くの日本茶の輸出の先駆者 大浦慶さんの居宅跡 も取材しました。 大浦慶さんは「龍馬伝」にも登場するようです。 「海援隊発祥の地 土佐商会跡」も訪れていましたので、ついでにご紹介します。








 
 

随意談 第76号(2010年7月10日)   楊品瑜

 
~好一朵美麗的茉莉花
(とても綺麗な一輪のジャスミンの花)~

 突然子供が、テレビのコマーシャルソングを聞きながら、中国語で
   好一朵美麗的茉莉花
   好一朵美麗的茉莉花
   芬芳美麗満枝芽・・・
を歌っていて、吃驚しました。

 いつ教えたか、記憶になかったのですが、なんと古い学校の教科書(もちろん日本語の)を持って来て見せてくれたのです。 どこかで見慣れた文字、中国語ではないですか。 お隣は韓国語(ハングルで)の歌もありました。 ふりがなは日本語でしたが、「すごいなぁ、今の教科書は・・・」と感心しました。

 しかし、子供がしっかりと譜面を見ずに中国語で歌っていたので、 日頃は中国語で話かけても日本語で返事する子でしたが、 やはりしっかりと脳内には中国語が生きていたかと、親としてはちょっと感動しました。 特別に中国語教室には通わせなかったのですが、ヤンピンもこのような時期がありましたので、 ある意味では安心しました。

 茉莉花は種類が豊富で、精油としても高級です。 アロマ講座 でも色々と忍田指導師が説明していました。 香りの世界でも中国茶用の茉莉花とそうじゃない用に大きく分かれるそうです。 また、茉莉花は一般に蔓を巻くとされていましたが、 中国茶用の茉莉花は蔓を巻かない、木のような形になっているそうです。 とても興味深いお話でした。

 実はこの蔓を巻くか巻かないかは前に授業中で質問されたことがありました。 ところが、ヤンピンが栽培している中国茶用の茉莉花は無理すれば、巻くかもしれませんが、 どう見ても蔓を巻きそうにないのです。 中国語の資料を見ても蔓性の話が出て来なかったので、確信が持てませんでしたね!  茉莉花の品種は世界で300種類以上あるとされていますので、実に興味深いお花ですね!


今年も茉莉花が咲きました
中国茶の茉莉花茶に使われる品種です


中山之家に咲いた
ハーブティー用ジャスミンです



 
 

随意談 第75号(2010年7月3日)   楊品瑜

 
~茶葉蛋(茶たまご)~
 色々整理していたら、親戚から頂いた、ずいぶん古い市販の茶葉蛋のインスタント調味料が出てきました。 別に、作れるので、こんなものはいらないと思いながらも、 何かの撮影で使えるのかもしれないとも思い、結局今日に至りました。

 一方で、使ってしまうと手持ちの資料がなくなるので、もったいない気持ちもありました。

 茶葉蛋と言えば、五香粉の匂いが思い出されます。 いつも、この匂いを嗅ぐと、台湾でのほろ苦い学生時代を思い出し、ヤンピンには曰く付きの匂いです。。。

 時代が変わり、最近の茶葉蛋はよく台湾のコンビニで売られ、 日本のコンビニおでんのような存在と例えられていたこともありましたが、 ヤンピンにはやはり、道端でバケツいっぱいに詰められて、歐巴桑(おばさん)が必死になってお客様を追っかけて、 売っている姿が印象深いです。 茶葉蛋は小腹がすいた時のおやつでもありますが、時代を象徴した一品料理でもあるように思いますね!

 実は、本を書くのにあたって、茶葉蛋のことをいろいろ調べていたら、 由来や薀蓄はさすがにわかりませんでしたが、ヤンピンが食べ慣れていた味は、紅茶を使ったものでした。 ちょっと吃驚でしたね!  台湾のお茶=烏龍茶でしたので、そう言えば紅茶も生産していたなぁ。。。 が最初の反応でしたね。つまり、紅茶+醤油+五香粉のゆでたまごが茶葉蛋の正体でした。

 ヤンピンのお薦めですが、茶葉蛋はおかずとして食べるよりも、中国茶のお茶請けに最適です。 五香粉の香りは、日本では好みが分かれるようですので(教室での経験から)、 料理の仕上げに、好みに合せて入れたり、入れなかったりしています。 では、請大家試試看(ぜひ、お試し下さい)!


バーコードのシールがついた
ままで、ごめんなさい。



 
 

随意談 第74号(2010年6月26日)   楊品瑜

 
~好久不見了(お久しぶりです)~
 好久不見了、と言っても今回ご紹介するのは人ではなく、食べ物です。

 子供の頃からよく食べていた、おかずが足りない時のもう一品、麵筋(湯葉)の罐頭(缶詰め)です。 超級市場(スーパーマーケット)で一般に買える一品です。 そう言えば、缶詰めと言えば、北京オリンピックのお陰様で、教室でも「缶」についてよく質問されました。 「缶」は中国語では ㄈㄡˇ、 fǒu と発音します。 中国語で言う「缶」は、楽器の一種でして、酒の席に使 われていた樽みたいなものに由来したものですよ!

 で、麺筋の話に戻りますが、ヤンピン家では、朝食によく麺筋+お粥を食べていました。 台南の母の実家に預けられていた一年近く(はっきり覚えていませんが)の間は、ほぼ毎日食べていたように思います。 当時はあるものを食べるしかなかったのですが、 後に母からは外祖母の麺筋料理は「とてもしょっぱかったでしょう」と言われ、そうだったのかと思いましたが、 父から送られて来た日本産の高級しいたけがいつも麺筋と共に煮物に入っていたことだけは覚えていました。 しかし、外祖母家の朝粥はほとんどが、残りご飯から作った白いお粥なので、味付けがなく、 麺筋の煮物とは相性がとてもよかったように思いました。

 写真の缶詰は親戚からお土産で頂きました。 味は、醤油味でやや甘みがあります。 ヤンピンには、懐かしさからか、とても美味しく感じました。 確か、昔教室か友達に食べてもらった時には、ふん~でした。 コメントに困ったのか、ヤンピンには美味しいのか、まずいのかがよくわかりませんでしたね!  発売当初の台湾では、食べ物が缶詰やビン詰めになっただけで珍しい時代でした。 加工技術を疑い、口にしたくなかった人たちも沢山いましたが、やはり歴史が積み重なり、 今日まで商品が売られ続けてきたことにはやはり、尊敬しますね!  ある意味では、続ける哲学を教わりました。。。

 ところで、教室でもよく質問される台湾の多くの商品になぜ、「日本語が使われているのか?」、 「日本人を意識しているのか?」とよく聞かれました。 もちろん、その要素もありますが、中には読んでも意味不明な日本語が使われたりしていますよ、ね!  単に流行だと思いますが、日本でも多くの商品に英語が使われている感覚だと思います。 また、デザイン性や国際性のイメージが商品に付くとなんとなく高級感が出てくるのでは?  という狙いもあるように思われます。






 
 

随意談 第73号(2010年6月19日)   楊品瑜

 
~水土不服(水に合わない)~
 仕事で初めてベルギーへ行ったときに、つい水土不服を意識し過ぎて、 現地でハーブティーを購入すればよいと思い、いつも携帯していた、中国茶をついつい置いて行ってしまいました。

 行った時は真夏でしたので、白夜とまでは行かなかったのですが、長いお昼に慣れず、 とうとう推測ですが、日射病になり、病倒了(病気になりました)。。。  その後1、2日はりんごと水でなんとかしのぎ、その後は中華レストランをハシゴし、 見つけた口が合うレストランには昼も夜も毎日、とお世話になったのでした。 状況を察したのか、店員さんがすごく労わってくれた記憶があります。 そして、中国茶も頂き、離れる時にはすっかり立ち直りました。

 今でも記憶深いですね!  この時はヤンピンにとては、初めて海外で、体調を崩したのでした。 実はその後もいろんなところへ行きましたが、今のところ海外で病気になったのは、やはりこの一回だけです。 そして、もちろん最初であって、最後でもあってほしいですね!(ヤンピンにとて日本も海外ですが。。。)

 しかし、この経験から学習し、慣れない土地に行く時には、必ず飲み慣れているお茶を携帯するようにしています。 旅先で水土不服にならないように中国茶を携帯するのは先人の知恵ですからね!  本当に懲りました。

 そして、ベルギーでは体調が悪いながらも、幾つかの観光をして来ました。 絵が好きだったので、見られる限りの絵は皆見て来ました。 しかし、マナーから写真はもちろん撮っていません。 なので、見たけれど手元には書籍以外は何も形になるものはありません。

 でも、一番の思い出の品は刺繍で有名なベルギーなので、いつくかの刺繍製品をお土産に買いましたが、 いっぱい買ったので、店長さんが記念にと蝶々の刺繍ブローチをもらいました。 黒か白色かを選ばさせてもらったのですが、ヤンピンは白色を選びました。 そしたら店長さんから、 「日本人はみんな黒を選びますよ! あなたはやはり日本人ではないね! どこから来たの?」と聞かれ、 なぜか「香港?」と言われました。 どこから来たのと聞かれると、日本から出発したので本来は日本か?  元々は台湾から出発? と自分も混乱しましたね!  とりあえずパスポートが台湾籍なので、台湾から来ましたと答えました。


頂いたブローチ



 
 

随意談 第72号(2010年6月12日)   楊品瑜

 
~玩茶(茶遊び)~
 先日教室で、「玩茶遊東京」の講座を行いました。 と言っても教室会員向けの、定期的に行っているツアーです。

 お茶好きが集まってのツアーなので、毎回ヤンピンにとっても、新発見があります。 また、とにかく
数駅分歩き周りますので、参加するには、まず歩ける体力が必要ですね!  ヤンピンはかつて排球(バレーボール)を国を渡っても、渡ってもやり続け、 結果的には12~13年間やり続けたのでした。 大学では外国人ながら副部長も務めさせて頂いたのですが、排球はもうすっかり引退し、正直ケガも多かったです。 そのお蔭なのか、現在は都会と茶畑のトレッキングオンリーながら、幾らでも歩ける体力だけが残りました。

 なので、つい我を忘れたと言いますか、玩茶ツアーではついつい数駅を歩いてしまいます。 幸い受講者は、みんなヘトヘトながらもついて来てくれます。 ヤンピンと回るとよく、日本にいながら外国へ行って来ました。 とも言われましたが、やはり視点が違うのでしょうね!  結果的には、日帰りの海外旅行気分だったようです!  玩茶ツアーは元々所属指導師からの提案講座でしたが、近年では、とてもやりがいがある講座に成長しました。

 茶芸教室は、ついつい茶芸館で行うイメージがあります。 外でとなると、野点、茶畑巡り (一部の茶芸関係者では、茶畑巡りは農業的分野なので、茶芸とは関係ないとしています。 日本の茶道でもあんまり茶畑巡りはしないでしょう?とよく例えられましたね!  ただ、せっかく勉強をしているので、茶畑を見てみたい心理はありますよね。。。)と思われがちですが、 茶芸の世界はまだまだ奥が深く、お茶も時代によって、淹れ方が違い、 時間旅行ができるぐらいにバリエーションも豊富です。 なので、製法、味も大切ですが、少し哲学的ですが、 それぞれのお茶が持っている長年の歴史は本当に個々のお茶をより美味しく味を引き立たせてくれますね!  そして健康面はもちろんですが、時には感動、時には愛情や友情を持たせてくれて、友も作ってくれるので、 本当に教室を開催する度に自分も常に何かを得ている気持ちになります。

 では、まだまだ、部屋(茶芸館)から飛び出ての茶芸ワールドをご紹介していきたいと思いますので、 早速次はどこへ、行こうか、どのような内容にするか。。。と企画しますね!


写真は時期が違いますが、
昨年の講座で見つけた景色です。
猜謎(クイズ)です。さぁーどこへ
行ってきたのでしょうか?



 
 

随意談 第71号(2010年6月4日)   楊品瑜

 
~真是有緣(本当に、縁があります)~
 先日、久しぶりに 指導師コース を修了する予定の方が二人も出ましたので、 見せるため、ヤンピンは慌てて実家からいろんな茶器を運んできました。 指導師コースは原則一年ですが、数年から十年以上在籍の方が多く、 ヤンピンもついついのんびりと授業をやってしまっていたのも一因です。

 ところで、数年前に珍しい茶杯を数個頂きました。 よく見るとどこかでヤンピンはすでに目にしたことがあったのでした。 確かそれは、酒器として紹介された日本製の器です。 一方で、数年前に頂いた茶杯は台湾製です。 うん~真似た? いやいや参考にしたのでしょうね!

 説明が長くややこしくなりますが、ヤンピンが実家から運んできた茶器の中に、 かつて記憶にあったその酒器も含まれていました。 これらの酒器はヤンピン一家が京都に滞在中に大変お世話になった、フランス在住のベトナム華僑の会社の商品です。 日本の名古屋で作ってもらい、神戸からフランスに輸出していたそうです。 紆余曲折を経て、ヤンピン家にも数セットありまして、ヤンピン一家(結婚前)とさまざまなところに渡り、 引越しもして来ました。 結局今回のことで、父から正式にもらうことと相成りました。 なので、これらの酒器はヤンピン家に定住することとなり、毎回実家に返さなくてもよくなったのです。

 多くの茶器は酒器を参考にして作られて来たとは言われていましたが、 実家から持って来た酒器たちは、実はちょっと面白いのです。 教室ではもちろん、お茶を使って実際に使ってもらいましたが、お湯を注ぐと変化する器と音が出る器です。 としか今は言えませんが、教室では大変喜んで頂きました。 しかし、まさかこれらの酒器が回って回って、教室に登場して来るとはね~想像もしていなかったです。


実家から持ってきた酒器セット



 
 

随意談 第70号(2010年5月28日)   楊品瑜

 
~豆花(豆腐花)~
 台湾で一般的に呼んでいる、豆花というデザートは日本では豆腐花と呼んでいるようですね!  と言っても豆漿(豆乳)で作ったデザートでして、食感は豆腐より柔らかく、つるっとしたデザートです。 中国各地では、豆腐腦、豆凍、老豆腐などなどの呼び方があるようです。

 ヤンピンが食べ慣れている味は、素朴な甘いピーナッツの入ったスープをかけて、豆花と一緒に頂くものです。 ヤンピンの子供の頃は、真っ白なシャツ(下着だったような?)に笠をかぶった、 奥里桑(おりさん→おじさん、漢字の当て字は幾つかのパターンがあります)が肩にかけて量り売りに来ていた本当に庶民的な食べ物でしたね!  現在の台湾では百貨店のフードコーナーで食べることもできますので、 ヤンピンは帰省した時には、必ず食べる一品ですね!

 ところで、先日親戚から豆花を作る素を頂きました。 説明書を読んでいたら、わけが分からなくなり、まだ作っていません。 「何とかならないのか、この説明書」と思いました。 書き出しにいきなり黄豆(大豆)10両(370g)を用意し、4時間水に浸けると書いてありますが、 水だけを使うレシピも書いてあります。 これはどちらともOKってことですか?  それとも両方必要?  だったらこの素はなんの素?  と悩んでいるうちに、いつも教室でヤンピンが出しているレシピで作りました。 そもそもせっかく買うのならば、豆漿を固めるだけのものを買ってくれたのかと思いましたが、残念!  なので諸事情により、頂いた豆花粉はいまだに開封していません。

 そういえば最初に本を書くのにあたって、参考として色々な中国語レシピを集めていたら、 多くのデザートやゼリーのレシピは百人分と書かいてあったので、 参考にならなかったなぁ~と思ったことがありました。 一般家庭で、ゼリーの型を百個用意するのも大変ですよね!  と言うとこのレシピ本は誰のため?  日本の食品業界で育ったヤンピンには、やはり戸惑いが多くありますね!


親戚から頂いた豆花の素



 
 

随意談 第69号(2010年5月21日)   楊品瑜

 
~草莓酥(苺パイ)~
 受講者の娘さんから台湾土産に草莓酥を頂きました。 非常高興、謝謝!(とてもうれしかったです。ありがとうございます)  台湾土産の定番は鳳梨酥 (俗にパインナップルケーキと呼ばれています。 一般に酥はパイ、蛋糕がケーキです。)だったのですが、 今回はあえて違うものを選んで購入して頂いたようです。 実は”通”ならではのお土産選択です。

 かつて台湾産フルーツと言えば、香蕉(バナナ)、鳳梨(パイナップル)、茘枝(ライチ)、 芒果(マンゴー) などなどですが、実は最近台湾では草莓も結構栽培されています。 茶的故事の 台湾茶 其の十五 大湖酸柑茶 でも紹介したことがありました。 また、草莓については、よく母から、 「外祖父は日本時代(日本統治時代)に高級フルーツを輸入販売していたが、草莓はとても貴重で人気だったよ」と聞いていました。 母はよく食べさせてもらったようで、「とても美味しく、子供ながらに忘れられない味」だったそうです。

 所以(したがって)、ヤンピンには亜熱帯(正式には台湾では、北回帰線を境に北は亜熱帯、南は熱帯です) の台湾産草莓のイメージがあまりなかったのでした。 しかし、栽培技術の向上で美味しくなったのですね!  草莓狩りも人気の行事となっていましたよ。 台湾に帰ると、たまに誘われるほどですから。。。 ヤンピンは正直、近年は草莓狩りよりも、釣蝦場(えび釣り場)での釣蝦に夢中 (釣蝦についてはかつての思い出を 随意談第22号 でも紹介しています)でしたが、 機会がありましたら、草莓園へ行って、台湾流の草莓狩りも体験しておきます。


台湾土産に頂いた草莓酥



 
 

随意談 第68号(2010年5月12日)   楊品瑜

 
~背論語(論語を丸暗記)~
 先日、家族で論語の勉強法が話題となりました。 子供たちには西遊記、三国演義(三国志)、聊斎誌異(聊斎志異)、論語までは日本語版でなんとか頑張って読んでもらったのですが、 背論語をするのはさすがに難しいです。 確か4、5歳から四書五経を覚え始めるのはかつての伝統教育でした。 覚えると言っても背書(丸暗記)です。 現代に至っては勉強する科目も多いので、子供に強制するのはどうか悩みますね!  意味を理解すればよいのでは?と思いたいところですが、台湾の教科書を見て、 台湾ではみんな頑張って背書(本を暗記)をしているので、やはり厳しく行くべきか、さらに悩むところです。

 ヤンピンもかつて、国語の教科書を丸暗記させられましたが、今となればよかったのか、よくわかりません。 確かに国文科に進んだ方々は、本当に尊敬できる物凄い暗記力でした。 因みにヤンピンは、背書が常にクラス一苦手でした。 ただ唯一褒められたのは、 大学受験前に受験科目になかった社会科の最後の試験を面倒くさいからと丸暗記した内容で文章題の答えを書いたら、 先生に驚かれ、褒めてよいか悩んだ先生の表情が面白かったのでした。 結果的には、よく丸暗記しましたね!と褒めたか否かのお褒めを頂きました。

 そういえばヤンピンは、長崎の孔子廟を訪ねたことがあります。 学問の神様なので、受験生もよく訪れるのだそうです。 確か論語全文が台湾花蓮の大理石に彫りこまれていましたね!  近場では、もちろん湯島聖堂を訪れたこともありました。 湯島聖堂では中国茶に縁の神農祭を見学しました。 日本にはまだいくつかの孔子と縁の廟があるようですので、機会がありましたらまだまだ見学したいと思います。

手持ちの子供用論語
台湾版は漫画です。


 
 

随意談 第67号(2010年5月5日)   楊品瑜

 
~家常便飯(家庭料理)~
 子供達の発育を見てなのか、よく「何を食べているの?」、 「あそこの家は食べているものが違うかもー」とあちらこちらによく言われます。

 そうね・・・和食も作るのですが、どう答えてよいのか?  ただ、やはり食べて美味しい料理よりも、育ち盛りの子どもたちの発育や健康を考えての献立は多くなりましたね!

 ヤンピン的媽媽常説(母が常に言っていました)、中華料理は豚や鳥などの内臓を使った料理をよく食べますが、 日本ではあまり食べないのとバリエーションも少なく、なかなか買えないので献立に困ると言うのです。 最近では確かにヤンピンも思いました。 内臓料理には食材を無駄なく召し上がる考え方の他に、自分の弱っている内臓を補うために食べる考え方もあります。 栄養素やカロリー、そして野菜中心の食生活も大切ですが、育ち盛りの子どもには大人と違い、 いくらでも栄養が必要なのです。 なので、中国薬膳はもちろん、家庭料理の範囲内で活用しています。

 薬膳の考え方からも、身体を冷やす冷やさない食材の摂取も意識しています。 冷やす冷やさないとは、食物には、平性、温性、涼性(更に寒性を加える場合もあります)の性質を持ち、 お茶では一般に烏龍茶が平性、紅茶や普洱茶が温性、緑茶が冷性とされています。ご注意ですが、 冷え性が気になるかたには、冷性とされる食材は必ずしも身体に悪いのではなく、 工夫し、温かくして食べると良いのです。 サラダより温野菜で食べるとかね!  緑茶の場合は身体に良い栄養がいっぱいあるので、冷え性が気になるかたには温かくして飲むと良いのですよ!  また、暑い夏には”火氣大” (のぼせなど、漢方の専門用語、カリカリしていて怒りっぽい時にも使われるほど一般的な言葉でもあります) を防ぐのには冷性の食材は大切です。 なので、忙しい毎日、100%無理でも、季節、体調、食べ合わせに気をつけながら子供たちの献立を考えていますよ!

 ヤンピン家の家教(家に伝わる教えでは)では子育てで一番大切なのは、食生活です。 子供たちが苦手な食べ物は、やはり人間ですからそれぞれありますが、食べなさいと言えばきちんと食べてくれます。 一般に子供が苦手とされるピーマンやにんじんはみんな大好きで、 いくらでも食べられます。 乳歯が抜けて咬みにくい野菜があっても頑張って食べていましたね!  こんなものを子どもに食べさせるなんて、と周りが吃驚することも幾度とありました。 お茶については薄めて、お茶の成分に応じて朝昼晩と種類を換えて飲ませています。 辛いものや刺激的なものを除き、薬膳の苦いスープも鼻をつまみながら、なんとか頑張って飲んでくれます。

 ヤンピンも小さい時は、同じことをやっていましたなぁ。 しかし、不思議ですね!  あの苦味は大人になると懐かしさと共に、たまに飲みたくなりますし、美味しく感じるのです。 やはり、食育の結果ですかね?  しかし、子育ては親も本当に多くのことを学習しますね!!


子どものランチョンマットを借りました。
今晩のおかず、二品を紹介
左:春野菜と厚揚げの甜麺醤炒め
右:鳥レバーとハツの野菜炒め



 
 

随意談 第66号(2010年4月29日)   楊品瑜

 
~歡喜唱唐詩1、2(唐詩を詠う楽しさ1、2)~
 「子供たちにいかが?」と唐詩の勉強になるであろうVCDを親戚から頂きました。 ヤンピンは子どもの頃から、「唐詩宋詞」と呼ばれる詩や詞の意味をよくわからずに、 いっぱい暗記させられて来ました。 何に役に立ったのか今もよくわかりませんが、子供たちと一緒にVCDを見ていたら、 不思議に記憶がよみがえってきますね!  懐かしかったです。

 子供たちはもちろん、最初は何か面白いものでも見せてくれるのかとワクワクしていましたが、 途中からはどう脱出したらよいのか、四苦八苦していました。 まぁ・いいか。。。 想像通りのことだなぁ。これからもしつこく続けるしかないかなぁ。。。と、親としては気持ち複雑です。

 実は一緒に「白鶴報恩、法蘭徳斯的靈犬」の中国語、台湾語対応のVCDや「海底總動員」、 「大雄的太陽王傳説」も頂きました。 さぁーて、日本語タイトルは何でしょうか?

 中国茶と詩の関係は深く、多くの名詩は文人たちが茶を飲みながら作りました。 また、茶を取り入れた名詩も沢山ありますね。 そして、誕生秘話などもが本当か否かよく分かりませんが、いろいろと語り続けられています。 ヤンピンは中国文学が専門ではないので、ここではひとつひとつ取り上げてご説明しませんが、 学校の授業でも多少かじったのは事実です。 が、詩と茶の世界は奥が深く、まだまだ勉強しなくてはならないのが正直なところですね!  まして、日本語に訳して日本の皆様にご説明するにはまだまだ頑張らなくっちゃ。。。です!! →ということで、ヤンピンは頑張って計4枚の唐詩のVCDを合唱しながら無事に見終えました。ホッー。

 では、何かお茶を飲んでひと休みしてきますね!  杉林渓 の高山茶にしようかなぁ。 最近教室で飲んだお茶のなかで一番好評です。 値段も、とても良いお値段のお茶ですが、やはり、ご褒美で飲みたいお茶ですね!

(VCDの日本語タイトル:「つるの恩返し」、「フランダースの犬」、
「ファインディング・ニモ」、「ドラえもん のび太の太陽王伝説」)




 
 

随意談 第65号(2010年4月21日)   楊品瑜

 
~電子倉鼠・開心鼠(ズーズーペット)~
 先日ご近所の反斗城(トイザラス)で、アメリカで人気の電子倉鼠・開心鼠(ズーズーペット)を購入しました。  回家就馬上(家に帰るとすぐに)説明書を見る間もなく、 子供と電池入れや走らせるスペースを作るための掃除などなどに追われました。 その後子供たちはとても楽しそうでしたが、媽媽はとても急がされたひと時を過ごしました。 そしてヤンピンが「その猪(豚)チャンかわいいね!」と言ったら、 子供から、「媽媽、違うよ! 倉鼠(ハムスター)だよ!」と。 うそ! Zhu Zhu Pets て書いてあるよね!

 そうです。ヤンピンには Zhu は中国語の猪と同じ発音なので、てっきり猪(かわいい子豚)と思いました。 よく読むと説明文の真ん中辺りに「ハムスターの遊び方」という日本語が書いてありました。 ヤンピンの早とちりでした。 しかし紛らわしい~わね!と今でも子供に言い訳をしています。 確かに、ここは日本なので、"Zhu = 猪" になるはずがない。 ちょっとカルチャーショックでしたね!

 前にアメリカの親戚からうわさを聞いていましたが、 わざわざアメリカから送ってもらうまでは考えていなかったのですが、 近所に反斗城もありますから、そのうち日本で発売するだろうと思っていました。 子供たちは倉鼠のことを「うちの子」と呼んででいますよ!  あちらこちらに走り回ると子供たちは「こらこらどこに行くの~」とも叫んでいました。 我が家の子供たちも小さい時はあちらこちに行ってしまっていたので、口調が同じだーとついつい思いました。 面白い現象でしたね!  まぁ、お蔭様で中国語の”猪”の発音もよく覚えたようです。

 そうそう、意外なご利益もありました。 開心鼠們(ズーズーペットたち)は糸くずや髪の毛が絡むと動けなくなるので、 子供たちは走らせるスペースを作るために、そのスペースだけ一生懸命となって掃除をしていますよ!

我が家に来た電子倉鼠・開心鼠們
今日は写真を撮るために、子供たちが
おしゃれをしてあげたようです。


 
 

随意談 第64号(2010年4月15日)   楊品瑜

 
~介紹日本(日本を紹介)~
  約20年前に、ヤンピンが茶芸講師としての活動を紹介した『東京』と言う雑誌(昭和63年4月1日発行)をご紹介したいと思います。

 こちらの雑誌は主に台湾、香港、新加坡(シンガーポール)で販売され、 中国語で日本の文化、風俗などを紹介しています。 社長は翁倩玉(ジュディ・オング)小姐(さん、若い女性への敬称)です。 偶然ですが、翁倩玉小姐とは直接面識はないのですが、台南の親戚の長女が「做16歳」、 「做16歳」とは台南特有の風習で、数え年の16歳に祝いごとを行い、家族親戚が集まり、 そして当事者は親戚やご近所に「紅龜」と称する亀に似せた紅いお餅を配ったりする行事です。 一般には長男長女各一名だけが祝ってもらえます。 そして、「七娘媽」という道教の神様を拝むらしいが、詳し行事はよくわかりません。 ヤンピンは長女なので経験しましたが、ヤンピンの時は簡素化され、確か、紅包をもらっただけのような記憶です。 因みにヤンピンは京都にいた時もタイミングよく、「十三参り」を経験しましたよ!

 話は戻りまして、ヤンピンのいとこが紅龜を配る時に、翁倩玉小姐の祖母家が目の前だったので、 紅龜を配るのに、同伴し、訪れた時にヤンピンも初めて翁倩玉小姐の存在を知ったのです。 日本で大変活躍され、子供だったヤンピンにはその家がとても豪邸に見えましたね!  また、ヤンピンは日本に行く予定になっていたので、日本ですか~子供ながら気持ち複雑でした。 今では翁倩玉小姐はとても憧れの先輩と勝手に思っていますが、 国際交流に関われたのも先輩たちが与えてくれた礎があったからかなぁ。 と時々感謝しています。 現在『東京』と言う雑誌は見かけませんが、 たまに知っている人がいたりとやはり一定の購読者はいらっしゃったのですね!

 あともう一冊ご紹介したいのが雑誌『光華』です。 こちらはヤンピンが載ったことはないのですが、昔から飛行機の中やあちらこちで見かける雑誌です。 日本版は中国語と日本語の対訳で、日本、台湾や華人圏の風俗などを紹介しています。 最近入手した光華雑誌には北海道に多くの中国人観光客が訪れたきっかけの「非誠勿擾」 や正月映画『艋舺』などの華流映画が紹介されています。 中山之家では常に置いてありますが、光華雑誌は日本でも結構入手できる雑誌です。 繁体字ですが、語学勉強にも最適と思います。

上段:雑誌『東京』と『光華』
下段:紅龜を作る時に使う型
左は骨董だそうです。


 
 

随意談 第63号(2010年4月7日)   楊品瑜

 
~為什麼要學茶藝(茶芸を学ぶとは)~
  先日の 指導師コース の教室中に、 どうして茶藝(茶芸)を学ぶのだろう~という話になりました。 なんと、皆が異口同聲(口を揃えて)で、「教養ですね!」と言ってもらえました。 ヤンピンはとても感動しました。 そう思って頂けるなんて、本当に頑張ったかいがありました。

 確かに中国茶は美味しいし、健康に好し、癒しも与えてくれます。 そして、淹れ方も大切ですが、コミュニケーションにも最適です。 とうとう教養として、学習する聖域まで、ご理解頂けるところまで来たのかと思うと、益々励みになりました。 もちろんヤンピンが最適な講師として、おこがましくても大口では言えませんが、 1993年に指導師コースを始めた頃は、もちろん明るい未来を信じて、毎日がワクワクでした。 しかし、続ける大変さ、孤独感、無力感を幾度も感じました。 その度に在籍している指導師たちの頑張り、熱心さに、本当に感心し、刺激を受け続けて来たのです。 なので、ヤンピンも自然体であんまり無理せずに、頑張ってやって来られたのだと思います。 本当に毎日が勉強、勉強ですね!

 出版不況の中、なかなか書籍となって皆さんに茶芸の世界をお伝えできませんが、この場を借りて、 これからも頑張って、分かりやすい言葉で、さまざまな茶芸ワールドをご紹介して行きたいと思います。 対応できる限り、ご賛同頂けるかたの受講も随時お待ちしています。 そして、今後也請大家多々指教(今後とも皆様のご指導の程、よろしくお願いします)!

ヤンピンの恩師の一人、 中華茶文化學會
理事長 范増平 先生に頂いた本の一部
(頂いた本はまだまだありますよ!)
范先生は、北宋の政治家・文学者
范仲淹の末裔でもありです。


 
 

随意談 第62号(2010年4月1日)   楊品瑜

 
~清明節~
  旧暦の三月初め、西暦の四月初め頃に「清明節」という、旧正月の次に大切な行事があります。 またお茶に関わるものとしても、美味しい明前茶、特に龍井茶や碧螺春が頂ける季節でもあります。 清明節とは古代中国で、農業行事を行ううえで、旧暦を二十四節気に分け、その一つが「清明」です。 「清明」の一つ前が「春分」です。 明前とはこの「清明」を迎える前の節気に摘まれた茶葉が柔らかく、茶湯が甘いとして高級茶になっています。 また、「清明」の一日前に摘まれた茶葉が特に美味しいとして好む人も多いようです。

 ところで、日本で清明節とは何かを説明する時に、ヤンピンはよく日本のお盆のような行事として説明しています。 日本のお盆に由来した盂蘭盆は中華圏では仏教行事として、盂蘭盆節(略して盂蘭節)、 道教では中元節として旧暦7月中旬に過ごしています。 こちらのほうももちろん、大切な民族行事ですが、家で祭事を行い、静かに過ごす傾向です。

 一方、清明節のほうは春を迎えるということもありまして、帰省し、掃墓(墓参り)、 祭祖(ご馳走を作って先祖を祭る)、潤餅(野菜などを巻いた生春巻き→台湾や福建が有名)を食べ、 盪鞦韆(ブランコに乗る)、放風筝(凧揚げ)、踏青(今風に訳すとピクニックです)、 鬥鶏(闘鶏)などの行事が行われてきました。 かつてはこの時期に盪鞦韆や踏青が楽しみだった事から、 清明節を「鞦韆節」(中国本土では秋千節、中国語での発音は同じです)や「踏青節」と呼ぶことがあったそうです。 近年では、墓参りや祭祖が主な行事として行われていますが、何せ中華圏は広いので、 今でも特徴のある行事や風俗が清明節で行われ続けています。

 確か、この時期は連休や学校が春休みとなりますので、日本のお盆の時期のように交通機関も混雑しますね!  台湾では高速道度の渋滞を緩和するため、ニュースでは今年も通行無料になるようです。 そして楽しかった旧正月後に、つかの間に離れた親戚や家族と再開する時期としても楽しみですよ!  また、 ヤンピン的には数多くの名画「清明上河図」が残されて来ましたので、 清明節 の賑わいや大切さをご理解頂けるかと思います。

 近年、ヤンピンの清明節の感想としては、一日に回るお墓が多くなってきたことかしらね。 ヤンピンのご先祖たちは土葬で、風水師に見立てた場所にそれぞれ埋葬されていますので、 親族が集合して、数台の車に分乗し、墓参りを行っています。 小さい頃はついお墓の周りでいとこたちとはしゃぎ、走り回ってしまい、 阿公會被你們吵死了。 意訳は「おじいちゃんはうるさいと言っているよ!」ですが、 なぜか大げさに「うるさくって死んじゃうよ!」と怒られていました。 たまに會被你們吵醒(うるさくって目覚めるよ!)とも怒られていましたなぁ~。 今ではヤンピンの子供たちも同じことをやって、ヤンピンに怒られています。 ヤンピンは吵醒のほうを使っています(かなぁ)。

台北故宮博物院で購入した
「清明上河圖」のテーブルクロス
清明節の賑わいがよく伝わる名画です



 
 

随意談 第61号(2010年3月27日)   楊品瑜

 
~粘粘糊糊的炒飯(ベトベトチャーハン)~
 我が家には自称「粘粘糊糊的炒飯」というメニューがあります。 日本によくあるパラパラご飯のチャーハンは「日式炒飯」(日本式チャーハン)と呼んで区別しています。 随分昔ですが、新婚の時に山東省出身の嬸嬸(父の弟のお嫁さんに対する呼び方→叔母) から習った、粘粘糊糊的炒飯を久しぶりに子供と作りました。

 作り方はまず準備として、玉子を溶いておいて、塩で軽く味付けします。 用意した冷や飯とひたすらかき混ぜます。 そして、熱したフライパンに油をひき、肉、出来るだけ細かく切ったキャベツ、ねぎを塩、 胡椒(日本のように、一般家庭では使わないことが多いのですが、好みで使ってください)で炒め、 先程かき混ぜたご飯を加え、味をさらに調整し、炒めれば完成です。 代わりになぜか、味の素を好く使うご家庭があります)で炒め、先程かき混ぜたご飯を加え、 味をさらに調整し、炒めれば完成です。 味はキャベツにとても左右されますが、野菜の汁がご飯に浸み込み、野菜たっぷり味の炒飯となります。 かつて料理教室でもよく作った一品です。 しかし、火力とお米の違いからなのか、ヤンピンが作ると粘粘糊糊なのです。

 五嬸(通常の呼び方、5番目の叔母です)の実家では餃子を作る時は、いつも千個単位だそうです。 もちろん、皮をこねるところから作ります。 そして嫁に出た娘たちに数百個ずつ持たせてくれるそうです。 ヤンピンも数回頂いたことがあります。 味は美味しいを通り越して、感動です。家庭の味と、母の愛心(愛情)までおすそ分け頂いたのですからね!  当然、非常好吃(当然、とても美味しいです)!

 五嬸からは、ほかにも湯類(スープ類)の料理を習いました。 家族や教室で好評だったのが烏骨鶏のスープがあります。 でも五嬸いわく、大嫂つまりヤンピンの母から習ったのだそうです。 五叔(父から数えて5番目の弟、つまり五嬸の夫)は湯類が好きなので、やはりレパートリーも豊富のようです。 そして、お下がりの料理本もいっぱい頂きました。 姪女姪子(自分の男兄弟または夫の兄弟の子供)への面倒見もよく、聡明で、とても家庭的なかたですよ!  賢妻良母(良妻賢母)な、伝統的な中国女性です。 非常崇拝(とても憧れます)。

粘粘糊糊的炒飯



 
 

随意談 第60号(2010年3月20日)   楊品瑜

 
~馬頭琴又稱莫林胡爾
 (ばとうきんまたはモリンホールと言います)~

 13日(土)に教室の皆さんと江戸博物館で行われた「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展 セーンジャー Spring Concert」 へ行ってきました。

 展覧会はもちろん大変よかったです。 日帰りでモンゴルに旅行し、タイムスリップした一日でした。 お茶関係のものも少しありました。 一般に中国茶とモンゴルと言えば、思いつくのはバター茶などさまざまなモンゴル茶ですが、 お茶は元々、時代によって飲み方、楽しみ方が違うので、一言にモンゴル茶と言われてもですね。。。  また、茶業に於いても時代や地方によってさまざまな変化を遂げてきていますからね。。。  と話すと一大講義になります。 展示品とは、思わぬの出会いがありました。中国茶との関わりはもちろん、詳しく受講者に説明しました。 展覧会はまだ開催中なので、非常對不起(ごめんなさいね)! ここでは詳しくお話ができないのが少々残念です!

 そして、コンサートのほうも大変よかったです。 今でも余韻が残っています。 コンサートの初めに、賽音吉雅さんは朝からこのような大人数のコンサートを行うのが初めてで、緊張しています。 とコメントをしていました。 ですが、ヤンピンも大変緊張しました。 なぜならばヤンピンは運よく 賽音吉雅(セーンジャー )さんのまん前に座れたのです。 また、数日前にテレビ朝日の番組「徹子の部屋」に出たことを意識して、同じ衣装で今日来て下さったのだそうです。 と、テレビを見た人は?とも聞いていました。 やはり大勢のかたが見たようです。 日本語はとても流暢でしたが、スター性もばっちりな賽音吉雅さんでしたよ!  今後の更なるご活躍が楽しみですね!

 ヤンピンが紹介するのも〇×▲□ですが、知っている限りではありますが、 中国語で呼ばれる馬頭琴とはモンゴル語でモリンホール(Morinhuur)です。 モンゴルを代表する代表的な民族楽器です。 弦が2本、弦が2本と言っても無数の馬の尾毛を使って、束ねています。 合計350本ぐらいだとか。 ただ、最近はナイロンを使うこともあります。 また弓にも尾毛やナイロンを束ねて使っています。 ヘッドに馬の頭の彫刻が施され、弦の裏に指をいれて引くこともあります。 音程等については専門外なので、詳しくご説明できませんが、 聞いた感想としては、引き手にもよるのでしょうが、 二胡の哀愁な音色に比べると幾分パワーがあるように思いましたね! ヤンピンはもちろん、初めて聞いたわけではないのですが、馬頭琴の本格的なコンサートは初めてでした。

 また、賽音吉雅さんのコメントによると、 馬琴頭は本来広大な草原のなかで引かれてきた楽器ですが、 これからはステージの上に持ち上げて、日本の皆さんに紹介していきたいそうです。 実は、ヤンピンは馬頭琴の演奏を聞きながら、途中から一直回憶(ずっと思い出していた)、 20数年前に 姜建華 さんが小澤 征爾さ んにスカウトされ、世界中のオーケストラ で二胡を引くようになった様子。 きっと賽音吉雅さんもこれからどんどん活躍をされていくのでしょうね~。 芸術が職業になるって、やはり羨ましいです。 しかし、持って生まれた才能ですよね! 素晴らしいですね!


ミニチュアの馬頭琴



 
 

随意談 第59号(2010年3月15日)   楊品瑜

 
~遊戯ㄅㄆㄇ(BPM遊び)~
 どのようにして子供たちに中国語を覚えさせるのかが、ヤンピンの課題でした。 親戚からは好多、好多(たくさん)の台湾版幼児教材を頂きましたが、 結局決断した方法は、やはり注音符号ㄅㄆㄇ(台湾で使われている発音記号)を覚えさせています。

 ヤンピンが日本語を覚えたように、基本の発音を早く覚え、実践に移ったほうが語学に興味も湧き、 成長の過程で、一時期忘れていてもまた思い出せるような気がします。

 ヤンピンは中国語会話教室も開催しているので、一文字の漢字に繁体、簡体、日本式漢字と一文字の漢字に対して、 3文字も覚えなくてはならないことがよくあります。 書き順も違うことがありますので、漢字を覚えるのだけで精一杯と行きたいところですが、 世の中は中国語だけではないのも悩みです。

 何はともあれ、子供たちにはとりあえず、ㄅㄆㄇをまず覚えてもらい、 将来、もっと中国語を勉強したいときには、アルファベット式の拼音(発音を組み合わせること) も覚えてもらいましょう。 また、数万とされる漢字を覚えてもらいましょう。 そして、台湾語も。そうそう台湾ではすでに小学校から英語教育なので、英語も頑張って頂きましょう。 参考ですが、台湾の高校では多くの学生が第二ヶ国語に日本語を選択しているそうです。 すごいですね!ヤンピンの子供たちは。。。 語学だけで、こんなに勉強をしなくてならないのに、将来何になるのでしょうね!  語学以外にも勉強しなくてはいけないことが一杯あるのにね!(大変ですね!)

 もちろん、母国語は一番大切です。ただ、外国語のある環境は子供の選択を増やせますね! かつて、堂弟(同姓の従弟)が初来日したときに、「我現在在東京呀!」(私は今東京にいるんだ!) と物凄く感動していると言われました。 どうして?と聞くと小さい頃、大伯父(ヤンピンの父)の日本人友人からお年玉をもらったことがあり、 その時、初めて外国人に会い、感激したそうです。 そして、覚えた日本語が「ありがとう」でした。 その後、堂弟は日本に留学に来ることはなかったのですが、日本をもっと知りたいと日本語を勉強したそうです。 堂弟は現在世界を跨ぐ大企業に勤め活躍しています。 子供の頃から一度行って見たい国、日本にやっと来られた。 とヤンピンに訴えていた表情は童心そのものでしたね!

 ぜひ、ヤンピンの子供たちにもさまざま感動を得て大人になって行ってほしいですね!  加油!(頑張れ!)


磁石になっている注音符号を組み
合わせ、遊びながら覚えていく教材



 
 

随意談 第58号(2010年3月9日)   楊品瑜

 
~向左走、向右走(ターンレフト ターンライト)~
 向左走、向右走(ターンレフト ターンライト)は少し前に台湾発で人気になった幾米(ジミー)作の絵本のタイトルです。 そして、映画にもなりました。 ヤンピンも幾米さんのブランド小物にはまり、台湾土産としてよく買っています。 時々、日本の百貨店でもお財布や小銭入れが売られていて、買うことができます。 それで、どうして「向左走、向右走」の話をしたいと思ったのかはですね、、、

 実は、先日教室でヤンピンが台湾で購入した幾米さんのブランドのピンクの小銭入れからヘアゴムを出したら、 教室でブランドが話題になったのです。 もちろん、ほしいとなったのですが、、、

 台湾の日系百貨店で購入したと説明したら、台湾へ行ったら探してくると言うのですが、まだあるのか不安です。 台北車站の目の前の百貨店で購入したことを延々と説明し、その後もちろん話題は「向左走、向右走」となり、 映画の内容をまで説明しました。 映画の内容は少し時間が経ているので、少々思い出すのに苦労しました。 しかし、最大の難関は出演している俳優さんたちを説明するのに、名前の段階での苦労です。 中国名だの英語名だの日本名だの、、、覚えきれないのが正直な話です。

 名前がなぜこんなに混乱したのか?  それはですね。。。 元々は中国名が英語圏で覚えにくいことから覚えてもらえるように、 著名人が各自で勝手にあだ名のように英名を作っていたのが、いつの間にか普通の人にまでが持つようになっています。 一部、西洋かぶれな気持ちもあったのかもしれませんが、ヤンピンみたいに覚えやすい名前はともかく、 やはり難しい名前もいっぱいありますからね!

 しかし、多くの華人たちが英名を持っている話は、教室でもしばしば質問され、茶話として話題になりました。 ヤンピンがなかなか馴染めないのはですね、 昨日まで普通に呼んでいた友人の名前が、突然今日から英名で呼んでほしいと言われた時です。 なかには、やっと英名で呼び慣れたのに、理由もなくまた違う英名に変わったからと言われたこともありました。 やれやれですね。。。


幾米さんのブランド小物



 
 

随意談 第57号(2010年3月2日)   楊品瑜

 
~収了好多禮物喔!
(お土産をいっぱいもらいました)~

 年末年始、そして教室の皆さん、友人、親戚たちからもいっぱいお土産を頂きました。

 真是謝謝大家!(皆様ありがとうございました)。 食べ物のほかに 中山之家 にもいっぱい賀年卡(年賀状) や関根稚恵 指導師からも剪紙(切り絵)をいっぱい哈爾濱(ハルビン)から送って頂きました。 謝謝関根稚恵指導師。とても嬉しかったです。

 頂いた剪紙は貼紙(シール)になっていたものもありました。 虎と福を選び、綺麗に剥がせるか? 少々自信がありませんでしたが、思ったよりも丈夫で、少々大げさですが、 精神を集中して、切らずに、綺麗に剥がせました。 また、額に入れて持ち運びたかったので、紙に一発で綺麗に貼れるか? 途中でくじけるかとも思いましたが、 光沢紙を使ったせいなのか、張りなおせて、完成時には達成感から、まるで大作を作った気分に浸っていられました。

 そして、もっとも受けた禮物は台湾の口罩(マスク)です。 台湾の華やかな口罩は定評(?)がありましたので、実物を見たら更に好評のようです。 手に持った時には、口罩の割には、少々重いように思いましたが、付けた感じは意外と安定し、 和装や寒さ避けに、日本の冬には最適かも。。。と思いました。 ただ、日本で使うのには勇気が相当必要のように思います!

 ほかに頂いた禮物には、お茶はもちろんですが、茶梅、緑豆糕、ドライライチ、 インスタントの珍珠奶茶、烏魚子(カラスミ)、ふかひれなどなどがありました。 日本中のご当地土産、美味しいものもいっぱい頂きましたよ!  お茶請けにと、茶芸指導師ならではのものが多かったのですが。 ヤンピンからは‘教室の皆様‘にと頂いたお歳暮でしたが、台湾椪柑(ポンカン)や日本各地の蘋果(りんご)を ささやかな禮物としても、教室の皆さんに持たせました。


台湾の口罩



 
 

随意談 第56号(2010年2月22日)   楊品瑜

 
~Horse Horse Tiger Tiger(馬馬虎虎→まあまあ)、
あたまこんくりーと(頭コンクリート)~

 ずいぶん昔ですが、ヤンピンが一年と少々で通った高校で、 当時流行った英語での諺に「Horse Horse Tiger Tiger」があります。 と言っても、先生が無理矢理流行らしたのです。 中国語の諺「馬馬虎虎」からの直訳で、「まあまあ」という意味です。

 調べた限りでは、意外と歴史ある言葉でした。 由来は宋の時代のとある画家が、虎の絵を描いている最中に、来客から馬の絵を描いてほしいと頼まれ、 画家は書き途中だった先程の虎の絵は頭までしか書いていなかったのでしたが、 そのまま馬の胴体を書き加え、依頼者に渡したそうです。 しかし、依頼者は馬か虎かよくわからない絵なので、いらないとなったそうです。 画家はその絵を家に飾っていたら、子供たちからこの絵は馬なのか?虎なのか?と聞かれ、 画家は子供たちにそれぞれ、「馬」「虎」と適当に答えたため、 その後、子供たちは馬と虎の区別がつかず、悲劇が起きてしまいました。

 「馬馬虎虎」は曖昧に答えるときにも使う言葉なので、 よい言葉か悪い言葉かに一概に分類できない言葉でもありますが、 日常によく使う言葉です。 使い方を間違わなければ、結構便利な言葉でもありますね!

 そして言葉遊びではないのですが、台湾で子供のころからよく耳にする日本語に 「あたまこんくりーと」を久しぶりに思い出しました。 日本語がしゃべれない人でさえ口にする日本語でした。 こちらのほうは由来がはっきりとわかりませんが、 ちゃんとした有史ある言葉と説明する人もいます。 頭が固いとか頑固という意味で使われています。 ヤンピンが日本で始めて使った時には、周りから唖然とさ れ、カルチャーショックを受けた言葉のひとつです。 「えっ?」、私、今、日本語をしゃべったよね!と思いましたが、 日本人に通じない日本語(?)だったように思います。

 言葉をいっぱい知っていると頭が混乱しませんか?と、よく聞かれます。 いつも決まって「いいえ」と答えてきましたが、今思えば、 単純に自分が混乱していることに気がついていなかっただけです。。。 哈哈(ハッハッ)!

 確かに一種類の言葉をきちんとしゃべれたほうが良いと思う時も多々とありましたが、 ヤンピンは生まれた時から数種類の言葉に囲まれた環境で育ってきましたので、 グローバルの時代、ヤンピンみたいな人も必要なのかなぁー。と思うこの頃です。


張炳煌 先生による書『茶禅一味』
台湾の書法家 張炳煌先生(台湾西門紅樓
の建物の看板文字などで有名) に頂きま
した。軸装するようにということでしたが、
ヤンピン家のリビングに飾るために、額に
入れてみましたが、いかがでしょうか?
Horse Horse Tiger Tiger (馬馬虎虎)ですか?


 
 

随意談 第55号(2010年2月15日)   楊品瑜

 
~恭禧發財
(おめでとうございます。お金が儲かりますように!)~

 旧正月になると、台湾では恭禧、恭禧、恭禧你の歌が鳴り響き渡りますが。 なぜなのか、露骨ですが、昔から恭禧發財は永年の新年の挨拶語となっています。

 今年の過年(正式には‘過旧暦年‘、旧正月のことです。中国語では春節とも言います。)は、 大年初一(元旦)が2月14日です。 つまり除夜は13日です。 大年初二回娘家(嫁に出た娘の里帰り日)は15日、旧正月十五日は元宵節で、 元宵(湯圓とも言い、餡が入った白玉団子です。)を食べ、 提燈籠(ランタン提げて町中を歩き回ります。現在は廟などにさまざまなランタンが飾られ祭りにもなっています。)で、 一連の旧正月行事がひと段落となります。 また、今年の元日は前にもご紹介した 西洋バレンタイン と重なるので、どのようなにぎわいを迎えるのかが楽しみですね!

 旧正月では、こだわりの料理を食べて、新年を迎える行事はヤンピン主宰の教室でも毎年やっています。 ヤンピンには2人山東省出身の嬸嬸(父方の弟たちのお嫁さん)がいますので、 嬸嬸たちから中国東北の旧正月の過ごし方、風習、料理数多く教わることもできました。 なので、教室でも紹介しています。

 実は、ひとつどうしても日本で出来ないヤンピン家の正月行事があります。 それは、除夜に新年を迎える延々と続く爆竹です。 子どもの頃はご近所のお友達と数え切れないほど、やりました。 思い出もいっぱい、もちろん、いたずらもありましたが、まぁ、それは過ぎたこととして、、、です。 そういえばヤンピンの子どもたちが小さい頃に、台湾で新年を迎えると、 夜中に突然の爆竹音に驚き、泣きぐずったのも懐かしいです。 今は、まるで他人事で、先頭に立ってはりきっています。

 旧正月と言えば、子どもたちにとて、最大の楽しみは 紅包 をもらうのが、 正月の最大の楽しみですね!  ヤンピンの実家ではイベントにもなっています。 家長から励ましの言葉を頂いて、良い新年を迎えるのです。 かつて、母方の祖母の60か70歳(数え年なので)祝い兼ねての新年には”三叩九拜”という伝統礼儀を経て、 やっと紅包を頂いたことが強く記憶にあります。 しかし、三叩九拜については、正しい拝みかたはあるようですが、どれが正しいのかよくわかりません。 ヤンピンは両親の指示により拝みましたが、今となっては自己流でしょうね!(哈哈ハッハッ)

 今年は台湾へ帰って旧正月を過ごせませんでしたが、非常思郷(ホームシック)ですが、 教室の皆さんと旧正月が過ごせるので、やはり幸せです。 恭禧! 恭禧! 恭禧發財!


ヤンピン家の人気おかず
「普洱茶のポーク煮」


 
 

随意談 第54号(2010年2月11日)   楊品瑜

 
~大難不死、必有後福
(大きい禍から生き延びたら、のちに必ず福がくる)~

 今回は「大難不死、必有後福」という俗語をタイトルに選びました。 危ないことに遭われたときに、よく使われる励ましの言葉です。 日本では似たような諺に「災い転じて福となす 」とありますが、 「大難不死、 必有後福」では降りかかった禍を転じるのではなく、 「そのときをしのげば、いずれ「福」がやってきますよ!」という願いが込められ、使っています。 英語にも似たような言葉に「Bad luck often brings good luck. 」や 「Good comes out of evil. 」などなどがあります。 お国によっては多少使い方が違うようですが。。。

 そういえばOL時代に、イギリス人、オーストラリア育ちのアメリカ人と三者で共通語の英語での打ち合わせをしていた時に、 ヤンピンが使った「Fruits boutique」(フルーツブテッィク、会社が本社ビル改装のために作った造語で、キャッチフレーズでした)が、 イギリス人の方から使い方がおかしいと指摘され、「Boutique」(ブティック)は洋服屋さんに使う言葉で、 フルーツ屋さんでは使わない話に始まり、おっしゃる通りと思いつつも、 フォローに入ったた同席のアメリカ人の英語もところどころおかしい話にすり替えられ、会話が終わったことがありました。 確かにアメリカ英語とイギリス英語の違いはありますが、同席したアメリカ人にはオーストラリア訛りもあったので、 指摘されたようです。

 正直、この時の高度すぎる英会話のディスカッションに、ヤンピンはついていけず、 非常抱歉(申し訳ございません)、指摘された使い方の違いまでは記憶していませんが、 傍観者(傍聴者)になって、そうか、 オーストラリア英語(方言というのでしょうか?)もあったのかと関心していました。 でも、言葉の綾を楽しんでいるようにも見えましたね!

 中国語も元々種類が多く、ヤンピンは閩南語も話すので、閩南語と標準語でしか通じない言葉の綾があります。 よく教室で紹介する標準語の「客人来了」(お客様が来ました)は、閩南語で漢字を当てると「人客来了」となります。 なので、人は来る前から客なのか?来てから客となるのか?のジョークを言い合います。

 このような言葉遊びと言ってよいのかわかりませんが、世界の華人たちは大好きなのです。 日本でも中華料理店などでよく見かける、逆さまになった「福」や「春」は、 単に逆さまの「倒」と到来の「到」の発音が同じだから逆さまにして、 福や春が到来することを祈って、縁を担いでいるのです。 また、双喜のマークは偶数を好むことから、双喜臨門(喜ばしいことを同時に二つ迎える)、 なのでヤンピンの教室では茶器は人数分用意するのではなく、偶数で用意します。 もちろん、「四」を避ける傾向はありますので、紅包では36や38、 日本では中途半端に思う数字を包むのはよくあります。

 中国語でめでたい席でものを割ったときに、 必ず周りからおまじないのように出てくる俗語に「歳歳平安」という言葉があります。 中国語の砕けた「碎」と「歳」が同じ発音なので、 物は割れたけど、「平安」や「平安没事」(直訳は何事もなく、という意味)を付け加えて、 何事もなかったことにして、嫌なことを忘れるようになだめるのです。 子供の頃は「邪気を飛ばすために言っているのかなぁ?」とも思いましたが、 きっとそういう気持ちもあるような気がします。 また、「你好!(こんにちは!)」や「最近怎麼様?(最近いかがお過ごしですか?)」と聞かれたときに、 「平平安安、没事」や「平平凡凡、没事」で返事することもよくあります。 なので、「平安」は安らぎを与えてくれる言葉でもあります。 中国語に興味がある方は参考に覚えておくと便利ですね!


虎と同じくネコ科?!
台湾製キティーちゃんの紅包袋
(今年の 圍炉 で使用予定です)


 
 

随意談 第53号(2010年2月4日)   楊品瑜

 
~照片好難照?!(写真が撮りにくいです)~
 1月の指導師コースの教室はお土産尽くしで、お茶、食べ物や写真などなど、 本当に謝謝大家(みんなさんありがとうございます)です!  機会があれば、頂いたお土産を順次ご紹介したいと思いますが、 まず最初に、「噴水西瓜與青蛙」(噴水する西瓜と蛙)をご紹介します。

 前にも教室で、足?いやいや 知足常楽 をご紹介しましたが、 さらに進化したものを米田指導師が上海の茶芸館で見つけて来ました。 それは、茶湯をかけると蛙の口から勢いよく水が噴射される不思議なオブジェです。 とても風流な茶遊びでしょう!

 ほかにも噴水する烏龜(亀)や水牛變黄牛(水牛が黄色に変身)がありました。 これらの遊びには中国人特有のジョークも含まれていますので、実に面白いです。 米田指導師によれば、「教室に持って来て共感頂けたのは、大変よかったです」、と。 やはり、普通の日本人には何が面白いのか???  不思議に思うようです。 また、目にも留まらなかったそうです。 でも、教室では大うけしました。 そして、大変楽しいひと時を楽しめました。 真是謝謝、米田指導師!(本当にありがとうございました!)

 ところで、噴射する瞬間をヤンピンの写真技術で撮るのには、大変苦労しました。 家族総出でてんやわんやで撮りました。 なんとか蛙の口から水が噴射されているのがわかりますか? 言い訳になりますが、水って、素人には実に撮りにくいです。。。

 そうそう、水が勢いよく噴射するのには、ちょっとしたコツが必要です。 ここでは少々意地悪をさせていただき♪秘密♪です。 ネタばらしは教室でね~!


ヤンピンが頂いた「噴水西瓜與青蛙」


 
 

随意談 第52号(2010年1月27日)   楊品瑜

 
~一張比一張大(サイズを比べています)~
 旧正月を前に台湾からビッグな賀年卡(年賀状)が届きました。 写真ではわかり図らいのですが、サイズはA4サイズです。 これでも小さいサイズだとか?  でも、ちゃんと日本に届くサイズにしてくれたのだそうです。 非常高興(とても嬉しかったです)!

 ヤンピンは、日本から送り出す、いわゆるグリーティングカードはいつもワンパターンの富士山、 鶴、桜柄を購入しています。 変化がずっとなかったので、昨年は新たに城シリーズを加えました。 聖誕老人(サンタさん)や聖誕樹(ツリー)などのクリスマス柄はクリスマスシーズンにしか使えないので、 なかなか送る賀年卡に変化が乏しいのも現実です。

 また日本では、気の利いたカードはクリスマスシーズンにしか買えないので、 旧正月頃には大半の店では売っていないのも難点です。 なので、前もって予測し、多めに買い貯めるか、わざわざ観光客が来るようなところへ行って、 お土産用の日本風のカードを探して来てやりくりしています。 なんだかんだ、やはり和風のものは喜ばれます。

 最近、日本の四季や行事にあわせたカードの販売を時々雑貨店で見かけます。 時期が合えば使うこともあります。 例えば、旧正月が2月中旬にずれ込んだ年には、雛人形のカードを使い、 雛人形の習慣も紹介したことが一度ありましたね!

 しかし、幸せなことなのか否か、日本の年賀状、欧米の友人・親戚への年賀状、 そして旧正月圏への年賀状などなどで、ヤンピンは毎年3月近くまで、まだまだ賀年卡を書いていますよ☆☆☆


頂いたA4サイズの封筒
切手にも注目してほしいです


入っていた特大サイズの賀年卡



 
 

随意談 第51号(2010年1月21日)   楊品瑜

 
~黒橋牌香腸(黒橋ブランドの腸詰め)~
 多くの台南人はなぜか、数多くの香腸ブランドがあるのにも関わらず、黒橋牌の香腸が好きなのです。 台南味は一般の台湾家庭料理に比べ、砂糖を使うので、少々甘いのが特徴です。 これには、かつて製糖工場があったからだと言われています。 なので、黒橋牌の香腸は甘く香ばしく、ヤンピンも大好きです。

 食べ方はいろいろですが、意外と手間がかかります。 一般的には一旦蒸して、なかまで火を通しておきます。 そして、油を引いたフライパンで焦げ目を付け、食べやすいように斜めにスライス切りします。 屋台でも売られていますが、家庭と一味違うように、炭火で焼いたのをよく見かけます。 ヤンピンの外祖母(母方の祖母)は炊きたての炊飯器に入れ、蒸らし、そしてフライパンで焼いていました。 蒸らした時の汁がご飯にしみ込み、また美味しいのです。

 ヤンピン的には隠れ台南名物に「呉郭魚(Tilapia)」をお薦めします。 呉振輝、郭啟彰両氏がシンガポールから養殖用に導入した魚で、台湾では両者の苗字を取り「呉郭魚」と呼んでいます。 正式には「羅非魚→ピラニアの一種」だと思います。 台南に養殖池があるのです。 台南親戚からよくご馳走になりました。 ピラニアは日本では一般に食べませんが、 なぜか冷凍した食用ピラニアを郊外の大型お肉の卸売りセンターで買ったことがあります。 先日久しぶりに食べたのですが、やや骨が多く、臭みを強く感じました。 昔は美味しい、美味しいと食べていたのですが、ヤンピンの舌が変わってしまったのか、 たまたま料理の仕方が悪かったのか。。。でしたが、ともあれ、台南に行ったらぜひ試してみてください。

 実は外祖母家に居候していた頃、外祖母はよく手づくりの烏魚子(からすみ)、 肉鬆(お肉と漢方のふりかけ)、香腸を作って食べさせてくれました。 市販のものとはもちろん味が違いますが、台南味は一般に甘いのですが、 外祖母が作った香腸だけは何故かものすごくしょっぱかったです。 話によるとやはり保存を考えてのことだったそうです。 そういえば、食糧事情もありますが、日本の巻きすしを作ってくれた時に、すし飯が黒かったこともありました。 一般家庭では黒酢しか使わなかったからです。 外祖母はとても良妻賢母でしたが、今考えると一生忘れない滑稽話も多くありましたね!  懐かしいなぁ~。





 
 

随意談 第50号(2010年1月14日)   楊品瑜

 
~酒盃(盃そらぎゅう)~
 ヤンピンはほとんどお酒を飲みませんが、今年の日本での正月は、 なんとなく「そらぎゅう」を出して使ってみました。

 熊本の天草に遊びに行った時にわけもわからずに買った、縁起の良いものらしいのですが、 漏斗型のお猪口なので、一気に飲み干さないと卓上に置けないお猪口です。 底に小さな穴があるものもあるらしいです。 購入したものは、海鼠釉(なまこゆう)の元祖とされる水の平焼きです。 海鼠色は中国の影響を受けたとの説明に引かれ購入したのも一因です。 購入したものはもっとも有名な藍紫色ではなく、工房作かもしれませんが、 名人が作ったものらしいです。

 ヤンピンの研究テーマのひとつとして、昔の先人が日本に渡って、 どのような交流が日本の皆様とあったのかを調べる時間旅行を時々しています。 現代と違って昔の人たちは、どのようにして日本に来たのか、またなぜ来たいと思ったのか、 とても不思議に思ったからです。

 ヤンピンのご先祖もどうして、文明がそう現代化していない時代に 天気予報が発達していたわけでもない時代に、黒水溝と呼ばれた台湾海峡を渡って、 台湾に住み着いたのか。やはりその時の冒険心、開拓精神に興味があったように、 やはり日本に渡ってきた先人が気になります。 ある意味では、時代は違いますが、ヤンピンも海を渡ってきた冒険者の一人ですからね! (ヤンピンは飛行機を乗ってきましたが)

 では、今年もよろしくお願いします。請多々指教!


水の平焼き「盃そらぎゅう」


 
 

随意談 第49号(2010年1月8日)   楊品瑜

 
~下棋(象棋をする)~
  「下棋」とは中国語で、駒を使った遊戯(ゲーム)をすることの総称ですが、 「象棋」(シャンチー)は中国将棋と訳す方もいます。 順番はよくわかりませんが、囲碁、チェスと並んで世界三大競技人口が多いボードゲームとされています。 とりあえずここでは、象棋をご紹介したいと思います。

 日本の将棋に通じるところもあるようですが、ヤンピンは勉強不足で、象棋しかわかりません。 象棋は二人で対戦するゲームで、古くからある遊戯です。駒は決まった動きがあって、 上手に駒を動かしながら、相手の戦陣の将軍駒をとれば勝ちです。

 茶館が盛んだった時代では、茶館のなかで、茶を飲みながら囲碁と並んで人気なゲームです。 前にも紹介した台湾の西門町中華商場には確か、 どこまでも続くワンフロアに、象棋や囲碁に夢中になりながらお茶を飲む男たちの茶館があったように記憶しています。 通路となっている走廊(廊下)が通り抜けにくいほど、皆さんの気迫溢れる真剣勝負の光景は、 今でもはっきりと覚えています。

 写真の象棋セットはヤンピンが台湾から持ってきたものですが、 父は強すぎてヤンピンは対戦相手になれません。 ヤンピンはすっかり対戦する相手もなく、月日が立ちました。 しかし、先日父が孫に象棋を教えているところを見ていたら、 そういえば中山之家にも置いてあることを思い出しました。 そしてなんとなく、ムズムズしてきました。 でも、象棋は相手がいないとできないのですよね!  子供たちに頑張って覚えてもらいましょう。。。


象棋の駒の並べ方


 
 

随意談 第48号(2009年12月31日)   楊品瑜

 
~夏威夷産的鳳梨(ハワイ産のパイナップル)~
 台湾語の鳳梨の発音が中国語の標準語の「旺旺来」や「旺旺升」に音が近いことから、 パイナップルは縁起ものとなっています。 「旺旺来」は幸運がどんどん寄せてくる、「旺旺升」はどんどん昇進します。の意味があります。

 ヤンピン家ではあちらこちらと鳳梨が飾られています。 というより自然に集まりました。 鳳梨は食べ過ぎると舌がしびれるので、ヤンピンは子供のときはよく同居していた祖父に対して怒りました。 阿公(台湾語のおじいちゃん)がこんなものを買ってくるからと。 食べるたびにいつも、いつも阿公に文句を言っていました。 かといって懲りずに、食べ過ぎるヤンピンでした。 なので、鳳梨には阿公に対する深い思い出があります。 因みにこの話は大人になった今でも親戚から言われるほど、有名だったようです。

 台湾でよく鳳梨と並んで、飾られるのは大根です。 大根は台湾語で「菜頭」標準語の「好彩頭」と音が近いので、選挙や正月によく飾られます。 「好彩頭」は好い始まりという意味があります。 飾り方は一般に大根に赤い紐を結んで、玄関先に吊します。

 しかし、数年前に台湾の親戚家で見た大根の盆栽には驚きましたね!  偶数は縁起が良いので、立派な鉢にどうやら白い大根二本を刺しただけの盆栽でした。 どう感想を述べてよいのか。。。 大根の盆栽を見たせいか、その後別の親戚家で、 カービングした巨大なラディシュ(それとも赤かぶ?)が、 藤の籠の中心にお花と一緒にアレンジメントとして飾っていたのには、大変芸術性を感じましたね!  聞いたところによると、某有名な日系の百貨店内の花屋さんで購入したそうです。

 ずいぶん前にイクスピアリで、写真の夏威夷(ハワイ)産の鳳梨のポプリを購入しました。 18cmほどのものですが、購入したお店にはミニチュアのものもいっぱいありました。 夏威夷では、間引きや出来損なった鳳梨をポプリにするそうです。 ずいぶん年数は経ちましたが、今でも、ほのかな鳳梨香(パインナップの香り)がします。

 実は鳳梨のポプリの存在は、OL時代から知っていました。 当時勤めていた会社は、夏威夷産フルーツの宣伝活動を兼ねた教室も行っていて、 お手伝いもしていたので、いろいろと教わりました。 なので、お店で目に付いた途端、すぐに購入しました。 夏威夷産だからなのか、なかなか萬事(すべてのこと)が「旺旺来」や「旺旺升」といきません。 だけど、平々凡々なのが御利益なのかもしれませんね!  今日も無事に一日を迎えたことに、感謝、感謝です。 そして、日本風に皆さん、良いお年をお迎え下さい。 良いお年を!(祝大家新年快楽!)


「旺旺来」or「旺旺升」


 
 

随意談 第47号(2009年12月25日)   楊品瑜

 
~做媽媽難(母になる難しさ)~
 ヤンピン已經做十幾年的媽媽了(十数年お母さんをやっています)!  異国で子供を育てる難しさ、しみじみと感じています。 カルチャーショックを受けながら、挫折して、幾度も台湾に帰ろうと思いました。 いつも教室の皆様に励まされ、癒しを求めて教室にお見えになった方々にまで、 愚痴をこぼす有様、真是謝謝大家的關懐(皆様の気遣いに感謝しています)です。

 子供が小さい時はよく、教室の皆様とも茶畑巡りの旅行をしました。 そして、よく抱っこもして頂きました。 そうこうしているうちに、子供が学校の家庭科でお茶を入れることとなったのです。 中国、日本の伝統文化をどう同時に子供に教え込むのか、 日々悩んでいますが、媽媽は中国茶の先生なのに、と思いつつ、 知っている限りの日本茶のお手前を簡単に子供に教えました。 幸い、京都に住んでいた頃の恩人から日本人と結婚するのでは?と日本茶の入れ方、着物の着付け、 家庭料理と教わりました。 中国茶を通して、多くの茶道の茶人との交流や茶会への出席、 また日本茶を教養として習った多くの先輩がたが教室の受講生として、 在籍頂いているので、ヤンピンもいろいろと教わりました。

 招待された明治神宮の茶席での失敗を思い出すと、ヤンピンもずいぶん成長したように思います。 茶席での失敗?、はいそうです。 まず、正座ができませんでした。 途中でいろんなかたにお助け頂いたのですが、せっかく家元から頂いたお茶の味の記憶もなく、 ただただ足がしびれ、失態続きでした。 また、懐紙を使うことも知らず、勉強になりましたね。。。

 子供たちには将来国際交流に貢献できるように希望していますが、 思っていたより、今の環境は外国人に対する差別もなく安心しています。 親のほうが、タジタジ、ドタバタですが、まだまだ媽媽業は奮闘中です。 ただただ、自我加油(自分で油を入れる→自分にがんばれ→がんばろう→無理なくがんばりたいと思います。)!  の日々です。

 では、祝大家聖誕生快楽(メリークリスマス)!


子供たちと作った龍井茶の冬瓜スープ
彫刻にも頑張ってチャレンジしました


子供たちの作品、中山之家にて


 
 

随意談 第46号(2009年12月19日)   楊品瑜

 
~喝也喝不完、談也談不完(飲んでも飲んでも飲み切れません、話しても話しても話し切れません)~
 中山之家を訪れる度に増えていると言われているお茶たち、最初は関心頂けるのですが、 いつの間にか、いつもの光景として慣れて来るようです。 中山の家がオープンしたときは、空っぽだった棚は今ではぎゅうぎゅう詰めです。 もちろん、今までヤンピン主宰の教室で飲んだお茶はこんなもんではありません。 数百種類はあるかと思います。 そして、保存し、ねかせているものもありますので、 1000種類を終点にしたいと思ったら、折り返し地点なのでしょうか?  ということはあと20年は教室をやらないといけないてことなのでしょうか?  →頑張りましょう。。。

 実は、このお茶たちは、受講者たちが頑張って探したものも多く含まれています。 さまざまな思い出とともに、今では教室の誇りでもあります。 持ち帰ったパッケージまで、保存していますので、時代の移り変わりを見ることもできます。

 そういえば先日、年末年始、旧正月期間中の教室では、いつもいいお茶を飲むので、 教室で久しぶりに普洱茶をやりました。 12月の教室では、毎年飲んでいるねかした散茶の普洱茶以外に、団茶の餅茶もご用意しました。 そして団茶を淹れる前に、ヤンピンは、 最近日本でも見かける普洱茶の団茶を切るピック(またはナイフ、茶刀とも言うらしい)を使わず、 上品とは言えない手でちぎったのです。

 確かに、昔からよく書物に「切茶」の表現があります。 かつてはよく講演で「切茶」茶葉をどうやって切るの?とのご質問がありました。 →それはですね! 簡単に説明すると、昔の中国茶の形態は今みたいなパラパラのお茶ではなく、 固まった状態の団茶の時代がありました。 明の時代に製茶技術が向上し、散茶(パラパラのお茶)が作られるようになったようです。 なので、お茶を淹れる前には「切茶」を行うのです。 かつては切茶=茶を淹れるに通じてしまうこともあったようです。 切茶は直訳すると”茶を切る”ですが、ここが翻訳の難しさです。 茶を切るには必ずしも道具を使って切るとは限らないのです。 道具を使う場合には正しくには道具名を指定しないと手で切ってもよいわけです。 また、ちぎるは主に「撕碎」と訳されると思いますが、 撕碎は紙をちぎるには使っても、茶にはあまり使わないと思います。 →とまぁ、話しても話しても終わらないこのような茶話をしています。




 
 

随意談 第45号(2009年12月14日)   楊品瑜

 
~中山之家的秘密(中山之家の秘密)~
 説老實話(正直にお話しします)、中山之家の看板には秘密がありました。 由来は大家さんが前にギャラリーを運営した時の看板をリサイクルしたものですが、 きれいな看板に作り直したのは、下総中山駅中山商店街にある老舗の和菓子屋さん (知り合った時から営業年数が80数年と聞いています)「松月堂」の店主父子が共作で作ってくれました。 お父様が字を書いてくださり、息子さんが彫刻し、看板に仕上げたのです。

 知り合ったきっかけは、 ヤンピンがいつも茶芸教室でお世話になっていますギャラリーうえくさ兼民芸アルテサーナ経営者の植草さんのご紹介です。 植草さんとともに、松月堂の若旦那は商店街の活性と町興しのボランティアを沢山されていまして。。。  土地柄法華経寺に通じる商店街は船橋市、と市川市が入り組み、かつては行政上の弊害もあったようですが、 今では中山地区として活動が認められ、活気を得ています。 因みに同じ商店街にあるのに、ギャラリーうえくさ兼民芸アルテサーナは船橋市に所在、松月堂は市川市所在です。 また、ヤンピンを応援したきっかけも商店街の活性化に役に立つのでは?からが始まりです。

 事の経緯は、なぜか植草さんから松月堂のご主人は書がうまい話を教わりました。 しかし、字を書いてもらってもどのようにして看板にするか、ヤンピンは困っていました。 日ごろ挨拶程度の知り合いの息子さんに思い切って相談したところ、ボランティアで作ってくれることとなりました。 最初は、半信半疑でしたが、責任感の強いかたのようで、 かつて同じくボランティアで作った幾つかの看板を一緒に見にいきました。 とても素人のかたが作ったものとは思いません。 お堂の表札もありましたので。 お店の和菓子はもちろん、抜群に美味しいのですが、こちらの才能にも感動しました。

 下総中山の駅は先日、やはり、松月堂の若旦那を中心にクリスマス飾りが飾られ、 きらびやかな夜空となっています。 寒い冬に、元気をもらっていますよ!  謝謝です。

 写真の看板はクリスマスに合わせて、少々イメージチェンジしました。 飾りのポインセチアはヤンピンの媽媽がオープンの年に用意してくれたものです。 こちらもヤンピン流にリサイクルしました。 てんやわんやと中山之家も、クリスマスに加え冬支度です。 実は、中山の商店街は散策したあとにお休みする喫茶店が少ないので、 個人商店の方々が休憩用にボランティアで椅子を無料で提供しています。 中山之家も協力頂けないかとのご依頼があります。 ただ、中山之家は商店街と逆の南口にありますのとヤンピンのキャパが追いつきません。 ですが、今年の年末年始は初詣のかたにお休み頂けるように検討したいと思います。




 
 

随意談 第44号(2009年12月8日)   楊品瑜

 
~有頭有尾、有始有終 (頭があってしっぽがある、始まりがあって終わりがある→やり遂げる)~
 自宅に飾ってある完成までに2年間かかったスウェーデン刺繍は、 縦140センチ、横22センチのヤンピンの大作(自称)です。 通常は2年間もかからないとお思います。 ヤンピンは挫折を繰り返したからです。 途中数回捨てようとさえ思いましたが、捨てられず、しまっては出しての繰り返しでした。 そもそもどうして、こんなことをしようと思ったのか???  幾度も自分に呆れています。

 スウェーデン刺繍とは何かも分からずに始めてしまったのですが、 裏に玉を作らず上手にほどけないないように刺繍していくコツは勉強になりました。 しかし、思いもよらなかった最大の難関は、刺繍することよりも、糸探しです。 買ったキットは6本の細い糸が一本になっている刺繍糸から、 2本ずつ細い糸を抜き取って刺繍していくのですが、残った糸の管理が難しかったです。 まだ次に使うからです。 刺繍糸の種類は100近くあったので、結局ヤンピンはボール紙にパンチで穴を開け、 糸の番号を書き、残った糸を1種類ずつ穴に通して、軽く縛りました。 根気がいりました。 ヤンピンにとては、精神修行でした。 挙句に、完成後は、壁に無造作に虫ピンで止めていたので、 来客にはなかなか手づくりと気付かれず、どこかの国の機械刺繍土産と思われていたようです。 悲しかったです。 せっかく名前も刺繍してあるのにー。

 結局挫折を繰り返したスウェーデン刺繍は、完成後約10年を経て、 皆様のアドバイスを受けて、数年前にやっと額に入れました。 少しは大作に見えますか?  結構出費したのですが、額装頂いた店からは凄く褒められ、展示したいとまで言われました。 嬉しかったです。 本当に、やり遂げる大切さを学びましたね!  本当に「做事要有頭有尾、有始有終」(何かをやるときには必ずやり遂げる)と思いました。 なので、ヤンピンの大作は今日も家族の一員として、我が家の喜怒哀楽を見つめてもらっています。




 
 

随意談 第43号(2009年12月1日)   楊品瑜

 
~世界文化遺産 土樓(世界文化遺産 土楼)~
 教室出身の指導師から 土樓 の写真が届きました。 最近行ったものではないのですが、 やはり中国茶の勉強をしているといろいろ関係するところへ行ってみたいようですね!  参考になります。

 土樓とは一族が外部からの襲撃を守るために結束し、 土と木で作った要塞のような巨大なマンションです。 形は主に円、角、楕円型があります。 ほかには、八卦の形や中国のお城のような五鳳楼と呼ばれるものもあります。 主に福建、江西、広東三省の境にあります。 現在も3000棟残っていて、 一帯は「福建土樓」として2008年7月に世界文化遺産に登録されました。

 70年代までの研究では土樓と言えば客家の方々が住んでいたとされていましたが、 最近の研究では閩南(福建省南部)人が先に円形の土樓に住んでおり 客家人の移住により、四合院などの建築を取り入れた土樓がその後発展したのだそうです。 土樓の研究は実に最近で、かつてアメリカの衛星写真に映ってしまい、 核サイロに似ていたことで、国際的に誤解を招いたこともあったそうです。

 一時期の「福建土樓」は、若者が出稼ぎやより便利な都会を求め村から出て行ってしまい、 住民の高齢化が進んでしまったそうです。 また、老朽化と現代的な衛生設備が整わないことで、 移住し、観光客に開放した土樓もあります。 これからは、世界文化遺産に登録されたことで観光客の増加が期待されていますので、 若い世代が戻ってくるといいですね!

 土樓についてはヤンピンは子供の頃、 教科書やどこかの博物館で模型を見たことがありましたが、 本物を見てみたいとまでは思いませんでした。 しかし、悠久な中国茶の歴史に長年関わってきた成果なのか、 教室でもよくお茶の歴史探索のツアーをやっていますので、 自分のルーツ探しも兼ねて、タイムスリップした気持ちで訪れてみたいですね!


土樓での茶席。蓋杯式です。蓋杯に赤い
中国結びがついています。教室でいろい
ろ勉強してから訪れると、身体に感じる
ことがより多いようで、受講者が思わず
茶席での写真も撮ってきてくれました。


 
 

随意談 第42号(2009年11月21日)   楊品瑜

 
~家傳秘方(家に伝わる秘方)~
 台湾の迪化街の漢方薬店で、十数年前に客家人の「家傳秘方」として、 感冒(風邪)をひいたときに食べるお茶を購入してからは、 ヤンピン家でもこれらのお茶を感冒をひきやすい季節に「家傳秘方」として常備しています。 さまざまな漢方生薬とお茶が練りこまれ、少々ねっとりとしますが、 感冒のひきかけに少し切って一日数回に食べています。

 日本では薬事法が厳しいので、医療に従事していないヤンピンには効果効能は唱えられませんが、 台湾では、なかなか西薬(西洋医学による薬)では治らない酷い咳の風邪では、このような漢方利用が一般的ですね!  ヤンピンは中国茶のお陰なのか、あまり感冒をひきませんでしたが、 子供たちは日本の保育園に行くようになってからは、次々と感冒(風邪)となり、 子供に食べさせようとチャレンジしました。 最初は子供たちはもちろん、素直に食べてはくれません。 匂いだけで逃げ出す子、鼻をつまむ子や急いで水を飲む子、毎回延々とぐずり、 大変な面もありましたが、今では子供のほうから、”慣れた”ちょうだいとなることもあり、 なんとなく続いています。 もちろん、この先も一生感冒をひかずに済むとは思いませんが、食生活の改善も図り、 成長とともになんとなく丈夫になったように思います。

 お茶の健康法としては、 お茶を食べるほかには、普段から定期的に烏龍茶の茶浴も行います。 子供たちは小さい頃、よく湯船に浸かりながら、茶湯をすくい、媽媽可不可以喝→ママ飲んでもいい?と聞かれました。 焦りましたが、もちろん、入浴に浸かった茶湯は飲むのはやめましょうね!と指導しました。 しかし、茶浴は風呂釜に茶渋が付くことが難点ですが、気持ちよいので続いています。


台湾の大手茶業公司で販売されている
食べる健康茶です。きれいにカットさ
れていますので、とても便利です。


 
 

随意談 第41号(2009年11月16日)   楊品瑜

 
~茶帯来了什麼東西?(お茶がもたらしたものとは?)~
 資料を整理していたら、りっぱな方々が書いた茶経の資料が出てきました。 父が頂いたのですが、ヤンピンが預かりました。

 このまま引き出しにしまおうかと幾度も思いました。 教室では紹介済みですが、やはりもったいないので、存在自体を公表しようと思いました。 中身はすべて手書きのコピー、表紙のサイン等は自筆です。

 教室を長年やっていると、取材も含め、やはりさまざまな人たちと出会います。 ヤンピンはお茶のおかげだといつも思って、感謝しています。

 たまにどうしてあなたは先生ができるの?と質問されます。 確かにそうです。 もともと自分から進んでやったわけではないのですが、 なぜ、今だにやっているのでしょうかね?とヤンピンも思うことがあります。 正直、いっぱい勉強しました。今も勉強しています。

  OL時代に始めた頃は右も左も分からず、20年前では受講者のほとんどが年上でした。 また、お茶に精通した人生の先輩ばかりで、直木賞作家もいらっしゃいました。 なので、緊張と不安が一杯の中での教室開催でした。 教室が始まる前には、決まって裏で「できない~」と大泣きをしていました (今では信じてもらえないのかもしれませんが、本当の話です)。

 いつも 天野室長 が、ヤンさん自然でいいのよ!  今持っている知識でいいのよ!  と励ましてくれました。 あとは会社の同僚がフォローしてくれていました。 仲間の大切さを教わりましたね!  またいつも外国人扱いだったヤンピンが、日本社会に打ち解けた瞬間が中国茶芸教室だとも思いましたね!

 きっと大変だった始まりが心地よくなり、哈茶族になったのですね! その後、教室運営についても多くのことを学習しました。 ヤンピンは100人の講 師がいれば、百人百様(百人いれば、百通り)、 100通りの中国茶の学問があるべきだと思っています。

 ちなみに、哈(ハー)は台湾語からの当て字です。 はまる、合う、好きの意味があります。 参考ですが、台湾ではご馳走を出された時に”哈味”(お口に合うかどうか)が使われます。 また、台湾の漫画家哈日杏子の造語で「哈日族」は、 日本にはまった族、つまり日本好きな人達たちとして使われていることでも知られています。

 話しは少々反れましたが、中国茶はお手前より、大事なことが一杯あるのです。 一部では日本の茶道のようなことを真似たと思われる部分もあるのですが、 やはり中国茶は形より、「生活芸術」、つまりいかに自分が思う芸術的な生活を送れるかの立役者なのです。 茶芸教室を始めた頃によく上司に言われたのが、茶の芸→パフォマンス、で終わらないようにね!と。 今も肝に銘じています。

 長い歴史の中で育まれてきた中国茶は、皇帝や有名人に飲んでもらったなど、 さまざまな故事や薀蓄で価値がつけられてきました。 なので、教室では癒しを求めて飲んでいるだけの人も多くいらっしゃいますが、茶の薀蓄、美学、少々の哲学を求めて飲む人もいます。 また、中国茶を勉強したことで、自分のルーツ、日本人だから、日本茶をも勉強するかたが多くなりました。 とてもよいことですね!

 ヤンピンも長年の勉強のお陰で、 やっと父の友人たちが書いた茶の書を少し理解できるようになってきたように思います。 20数年の間に日本語の能力もアップしたように思います。 最近では、講演での日中のお茶の交流についての対応も少しできるようになってきたように思います。 大学では苦手だった日本美術史も引っ張り出して、勉強しなおしています。 博物館実習も含め、 4年間ヤンピンを指導した日本美術史の冷泉先生(上冷泉家第25代当主)の教えもやっといかされるのでしょうか?  最近つくづく美術史を勉強してよかったと思っています。


佐伯富編 青木正兒博士譯註
『茶 経 索 引』


 
 

随意談 第40号(2009年11月5日)   楊品瑜

 
~綠油精♪綠油精♪(緑油精♪緑油精♪)~
 先日、随意談 で「綠油精」の話に触れたら、ホームページを見た親戚から綠油精が届きました。 最近は薬なのに、台湾の便利商店(コンビニエンスストーア)でも気軽に買えるそうで、 久しぶりに実物を見たら、思わず懐かしいと思いました。

 綠油精は、緑色の精油という意味で、1964年に台湾で発売された、 瓶の大きさが5cm未満の塗り薬ですが、 匂いを嗅いでのアロマテラピー効果のほうが、優先的だったのかもしれませんが、 今思えばアロマテラピーの先駆者だったのですね!

 説明書にはさまざまな薬効が書かれていましたが、 ヤンピンは乗り物酔いや頭痛以外での使い方にはあまり詳しくないのですが、 実物を手に取った途端に「綠油精♪綠油精♪」のコマーシャルソングが過ぎりました。 面白い現象ですね!  子供の頃からいつも聞き慣れた子供が歌った「綠油精♪綠油精♪♪」 のコマーシャルソングがよみがえり、 つい歌い出しました。 コマーシャルて凄いとも思いました。

 その後も台湾での綠油精のコマーシャルは、ジャズ、ラップ、ロックなどなどのバージョンで、 基本の音符や歌詞をなるべく変えずに、時代時代に新鮮味を感じさせながら歌い続けているようで、 やはり誰もが口ずさめる名曲(?)ですね!

 綠油精はぜひ、台湾土産にと言いたいところですが、お薬なので、お勧めしません。 代わりにぜひ、台湾に行く度に「綠油精」のコマーシャルを見てみてください。 台湾風俗の變遷(移り変わり)とともに、きっと面白い発見がありますよ!

 綠油精♪綠油精♪♪爸爸(パパ)愛用綠油精→
 大家愛用綠油精♪♪♪
 哥哥(お兄さん)、姊姊(お姉さん)、妹妹都愛綠油精→
 姊姊、妹妹、哥哥都愛綠油精♪♪♪♪

と歌詞にも変化があります♪♪♪♪♪


最近、台湾では綠油精を買うと、映
「海角七号」 の茂伯が付いてい
るものがあります。 茂伯は台湾語
で「緑油精は年寄りや若い人、みん
なに”愛”されている」 と言ってい
ます。この愛には、好きと欲しいと
いう意味が含まれています。


 
 

随意談 第39号(2009年10月28日)   楊品瑜

 
~作家瓊瑤、三毛(女流作家瓊瑤、三毛)~
 ヤンピンは女流作家「三毛」の大ファンです。 ヤンピンが中学、高校と台湾で過ごした時代では、 瓊瑤(簡体字では琼瑶)と三毛の著書を読まなかった女子学生はいなかったほど、 実に大人気の二大女流作家です。 瓊瑤は本名陳喆、四川省成都生まれの恋愛小説の作家で、 映画化されたものが多いので知られています。 一方、三毛は本名陳平、重慶(元々四川省の所属でしたが、1997年に直轄市に昇格)生まれ、 エッセ作家です。 ともに瓊瑤の夫、平鑫濤が創設した皇冠出版社(現在は皇冠文化集団) から刊行した書物でヒットしたのがきっかけです。

 瓊瑤はのちに夫とともに映画製作会社も創設し、作品を次々と映画化したのです。 瓊瑤映画には歴史に残る大スターも多く生まれたことでも知られ、 「二秦二林」または「雙秦雙林」時代といわれるほど一時代が築かれ、 「二秦」とは、秦漢、秦祥林,「二林」とされる女優は林青霞と林鳳嬌(成龍=ジャッキー・チェンの奥様です)。 なかでも林青霞の人気は今も健在で、引退したのにも関わらず、美女ランキングの常連です。

 ニュースにもなったのですが、少し前に、台湾で瓊瑤の処女作「窓外」の上映会を行ったのですが、 主演女優林青霞の人気もあやって大盛況だったようです。 林青霞は香港の青年実業家との結婚後引退し、香港に定住、出産、子育てを経て、 現在芸能界復帰が囁かれています。 実は「窓外」の映画、ヤンピンは見ていません、社会的に大反響だった話は聞きましたが。 「窓外」の映画化を巡って、瓊瑤は同意していなかったため訴訟となり、 台湾でロケは行われたのにも関わらず、台湾では見ることが出来なかったようです。 機会があれば見たいですね! 小説のほうは、もちろん読みましたよ!

 一方、三毛はスペイン人ダイバーとの結婚後サハラ砂漠に移住し、 サハラでの痛快な生活を紹介した著書「撒哈拉的故事」でよく知られています。 ヤンピンは中国語版と日本語版を持っています。 また、定期的に買い換えています。 理由は、やはり本の老朽化ですが、ワクワクしながら読んだ気持ちは、 30年近く経っても覚えています。 三毛の著書を読むと元気をもらえることが多く、なぜか思春期の時代に読んだのが特によかったと思います。 三毛の文才はもちろんですが、今で言う自然体な活き方が憧れだったように思います。 ただ、三毛の実人生は著書と合判(中国語?)して、プライベートでは不幸が続き、 晩年では今で言う憂鬱症(うつ病)となり、体調不良も重なり、辛い闘病生活を送っていましたね!

 実はヤンピンは瓊瑤や三毛の小説を読むまでは、あまり読書に興味はなかったです。 本の良さを教えて頂いたように思います。

 瓊瑤と三毛の著書は、台湾だけではなく国境を越えて読まれています。 女性ファンが多かったのですが、中華圏では数億冊も売れたと言われ、 今ではかつての読者が自分の子供に買い与えていると聞いています。

 中山之家では本の貸し出しは出来ないのですが、読書できるコーナーがあります。 三毛の著書も数冊置いてありますよ!


日本語版の著書


張学學良記念館と三毛故居の案内


 
 

随意談 第38号(2009年10月22日)   楊品瑜

 
~一府、二鹿、三艋舺
(一府(現台南)、二鹿(鹿港)、三艋舺(萬華))~

 親戚から台湾の古都「鹿港」のお土産を頂きました。 遊びに行った帰りのお土産なので、ヤンピンの手元に届いたときには、中身をお見せできないほど粉粉です。 教室で、皆様にはもんくなく”美味しい”と言って食べて頂いたのですが、 箱を開けた瞬間、笑いをこらえる皆様の表情が。。。

 頂いた茶菓子は地元では「君子糕」と呼んでいるようですが、素朴な昔からよくある伝統茶菓子で、 日本の落雁を柔らかくした食感です。 頂いたのは味がもう混ざってしまって、ほのかな甘さと杏仁味しか分かりませんでしたが、 一般に「緑豆糕」緑豆餡で作られたものをよく見かけますね。

 鹿港は台湾の彰化県にあります。 彰化県と言えば、八卦山の大佛(大仏)や近年は台湾初のテーマパークとして台湾民族村があります。 「一府、二鹿、三艋舺」の数字順は繁栄度(清の時代)として、付いたもので、 鹿港の地名の由来は諸説ありますが、オランダ統治時代に港から多くの鹿の皮が輸出されていたようです。 日本とのかかわりとしては、 日本統治時代に砂糖工場があったことやサトウキビ列車(70年代には廃止されたそうです)があったことでも知られています。

 子供の頃から諺語(ことわざ)のように耳にしてきた、「一府、二鹿、三艋舺」、 やっともう少し歴史について勉強し、温故而知新(温故知新)の気持ちになって、再度訪れてみたいと思うこの頃です。 実はお恥ずかしいのですが、茶的故事の連載で『台湾省其の二十四 雲林雲頂茶』 を書いた時に初めて 「一府二笨」(一府=台南、二笨=笨港=現雲林県北港)を知りました。 こちらは同じく清の時代で、「一府、二鹿、三艋舺」の前に使われていたようです。 これらのことを知るようになったのもお茶を勉強したお陰ですね!

  しかし、粉々になった残りの君子糕をどうしょうか?  真剣に悩んできました。




頂いた君子糕(直径約4cm)です


 
 

随意談 第37号(2009年10月15日)   楊品瑜

 
~筊白筍(まこもたけ)~
 先日、近所のスーパーで久しぶりに筊白筍(まこもたけ)を見つけました。 台湾に住んでいた時は、調理された筊白筍はよく食べていましたが、 母に「これが筊白筍だよ!」と教わってからは、 日本の「超級市場」(スーパーマーケット)で見つけると感動しますね!

 ただ、よく見かけるのは台湾産でしたが、今回は京都産で珍しいですね!  ヤンピンは野菜については、そう詳しくないのですが、イネ科の多年草植物だそうです。 中国、台湾が原産とも言われていますが、日本では万葉集にも登場する野菜だとか。。。 また、「そう珍しくない野菜だよ!」という人もいましたが、なかなか買えないのよね!

 中華料理では、炒め物によく使われますが、ヤンピンは食感が好きで、くせのない味なので、いくらでも食べられますね!(ほっほっ)  実は、子供の頃からきちんと「筊白筍」が言えなかったのです。 なぜならば、台湾語ではよく「カーペースン」と母は呼んでいたのですが、 ヤンピンには漢字が全然見当つかず、音だけで適当に覚えていました。 大人になって、料理教室に出すのにあたって、さすがに調べましたが。

 言い訳ですが、一般の台湾主婦は「超級市場」ではなく、「菜市場」(市場)で毎日の食材を買いますので、 値段は駆け引き、商品の品質は肉眼で厳しく吟味、なのであまり商品を説明するポップがありません。 品物はわかっていても、字を見ることがなかったのです。 なので、多くの食材は「口音」(音)だけで覚えているのは、きっとヤンピンだけではないと思います。 ちなみに、筊白筍の英名は「Manchurian Wild Rice」と呼ばれているようです。

 どうやら、「筊白筍」は「腳白筍 」が由来のようですね!  後に「腳」(脚)の音に近い「筊」が使われるようになったのです。 「腳白筍 」と呼んでいた由来は、マコモ種のイネの茎に黒穂菌が寄生し肥大したため、 皮を剥いたら、白く、まるで、「美人腳」(美人の足)のようだったからだそうです。 なんとなく発想が単純で、很幽默(とてもユーモラス)ですね!

備註(PS.):台湾では一般に「筊白筍」が使われますが、一部「茭白筍」も使われています。 大陸では茭白笋、筊白笋と使っています。 大変混乱しますが、ここでは筊白筍で統一させていただきました。

京都産の筊白筍


 
 

随意談 第36号(2009年10月10日)   楊品瑜

 
~第一本茶書(初めてのお茶の本)~
 二十数年前、中国茶芸の先生 をやることになり、「さぁー困った」と思って家族に相談したところ、 父から差し出された一冊の本、家の本棚にいつもあった一冊の本、「中国喫茶詩話」でした。 この本は1982年に父の長年の友人でもある、著者の竹内実先生からプレゼントされた自慢の本です。 もちろん、サイン入りです。 本のなかに台湾の「中國功夫茶館(中国功夫茶館)」の話しがありますが、 若き日の父が同行取材し、写真にも写っていました。 中國功夫茶館は当時の流行のレストランで、茶芸館のさきがけと言えます。 父がよく日本人の来客を案内し、ヤンピンもなぜかよく同行させられていました。 この頃は千千萬萬也没有想到(幾千幾万も思いもしませんでした)、お茶と関わる仕事に就くとは。。。 今思えば、この頃から修行が始まっていたのでしょうか?

 中国功夫茶館は中国の蘇州風の造りで、料理を楽しんだ最後に、 上品なチャイナ服を着たきれいなお姉さんが出てきて、 功夫茶器で美味しい中国茶を淹れて飲ませてくれるのが特徴でした。 料理の内容はさすがに記憶していません。 あとで知ったのですが、手がけたのは茶芸ブームを仕掛けた台湾大手のお茶屋さんでした。 その後閉店され、暫くしたら茶芸館ブームが到来したように記憶しています。 中國功夫茶館の存在は、今でも当時を知るお茶ファンの伝説店として記憶に残る名店です。

 ヤンピンが高校に再来日するときに愛読書、少々おませですが、 数冊の中国の古典小説を買い集め、持参しました。 なかでも「紅楼夢」が好きで、上手に日本語に訳せませんでしたが、教室でも時々紹介しています。 紅楼夢は、清朝の乾隆49年(1784年)に書かれた恋愛小説で、 著者は曹雪芹です。三国志演義、西遊記、水滸伝と合わせて「四大著書」とされています。 当時はストーリーを夢中に読んでいたのですが、今ではところどころに出てくるお茶のシーンを見つけては、 茶話のネタとして楽しんでいます。「中国喫茶詩話」のなかでも「紅楼夢」の話が紹介されていて、なんとなく運命を感じたりしてね!


竹内先生から頂いた本


辭典(辞書)のような厚さの「紅楼夢」


 
 

随意談 第35号(2009年10月2日)   楊品瑜

 
~媽媽味的炒米粉(母の味の焼きビーフン)~
 久しぶりに炒米粉を家族のために作りました。 新竹の親戚が買ってくる米粉は、日本で売られているものよりは細いです。 なのでやはり、細いほうが食べ慣れています。 乾燥した米粉はいつも沢山頼むのですが、かさばるので、持ち運びにくいのです。 なので、貴重な新竹米粉はついつい教室に参加された皆様に優先に食べて頂き、家族には残り物となりがちです。

 大学やOL時代に初泊まりに来た友人たちからはいつも揃って、 ヤンピン家は朝起きると「外国なのね~」と母が作った炒米粉が美味しかったとのご感想を頂きます。 ヤンピンにも作れると思ったのか、母と同じ味の炒米粉が食べたいとのリクエストが多いです。 作り始めて10数年、やっと味が近づいてきたように思います。 材料も大事ですが、中華鍋が養壷(養鍋?)のように育ったのも一因だと思います。

 そうそう、時たま家庭料理の教室をやりますので、いつも味付けに困ります。 なぜならば、ヤンピン家では調味料は塩、せいぜい醤油しか入れないのです。 その分、食材選びにはとてもうるさいです。 元々中国人は辛い味を好む人、にんにくを食べる食べない、などなど。 多民族なので、お客側も味が薄いと思えば、自分で醤油を足し、 辛み、ねぎ、にんにくがだめな場合は事前に抜いてもらい、双方確認し合う心遣いはマナーですね。

 時には、牛肉食べない人もいます。 宗教が理由なのかもしれませんが、多くの人はかつて農作業で牛を使っていたので、 忍びないから食べられないのです。 来日した友人にハンバーグを勧めて、失敗したことがあります。 日本のハンバーグは豚と牛の合挽きが一般的なのに、てっきり豚のひき肉100%だと思っていました。 中華料理では豚と牛を合挽きするのはあまり聞かないので、合挽きの考えがまったく頭になかったです (今はもちろん、知っています)。 因みに餃子も一般では、豚肉のひき肉のみを使います。 具の味付けも塩、五香粉程度で、好みのたれで食べます。 そもそも中華料理では日本で言う 餃子=水餃子、焼き餃子=鍋貼 です。

 ヤンピンはよく一皿の炒米粉を食べながら、途中から豆瓣醤(豆板醤)を足して、 味に変化をつけながら食べます。 日本での由来はわかりませんが、中華料理店の食卓にいつも置いてある調味料たちは、 そのためにあるものだと思っていました。。。


ヤンピンが作った炒米粉
想不想吃呢?(食べてみたいですか?)
この日家族と茶会用に20人分作りました


 
 

随意談 第34号(2009年9月26日)   楊品瑜

 
~楊氏族譜(楊家の家系図)~
 ヤンピンの父方のご先祖は、族譜(家譜ともいう)によると、発祥は河南省→福建省→台湾と移住してきました。 ヤンピンは+日本となりますが。 日本では、族譜があると何かおこがましく思われますが、実は、これは、結構切実なものなのです。 例えば「楊」姓は中国八大姓の一つとされるほど楊さんは世界中にいます。 その親戚たちもいます。世界各地に散らばった華人同士は、どこかで結婚するかもしれません。 歳の差は関係ないと思っていても、代が違う(例えば叔母と甥の代、姪と叔父の代)、 また、代が同じでも近縁として、慣習から結婚ができなくなることがあります。 なので、事前予防として、交際する前に確認しておく必要があるのです。 このときに、この族譜が活躍するのですね。

 もちろん、族譜が残っていない家もあります。 なので、なるべく同姓の人とは結婚しないのも予防法ですが、同姓でも親族ではない場合がありますからね。。。 華僑の友人宅では、論語の詩を代ごとに一文字順に名前に取り入れ、 同じ代ならば同じ字が使われることで、予防しています。 因みにこちらの友人宅では、男性ならば、幼少時から武術も修行するのが慣わしだそうです。

 そうそう、せっかく結婚が決まっても「合八卦」を行う家が結構あるのです。 一般に双方の名前、旧暦の生年月日と生まれた時間を使って、占うのです。 主に、結納や結婚の日時、今後の人生のアドバイスをもらいます。 なかには、合わないとして破談になることもあります。 ドキドキです。 また、時差がある国で生まれると、どのように調整するのかでひと悶着することもあります。

 数年前に、某女子大学(現在共学)で中国文化についての講演をしたときに、 この話をしたところ、大変興味津々に聞いてくれました。 族譜の話を持ち出したのは、世界どこに行っても自分のルーツの大切さを伝えたかったのですが、 やはり、結婚話は20代前後のお嬢さんたちには興味があるんだなぁと思いました。 最近講演した幾つかの大学の生徒さんからも、国際結婚の便りが届きました。 少しは参考になったのでしょうか?


友人から届いた婚約の喜餅
喜餅は男性側から結納品として納められ、
未来の岳母(新婦の母)が親戚や友人に
配り、娘の結納が整ったお知らせです。


 
 

随意談 第33号(2009年9月19日)   楊品瑜

 
~追悼三舅母(追悼三番目の伯母)~
 三舅母(母方の三番目の伯母)が亡くなり一周忌を迎えました。 三舅母はクリスチャンで、看護助手をされていました。 医者であった三舅との結婚後、地図で見つけるのにも困難なぐらいな小さな漁村、 高雄県梓官郷蚵仔寮に移り住みました。 当時この村は無医村でした。 もちろん、診療代がもらえないこともしばしばあったそうです。 一説ではこの時代は恋愛結婚は許されず、恋愛=乱愛(偶然にも台湾語の発音が同じ)なので、 恋愛結婚に外祖母の強い反対があったそうです。 でもせっかく許してもらった結婚なので、夫婦で話し合って、 華やかな都会よりも無医村で人様の役に立ちたいと思ったようです。

 三舅家に遊びに行くと、三舅母は、漁村案内も兼ねて夕食の買出しにいつも連れ出してくれます。 食べたいものも買ってくれるのです。 夕食には新鮮で豊富な海鮮が食べられるのはもちろんですが、 家を出た途端にあちらこちらから「先生娘」(台湾語で、先生の奥さん)のお声がかかってきます。 気がついたら菜市場(生鮮食品や生活用品販売を中心とした市場)に着く前には、 頂いた色々な食べ物で、三舅母はすでに両手が一杯になっていました。 小さいころは買い物に行くのにずいぶんお知り合いが多いですね!と思っていましたが、 段々三舅母の人気度が理解できるようになり、 いつの間にか三舅母と一緒になって会釈をするありさまとなり、誇らしげな気持ちになります。

 どれぐらいに三舅母が「做好事」(良いことをする)をされてきたか、 三舅母からは一度も自家に聞いたことがありません。 でも色々な大人の会話で分かりました。 亡くなる前には高雄市のりっぱな病院に入院していたのですが、 三舅母を見舞いたい行列が毎日出来てしまい、誰か有名人が入院しているの?と大騒ぎとなり、 患者さんも面会が負担となるので、ご遠慮ください。 と病院からもコメントを出されていたのですが、それでも病院の外では拝む行列が成していたそうです。 テレビや新聞のニュースにはならなかったのですが、ヤンピンはこの話を聞かされたときには、 感動でたまりませんでした。

 三舅母は日本に嫁に行ってしまったヤンピンに、いつも烏魚子(カラスミ)を送ってくれていました。 食べきれず、教室でいつも無理矢理受講者に差し上げていました。 ヤンピン家の冷蔵庫は当たり前のようにいつも烏魚子はありました。 今となっては烏魚子は高値の花となりました(なかなか買えませんので)。 でも、やはり烏魚子を見ると三舅母を思い出しますね。。 そう言えば漁師料理も三舅母→母を通じて一杯教えてもらいましたね!  三舅母も漁師さんからいろいろ教わったそうです。 しかし、不思議、今なんとなくですが、蚵仔寮漁村特有の魚腥味(魚臭さ?)が甦ってきましたよ!  港から上がった魚の競り場も思い出深いです。 機会があれば、子供を連れて訪れたいですね!


以前、教室でお出しした三舅母からの烏魚子


 
 

随意談 第32号(2009年9月12日)   楊品瑜

 
~暈車、到野柳地質公園玩
(車酔い、野柳地質公園へ遊びに行く)~

 當時(いつ頃かの当時)は単に景色を見るのになぜ、 こんなにはるばる車に乗って来なくてはならないのかが理解できませんでした。 また、道路の舗装もよくなかったようで、ヤンピンは乗り物にも弱かったので、 暈車(車酔い)とともに苦労して見に来る理由がわかりませんでしたね!  みんなの厄介ものでもありました(很悲哀=とても悲しい)。

 記憶では、パンフレットによく使われた「女王頭(女王岩)」よりも、當時は「仙女靴」が特に人気だったように思います。 女性のサンダルによく似ていて関心を持った記憶がありました。 今では、長年の浸食で「女王頭」があと20年で折れてしまうと心配され、 一番人気の岩となっています。

 そう言えば當時の野柳もそうでしたが、防衛上あまり海辺で写真は撮れませんでした。 撮りたい場合は海に向かってシャッターを押してはいけない制限もありました。 なのに、今では誰もこの話をしないので、やはり時代を感じます。

 しかし、「女王頭」は確かに首あたりが前に見たときより、ずいぶんと細くなったように思います。 月日を感じました。 最近は淡水に来ると九份に行ってしまうので、野柳に来ることがなかったですね!  野柳は確か一時期は台湾を代表する観光地だったのに、いつのまにか景色が変わるかもしれないとは。。。  少々自分の年を感じます。 子供の頃から見慣れている景色は、やはりいつまでも残してほしいですね!  歳月不饒人(歳月人を待たず)なのでしょうか?

 実は、台湾では昔から暈車によく「緑油精」という薬を使いました。 緑色の液体薬です。 少し指に垂らして、そしておでこに塗ります。 緑油精とともに「萬金油」は西薬がない時代では、各家庭によくあった常備薬でしたね!  そしてヤンピン家では擦り傷には、祖母がよく冷めた茶湯をかけて消毒してくれていました。 日射病では刻んだねぎだの生卵だので作った漢方薬と称する薬をタオルに詰めて頭に巻いたことがありました。 どこまでが本当に効いたかよくわかりませんが、思い出すとこっけなのかよくわかりませんが、 懐かしい限りです。

 日本に来た頃は電車でもよく暈車しましたが、大人になってからは、暈車がよくなりました。 やはりいろいろ遊びに行くには乗り物にも強くならない気持ちが勝ったのでしょうか?


最近の女王頭
人が多くてうまく撮れませんでした


女王岩でのヤンピンと老爸(父)
40年前の女王頭は首も太かったね!


 
 

随意談 第31号(2009年9月5日)   楊品瑜

 
~玩踢毽子(ティージェンツ遊び)~
 踢毽子は今一旦、「ティージェンツ」と訳させていただきます。 踢毽子をお土産で頂きました。 諸説ありますが、踢毽子は漢